第64話 マジソーリー



 悪事はお天道様が見ているぞと言うが。ならば日が沈み暗闇に覆われてしまえばどうだろうか。道徳的に答えるならば、誰が見ていなくても自分が見ているぞ、と答えるところ。


 だが、街灯も防犯カメラも無い世界ならば、後ろめたい気持ちがあり一目を避けるならば、動くのは断然夜ではないだろうか。俺ならばそうする。誰だってそうする。


(おうおう。来よった来よった)


「来ちゃったねぇ……」


 祭りの後に俺は畑で待機をしていた。ここには今日イグニスが起動した魔法陣があるのだ。

 言葉の様な幾何学模様の何かが存在する訳ではないが、地脈の起点とやらに配置された祠には色とりどりの魔石が置かれていて、暗闇の中では仄かに発光しているのが窺えた。


 さてさて、そんな場所に。よりにもよって深夜に。一体何の用事があると言うのだろうか。

 

 夜の畑を照らす松明の数は10と4つ。

 浮かぶ影は耳が生え尻尾が生えと種類豊かだが、共通するのは担がれた農具。

 さすがに畑を耕しに来たと思うほど俺もお人好しではなく、だから何事も起こらぬ前に声を掛けた。


「それ、壊さないで貰えますか。うちの魔法使いが頑張ったんです」


 存在はとっくに知られていたのだろう。突然の呼び掛けにも驚く様子は無く、集団のリーダーと思われる男が目の前までやって来る。


「知ってるよ人間。だからこれが俺達の答えだと思ってくれ」


 大柄の男はフォークの様な農具を振り上げて、祠に向かい振り落とす。

 それが答えだと言うならば、これが俺の返答である。させないよと、農具の先端はバキリとへし折れて闇に消えて行った。


「なんでですか? これがあれば今までよりもっと作物が取れる様になるんですよ?」


「ゴウトの奴もそう言って畑を駄目にしたからだよ!!」


 ガアッと牙を剥く男。何処かで聞いた声だと思ったが、山羊の獣人を探す時に立ちはだかった虎の大男である。


「俺は知っていたんだ! でも魔法なんて分かんねーからどうしようも無かった! そこには感謝しているよ!」


 けれど、だからこそ魔法を信じられないと。

 この町の誰も理解せぬ技術であり、それを施したのは外の人間。信用が出来ない。ならばいっそのことプラスなど無くても良いと。周囲の人達も兼ねがね同意の意見のようだ。

 

「ウチの嫁が人間に食われそうになったって言ってぞ!」


「シャルラ様に暴力を振るった奴が居ると聞いた!」


「俺なんてさっき燃やされたんだ! あの女は魔女だ!」


 ああ、仲間がマジソーリー。

 恨まれる心当たりがあるだけに、信用出来ないと言われると反論出来ないのが辛い。でも他に方法は無いものだろうか。


「シャルラさんが知ったら、悲しみますよ」


 瞬間、脳が揺れる。虎の顔を見てたはずがいつの間にか夜空を仰ぎ、次には土に吸い込まれる様に視線が落ちて、何とか地面に口付けする前に踏み留まる。


「口に気をつけろ。お前が語っていい名前じゃない」


「本当の事だろう。シャルラさんが町を変えたいって言ってんのに水差す真似すんじゃねえよ」


 再び走る拳を次は何とか受け止めた。だが、衝撃に足が浮き大きく後退させられる。

 これでも力には自信があったのだけれど、どうやら相手も魔力使いの様だ。何とも何とも。これは説得も一筋縄ではいかなそうだ。


「いいか。俺達はシャルラ様を尊敬している。親父も、爺様も、みんなシャルラ様が大好きだった」


「だったら!」


「だからこそだ! 好きで居たいんだ。変わって欲しくねぇ! 俺は町の外に出るのも反対だ。ゴウトは外に出ておかしくなっちまった!」


 虎の男から度々口に出る名前、ゴウト。

 この町の地脈を弄り畑を駄目にした男。悪魔に与して人間への反乱を企てていた山羊の獣人である。


「頭の良い奴だった。シャルラ様から計算を教わって、商人に成るのだと町を出た。帰ってきたアイツはどうだ。借金を作ってボロボロになるまで奴隷として扱われたと言っていた」


 外の文化がそれ程偉いのかと。慣れない奴から潰れていくのではないかと。

 

「挙句にだ。これで豊かになるのだと人間に習った魔法とやらは畑を駄目にした。もう一度機会をくれと言うアイツを買い出しに推薦したのは俺だよ」


「アンタ、ゴウトって奴と……」


「そうさ……親友だった。だからこそ認めねぇ」


 小さい町だからこそ皆顔見知りなのだ。シャルラさんが住人は全員把握していると言う様に、子供たちが異種族でも仲良くしていた様に、ゴウトもちゃんとこの町の住人だったのである。


 俺やイグニスからすれば、ゴウトは深淵の手先であり悪人だ。だから暴走した時には倒されるのが当然だと思っていた。


 しかし、それを処刑した領主は。それを見た町の住人は……。

 凶行を知っているとはいえ、友が死んだ彼らの気持ちは考えていなかった。

 呆然としている間にも虎男は祠に近づいていき。俺はその鼻っ柱に拳を叩き込んだ。


「ッぐ! この野郎! これ以上邪魔すんなら噛み殺すぞ!?」


「やってみろ猫野郎が! ああだこうだ屁理屈並べやがって、結局お前が外に怯えてるだけじゃねぇか!」


 そもそもにして。この行いが彼らの悪意じゃないのを知っている。

 かと言って善意とも言い辛いが、族長会議に混じれなかった彼らなりの訴えなのだろう。


 何せ、明日には俺もシャルラさんも町を立つのである。魔法陣を停止させる機会なんていくらでもあるのだ。


 ならば今日決行する理由は一つ。外の人間なんて認めないよ。交流しても壊しちゃうぞ。詰まるところ、俺達を見て、外に行かないでシャルラさん。そんな、泣きじゃくる子供じみたアピールに他ならない。


 そしてそんな意見があるのは百も承知なのである。だからここに居るのである。


「誰が怯えてるだと!」


 俺に向かって投げられる松明。火が飛んでくるという事態に咄嗟に叩き落としてしまうが、それが失敗だと気づく。


 灯りの消失。火を見た目は瞬時に闇に捕らわれて。そして互いに動けないかと言えばそうではない。相手は猫科の獣人だ。その夜目は暗闇であろうと十分に獲物を捕捉する。


 ザッと踏み込みの音。それに合わせて後退したのはほぼ勘である。

 風圧がぶつかり、拳を躱したことが分かった。ならばとしゃがむ。予想の通りに頭上を風切り音が通過する。


 城で騎士の訓練を眺めた成果か、ほとんど見えない状態で良くぞ避けたと自分を褒めたい。


 しかし打ち終わりにクルリと虎は反転し、固く太い尻尾が鞭の様に飛んできて。さすがにそれは読めないよと、大人しく左頬を殴打された。笑うなジグ。


「ティグ! 何もそこまでする事ないだろう!」


「そうだよ。一応シャルラ様の客人だぜ」


「お、俺は憂さが晴らせればよかったのに」


 ここに来て仲間割れが始まってしまう。魔法陣を壊すという共通の動機でも怪我人は想定外だったのか、悪戯程度の軽い気持ちだった者は尻込みをしたようだ。


「ならばとっとと帰れ。俺はもうこの人間が許せない!」


 拘る違いはゴウトの行いを知るかどうかだろう。この男もまた畑を駄目にした友人の秘密を知る為に引けないのだ。その行いが悪だと理解していても、その責任を外に押し付けたいのではないか。


「俺なんて許さなくていい。信じなくてもいい。でもシャルラさんだけは信じてやれよ!」


 松明の灯りで潰れた目も徐々に暗さに対応を始める。


 防戦一方だった戦いが崩れ。虎男の腹に右拳が深々と刺さった。魔力使いといえど纏には至っていなのか、岩を叩いた手応えを感じながらも身体をくの字に曲げて悶絶している。

 獣人の身体能力と魔力の相性に慄きながら、下がった顎に渾身の左を叩き込んで。

 

「ガルァァアア!」


 脳天に組んだ両手が金槌の様に振り下ろされた。

 鼻血が噴き出て、今度こそ地面に顔がめり込むかと思った。無論耐える。

 というか全然痛くない。猫パンチなんて効くわけがない。足もガクブルしていない。していない!


「ウリィィ!!」


 内腿を思いきり蹴飛ばした。へなちょこパンチと違い魔力を纏った蹴りである。大虎がまるで生まれたての小鹿の様ではないか。


 脇腹に左拳を突き立てて、引きで今度は右拳を鳩尾に。まさにオラオラと言いたくなる連打を放つ。纏を使用した打撃を少なくとも10発。問答無用の暴力に、さしもの獣人とて沈黙をして。


 倒れて終わり。そう思ったのに、縋る様に肩を抑えた両手は未だ万力が如く怪力を誇り。噛み殺してやるぞ。その前言の通りに首筋に牙が突き立てられた。

 

「お前何で出来てやがる!?」


 鋭い牙は肉に食い込み血を垂らすが、虎の咬力を持ってしても肉は千切れなかった。

 ジグルベインの闘気を参考にした疑似大活性である。単に闘気が再現出来なかっただけなのだが、纏を全身に掛けるイメージで活性を瞬間的に大活性まで押し上げたのだ。


「聞けよ。シャルラさんが外に出る意味を」


 その最終の目標を。

 金を稼ぐとか、税金とか、そんな物は人間と交流するのに必要な事で、副産物で。

 徐々にでも小さくても町同士で交流さえあれば、そこに信頼が生まれる。

 

 すぐには難しいだろう。上から目線だろう。

 それでも人が魔族に慣れてくれれば、安全だと知って認められる日が来れば、人馬でも人蜘蛛でも人蛇でも他所の町に遊びに行ける日が来るのではないか。


「王都に行ってみたいとは思わないか?」


「俺は人間の町になんて」


「違うよ。みんなで、人も獣人も魔族も領のみんなでさ。いつか王都に、行こうよ」


「……それは……行ってみてぇなぁ……」


 首から牙を抜いた虎男は力尽きる様に倒れこみ、背中に土を付けた。

 元より気合で動いていただけなのだろう。人知れず行われた魔法陣防衛戦はそうして幕を下ろす。


 久々の勝利だし、たまには格好をつけさせてもらおうじゃないか。


「ふう、やれやれだぜ」


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