第56話 ここ掘れワンワン



「ふぁ~良く寝たー」


 翌日の朝。どんよりとした空の下で赤髪の少女が伸びをする。

 欠伸を隠す事無く大口を開けて、凝り固まった身体を解していた。


 気持ちは良く分かる。旅の最中では交代で見張りと火の番をしなければならないのだ。

 朝までぐっすりと睡眠を取るのは実に5日ぶりの話であり、かく言う俺も目覚めた時は布団から出るのが辛かったものだ。


 まぁ俺には優秀な目覚ましジグルベインが付いているので寝過ごす事はまずないし、日課の鍛錬をサボる事も出来ないが。


 そして睡眠十分元気満タンのイグニスの服装は長袖長ズボンと洒落っ気の無い物である。

 というよりは、俺の服だった。


 今日は悪魔の仕掛けた魔法陣を上書きする予定で。それを畑で行うからと動きやすい服をご所望だったのだ。合わせて髪も後ろで結っていて、なんとなく新鮮な雰囲気である。


「イグニス。俺にも何か手伝えることはある?」


「あるある。起点に魔石が埋めてあるはずなんだ。それを私と回収してよ」


「りょーかい!」


 魔石とは色の付いたガラスの様な石だ。

 属性によって色が変わるらしく、火なら赤、水なら青と分かりやすい見た目をしている。


 何故か魔石と言うと魔獣から取れるイメージがあるが、この世界では鉱石である。何でも魔力の影響を受けやすい石が自然の魔力で染まった物らしい。効果的には魔力の変換みたいな事が出来るそうだ。


「天気も良くないし、降られる前に撤去だけでも終わらせちゃおう」


 そう言って地面にしゃがみ込み、土に手を付いて何かを探るイグニス。

 本来ならば町の人達が土の入れ替えを予定していたのだが、邪魔だ気が散ると立ち入りを禁止した辺りデリケートな作業なのが伺える。


「ジグ、あれは何をしているの?」


(地脈の流れを追っておるのだ。霊脈自体は何にでも有ってな、霊脈の大地版みたいなところよ)


 ははあ。つまり地面には地面で魔力の流れがあって、それを魔法陣で乱されているわけか。

 しかし魔王城では空気で分かるのだと、いとも簡単に魔法陣を見つけていたことを疑問に思う。


(それが今回の質の悪いところだな。正直儂でも少し違和感を覚える程度だ。魔法にまで成らない程度に地脈を弄ったのだろうさ)


 ジグの例えでは、地脈は川。そして設置型の魔法陣は川の流れる力を利用する水車のイメージらしい。


 そして今回は、川から畑に直接水路を作った感じだそうな。水車という目印が無くて見つけ辛いけど、確実に土をダメにするのだと。

 

「なんか良くないのは分かった」


(うむ。追々勉強せい。それこそ魔法ならばそこの小娘にでも教えて貰えよ)


「うーん。ジグから見てもイグニスは凄いの?」


(あやつが凄いと言うより、儂が古い。悔しいが人間も400年遊んでいた訳では無いらしいでの)

 

 なるほど。時の流れは残酷らしい。

 実のところ、魔法への憧れはあるのだけれど剣の腕が中途半端なだけに、新しい事に手をつけるのを躊躇っているのだ。なんかどっちも半人前で終わりそうな気がして……。


「おーいツカサー! ちょっと向こうを探してみて欲しいんだー!」


 イグニスが畑を指さしながら声を張る。分かったと返事をして示すほうへ駆けていき、もう少し奥、もう少し右と魔女の合図を聞きながらココ掘れワンワンと土を返した。


 どうやら場所はピンポイントとは行かないらしく魔石の回収作業は難航する。

 中々深くに埋まっていて、一個を見つけ出すのに30分以上掛かるのだ。掘り出した魔石は拳くらいの大きさで、最初の物は真っ赤な魔石だった。火属性だろう。


 初めこそ七つ集めたら願い叶わないかなと、ちょっとした宝探しの感覚だったのだけれど、すぐにそれが間違いなのだと言うことに気づく。


 畑の土が柔らかいとはいえ、1メートル以上の穴を掘り続けるのは大変なのだ。

 それも、間違った場所を掘り徒労に終わることだってあるのだから精神的にもキツイ。

 幸い天気こそカンカン照りではないが、二個目を探す時には俺もイグニスもすでに汗だくで泥だらけだった。


 途中でジグに土の中に潜って貰ったりもしたが、流石に真っ暗では何も見えないようだ。

 それでも魔力の流れを頼りに根気よく掘り続け、三個、四個と見つけ出した。


「これ、人手集めた方が楽じゃない?」


「いや、取る順番があるんだよ。魔石で属性が変えられているから、なるべく地脈から離れた物から潰して行かないと変な魔力が残ってしまうんだ」


 イグニスが言うならばそうなのだろう。分かったと返し、作業を続ける。


 そもそも適当に掘り返して魔石を回収すればいいのなら、町の人達を使うことを躊躇う性格ではないし。何よりもその横顔は真剣だった。


 裏でニタニタと暗躍するのが趣味な魔女が手を泥だらけにして作業しているのだ。

 体力が少ないからゼイゼイと息を切らせているのに、決して動きを止めようとはしない。

 そんな姿を見せられては、もはや口よりも手を動かすだけである。


「たぶん後10個くらいだ。頑張ろう」


 イグニスが気合を入れて振り落とした鍬がザクリと土に刺さり、飛び跳ねる土をもろに浴びる少女。それを袖で雑に拭くものだから、汗で伸びてしまい泥で化粧したかのように顔が真っ黒になって。


 気づいていないのか再び鍬を持ち上げたので、ちょっと待ってと声を掛けて、水で濡らしたタオルで顔を拭いてあげた。美人さんが台無しである。


「少し休んでて良いよ? 体力はあるから任せて」


 それこそ役割分担という奴だ。今のところ力でしか役に立たない俺がここで頑張らずどうしろと言うのか。


 しかし魔女はそんな提案にも頭を振ってやんわりと拒否する。それはやる気というよりも、どこか執念にも似た何かを感じた。


「君が頑張りたいのは分かるし、頼りにもしてるんだ。でもね、魔法で悪事をされたからには魔法使いとして黙っちゃいられない」


「それも魔法使いの矜持って奴?」


「ふふ、そうだね」


 ならばせめて休憩をと言うと、イグニスは空の様子を見渡して、じゃあ少し休もうかと草の上に腰を落とした。


 コップに注ぐ手間さえ惜しんで魔道具の水差しから直接水分を補うはしたないお嬢様。

 その飲みっぷり気持ちよく。口から零れるのもお構いなしにゴクリゴクリと喉をならして。満足したのか指で唇を拭いながら水差しを返してきた。


 女の子にそんな豪快な事をされてはコップで飲むのも馬鹿馬鹿しいので、俺も見習い空に向かって口を開けて水を注ぐ。隣からハスキーが声が聞こえる。


「魔法は便利だろう? そりゃ人は争いにも使うけどさ、魔法というのは本来人の為であるべきなんだ」


 例えば火。触れれば熱く、身を焦がす炎。それは確かに攻撃にも使えるが、あくまで、使えるだけなのだと語る。


 人は火を焚き、その温かさで暖を取る。熱で食物を加工し、暖かく安全に食べる。夜には明るさで闇を払う。人の営みには欠かせないものであると。

 

「大きい力だ。だからこそ、力は正しく使わないとね」


「……意外と立派な考えしてたんだね」


 意外とは心外だと唇を尖らせるイグニス。

 俺の中では燃やすとか燃やすとか燃やすと言っているイメージしかないのでてっきり放火魔かと思っていたが、どうやら根は真面目な放火魔のようである。

 

「さて、お昼までもうひと踏ん張りだ」


「思った。魔法で掘れないのこれ?」 


「魔石は再利用するから駄目。諦めて手を動かしなさい」


 アイアイマム。

 

 結局一日掛かりで魔石を撤去する事になった。それ自体は構わないのだが、また少し疑問が出る。


 果たしてこの大仕事をゴウトと言う獣人が一人でやったのだろうか。

 魔女は語らない。しかし、町の人の手を借りなかったと言うのは実はそういう事なのではないかと勘ぐる自分がいる。嫌なものである。


 多少雨にも降られたりしたが、とにもかくにも無事地脈の歪みは治ったようだ。

 出てきた魔石は火だの水だの風だのと、素人目に見ても統一性がなく、少なくとも良さそうではないよねと言った感じで。


 明日は晴れならば町総出で土を入れ替えて、終わればイグニスが正式な成長促進の魔法陣を刻む手筈だ。


 早ければ10日ほどで収穫できる野菜もあるようだし、これで食生活が改善される事を祈るばかりである。



 そして夜。

 風呂は帰ったらすぐに浴びて、ついでに洗濯もして。夕飯まで食べたものだから、少し早いけどもう寝てしまおうかなぁとベットでゴロゴロしていた時。

 

 突然扉が開け放たれた。イグニスだった。

 ニッコニコの笑顔で木の板やら紙の束やらを抱えていた。


「シャルラ殿に頼んで約束の手記を借りてきたんだ。読んであげるよ、おいで!」


「い、今から?」


 一日作業していたと言うのに疲れていないのだろうか、この女。

 いや違う。疲れていないわけがない。疲れが吹き飛ぶ程にハイなのだ。最高にハイって奴だ。

 

「火も勿体ないし、明日にしない? 多分雨だから明日はゆっくり出来るでしょ」


「そうだけどさ……」


 赤い目が紙束に落ちて離れない。早く読みたくて仕方がないといった感じだ。

 もういっそ持ち帰って一人で読めよと思うのだけれど、きっと俺も楽しみにしていると思って部屋を訪れたのだろう。何という温度差だろうか。


「待った。君のランタンは魔力式じゃないか。何が火が勿体ないだ」


「……お茶、入れてくる」


 バレちまったら仕方ねぇ。魔法というのは便利だよ本当に。

 火が柔らかに照らす文字列を、耳当たりの良い声が追いかけ始める。

 心地よい響きに瞼はすぐさま重さを覚えて、俺は寝落ちを確信するのだった。


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