第63話 歓迎会



 それから5日が経った。


 翌日には復活したシャルラさんと共に残りの家庭を回り、何とか領に住んでいる人達の戸籍は完成する。


 一軒一軒回ったので親子で別に暮らしている家庭などは名前が重複したのだが、戸籍という物を作っているよという説明も兼ねていたので無駄ではないだろう。


 イグニスの話では戸籍は最低限。出来るならばギルドも有った方が良いと説明していたが、そっちは時間が掛かりそうである。


 この町には職業という概念が無い。強いて言うならば趣味や特技の範囲である。

 余っている物をみんなで分けたり、物々交換で成立している自給自足の生活なのだ。

 何よりも前に通貨でのやり取りに慣れて貰わなければならないだろう。


「まぁその辺は実際にシャルラ殿が見てからですね。全部を真似れば良いわけでもないでしょう」


 その通りだろう。この町ではこの町のやり方がある。

 あくまでも他領の商人を招くならば、人間のやり方が好ましいという話だ。


 理想であれば、通貨が普及し住民から税金を取れるようになること。

 税金があれば物が買える。人が雇える。すなわちそれが領の力だ。


「そうですね。イグニス殿、ツカサ殿。本当に御礼を申し上げます」


 ペコリと頭を下げるシャルラさん。その髪はもう、二房に結われてはいない。

 俺の視線が気になったのか、吸血鬼は照れくさそうに髪を撫でながら言った。


「父が似あうと言ってくれたので結っていたのですが、もうそろそろ。いえ、とっくに卒業していなければ行けなかったのです」


 影縫いの名に値しないと言われ、彼女にも思う所があったのだろうか。あるいは、領を変えるという意気込みか。俺の中ではツインテールはシャルラさんの象徴的な髪形であったので、少しばかり残念だ。


「今日はささやかながら祭りを行うので、どうかお二人もお楽しみください」


 この5日の間に、イグニスは畑の測量と共に成長促進の魔法陣を起動させた。

 測量しながら土を入れ替えて、小さな木は植え替えたりと町の男で総員での作業だった。俺も作業に駆り出され苦労したが、これで無事作物が食べられる様になるだろう。


 ここまで慎重に面積を計算したのは肥料の兼ね合いがあるからだそうだ。

 結局、植物を魔力で強化しようとも、成長には水も栄養も必要である。なので肥料を用意出来ないようでは、土から養分が無くなりむしろ悪影響を及ぼすという。


 確保出来る量を住民との相談の折、効果はやや弱め。それでも無いよりは全然マシだろうという具合の効力だと言う。


 シャルラさんの方は、ここ三日族長を集めてひたすらに会議をしていた。

 議題は勿論、人間の文化を取り入れようというものだ。


 これには俺もイグニスも参加していないのでどの様な会話が行われたのかは分からない。

 知っているのはシャルラさんが外の見学に行く事が決定したという事くらいだ。


 そして俺はその間に料理の開発などもしていた。隣領のクーダオレ子爵というのは食通な人らしく、交渉材料にしようと言うのだ。魔女曰く、異世界の料理ならば必ず食いつく。それを魔族の料理と言ってしまえばいいとの事だ。相変わらず悪い奴である。


 とは言え、作物が全滅であり森の恵みで生活している現状。材料がほとんど無いので試作にすら苦労した。


 一番人気はマヨネーズである。

 頑張ってカルボナーラ風のうどんやホワイトソースを使ったシチューやグラタンも作ったのだけれど、マヨネーズの人気に負けたのだ。悔しい。まぁ料理の出来もいまいちだったのだが。


 イグニスの話では料理も美味しいけどマヨは調味料なのが良いらしい。

 料理ならば毎日同じ物を食べ続けるのは難しいが、調味料ならば気軽に使える。そして既存の料理にも応用が利く。これなら間違いなく売れるだろうとのことだ。


 一方ジグは、不貞腐れている。メチャクチャ不貞腐れている。

 暴れた一件があるので新作料理を食べさせなかったのだ。それが全てだ。



 夕刻。館の外では大きな賑わいを見せていた。

 広場には丸太で作られた組み木に火が焚かれていて、住人が円になって踊っている。

 合わせる音楽は人山羊が筆頭に楽器を手に取り、流れる緩やかな旋律に身を委ねていた。


「みんなご苦労だった! 病も収まり、食料の目途も立った。それもこの二人のおかげである。友人を町を挙げて迎えようじゃないか!」

 

 領主の挨拶で紹介されるも、イグニスは畑で、俺は戸籍作りで住人にはとっくに顔が知れている。挙がる歓声と拍手は多分雰囲気だ。賛成という意味ならば嬉しい。


 立食パーティーを行うという程の余裕は無いらしく、食べ物は殆ど出ていない。しかし酒は皆が持ち寄っている様で、人蛇の男性がどうぞどうぞと勧めてきた。


「なんか随分世話になったみたいだねー」


 話しかけてきたのは赤茶色の髪をした素朴な顔の人馬さん。領の入り口から町まで案内してくれた人だ。


 お久しぶりですと返せば、子供が薬のお陰で助かったとお礼が。そういえばそんな物も渡していたか。


 少々世間話をしていたら、連れの姉ちゃんは怖いなぁと愚痴が零れる。どうやら畑で土運びをしていたらしく、鬼監督にコキ使われていたようだ。ハハハと乾いた笑いしか出ないのだが、そのイグニスさんは人間の男に囲まれている。モテモテだ。


 それもそうだろう戦力が違う。

 素材だけでも一級品の美人ではあるのだが、更に化粧で化けている。服装は城でも着ていた緑の上品なワンピースで、身体からは仄かに香水の匂いまで漂わせていて。一人だけ場違いな存在感である。


「人間はあんなのがいいのかい?」


「ええ。まぁ綺麗だとは思いますけど」


「そっかー。好みは色々だな。オイラは毛並みが良い子が好きだ」


 種族によって美観は異なるそうだ。そんな話をしていると、ぞろぞろと男達が集まってきて、やれ角だ鱗だ尻尾だと、異性の興奮する場所を教えてくれた。ちなみに人馬だと足が速いとモテるらしい。


 どうでもいい話で盛り上がっていると突如悲鳴が上がった。何事だと思い、声のする方向を見ると、男性が火だるまになっていて、地面に転がり必死に消化を試みている。駄弁っていた男達がすぐさまに救助に向かうが、俺は犯人に詰め寄った。


「触られて不快だった」


 と、犯人は供述しており反省の色は無い模様。この蛮行にはシャルラさんも絶句していた。きっと常識人だと信じていたのだろう。イグニス・エルツィオーネ。触れたら火傷する女である。当然ながら、その後彼女に近づく命知らずは居なかった。


「せっかくだし、私達も踊ろうよ」


 悪びれもせず魔女が手を差し出してくる。その手を取るのを俺は躊躇った。踊った事がないのである。せいぜいラジオ体操くらいだ。


「燃やされそうだからいい」


「ははーん。さては経験が無いな」


 見透かす赤い瞳がからかいの色を帯びて強引に手を引かれる。何事も経験だよと、手を合わせたままに密着してくるイグニス。そうは言われてもと困惑していると、右から行くと声がかかり。


「正式な場じゃないんだ緊張しないの。曲に合わせて身体を揺するだけでもいいんだよ」


 言葉の通りに左右に身体を振るだけだった。

 こんなものでいいのかとチラリと周囲を見れば、振付がある人もいれば、確かに曲に乗っているだけの人も居る。首無し族がやたらとキレキレな動きをしているのが印象的だった。


「イグニスは慣れてるの?」


「そりゃあ貴族の生まれなら歌も踊りも習わされるからね。さて、感じは分かったね」


 淑女を誘うのは男の子の役目だぞと。誘った男を燃やした淑女に言われる。

 まぁ言われなければ俺からではシャルラさんを誘う事は無かっただろう。特に踊りとか無理だ。


 人気者の伯爵は踊る相手に不自由しているわけではないが、せっかくなので曲の終わりに声を掛けた。


「一曲どうですかお嬢さん?」


「これは……照れますね」


 テレりと白い肌を耳まで赤くして、遠慮しがちに手が触れた。イグニスの暖かい手とは違い、ひんやりとした感触だった。


 誘っておいて申し訳ないが、せいぜいが身体を揺するだけの、初心者を名乗る事すら恥ずかしい無経験者。体たらくを弁明する様に笑わないでねと注釈すると、その行為自体が可笑しかったのか灰色の少女は笑いをかみ殺していた。


「結局、あの女性の行方は分かりませんでした」


 あの女性とはジグルベインの事だろう。領の外から来た様子も出て行った痕跡も無い謎の女。

 姿を目撃したのは子供達くらいであり、本当に白昼夢を疑いたくなったそうだ。


「耳に混沌と言う名が残っているのです。もしかしたら、だらしのない私を叱りに化けて出たのかも……なんて」


「案外そうかも知れないですよ。ここには残ってますからね。当時の住民達とラルキルド卿の思いが」


 ジグルベインが懐かしいと思う程に当時のままに。

 俺はこの領に来れて良かった思う。400年前の手記が未だに大切に保管されていた。

 発展こそ出来なかった様だが、当時の住人達の子孫が今でも仲良く暮らしていた。伝統を繋いでいた。それは、凄い事ではないだろうか。


「経営にも方針にも難は有ったのでしょう。でも、悪いことばかりじゃないはずです。貴女は確かにこの町を守り抜きました。混沌が叱ったのなら、俺が感謝をしましょう。シャルラさん、ありがとう」


「つ、ツカサ殿は、私に甘いですよ。そんな事言われたら、勘違いしてしまいますよ?」


(お姉ちゃんは認めませんからねー!?)


 おおうジグ、やっと喋ったか。


 祭りの最後。音楽が終わってしまう前にと、俺は彼女に手を差し出した。

 膨れっ面の女性は、踊ったことなどないのじゃがと、俺の様な気弱な事を言う。

 

 何事も経験らしいよと押せば、やっと手は重ねられた。温かさは無い。感触も無い。しかし、確かに俺たちは今触れ合っている。あっすり抜けた。


「どうしたいジグ。気になるなら俺はこの領に残ってもいいよ」


(阿呆。儂の出る幕でも、お前さんの出る幕でも無い。違うか?)


「そっか……そうだね」


 満月の瞳は俺だけを真っすぐに見つめ、鈴の音の様な声で……カカカと笑った。



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