初恋は忘れられず

 高校に入学してはや一か月。

 初めての環境にもたいぶ慣れてきて、クラスでも何人かの友達ができた。

 緊張とドキドキを胸に抱きながら歩いていた校門は難なく潜り抜けることができ、重く感じた教室の扉は今では軽いものだ。


 そんな俺は慣れ始めた教室に入ると、まず第一にこう言った。


「山田、塩持ってない?」


「おう、あるぞ」


 五月のとある平日。

 俺は重たい瞼を携えながら登校してくると、目の前の光景を見て思わずそんなことを口にしてしまった。


「ふふっ、颯太はやっぱりやさしいな〜♡」


「そんなことないよ」


 我が親友がセミロングの茶髪に整った顔、そして、きめ細やかで透き通った肌の美少女を膝にのせて、ピンク色の雰囲気を醸し出している光景。


『他人の不幸は蜜の味』というが、それの対義語があれば『他人の幸せは毒の味』ではないだろうか?


 その証拠に、うちのクラスの男子の何人かはその光景に目をやられ、唇を噛みしめながら血の涙を流している。


「ねぇ、今日も一緒に帰れる?」


「うん、もちろんだよ。また今日も一緒に手を繋いで帰ろう」


「やった♪」


「「「ウキィィィィィィィィィィィッ!!!」」」


 あいつらが話す度に、クラスの男子達から奇声が聞こえてくる。


 俺はあいつらを見てどう思うのか?

 羨ましい? 妬ましい? 恨めしい?


 ————いや、違うな。


「総員、塩を撒け塩を! リア充をこのクラスから追い出せ!」


「「「失せろリア充!!!」」」


 全てである。


 誰が得でこんな光景を朝っぱらから見せつけられなきゃならん!?

 俺達は甘い砂糖に吐血寸前なんだ!

 非リア充にとってはリア充は外敵以外の何ものでもない!


 さぁ、今こそ塩を撒いて追い払うんだ! あの憎きリア充を!


 俺は渡された塩を袋から取り出して投げようとする。

 すると、先ほどまで親友とイチャイチャしていたセミロングの少女が俺のところまでやってきて————


「やめなさいよ!」


 思いっきり殴られました。



 ♦♦♦



「おはよう真中」


「あぁ、おはよう」


 俺は腫れた頬をさすりながら自分の席に座る。

 すると、中学時代から友達の桜木颯太さくらぎ そうたに挨拶をされた。


 茶髪の爽やかイケメン。

 颯太には、そんな言葉がドンピシャで当てはまる。


 妬ましいくらいの整った顔立ちに、嘘くさい優しい性格。

 詐欺かかっている運動神経も合わさって、入学して間もないというのに、学校中の女子からの人気は高い。


 しかし、そんな颯太は入学してからまだ一度も告白されたことがない。

 ————それは何故か?


「全く……朝っぱらから馬鹿なことしないでよね」


 颯太には愛しの彼女が既に存在しているからだ。


 颯太の席の隣で一人溜め息をついているセミロングの美少女こそ、颯太の愛しの彼女。

 名は藤堂深雪とうどう みゆきという。


「いや、逆にあんなイチャイチャを朝から見せつけた挙句に、頬に重たい一撃を食らわせたお前の方が馬鹿だと思うが?」


「何よ? 私たちがどこで何していようが勝手じゃない?」


 暴君極まれりである。


「ダメだよ、殴ったのは流石によくないと思うんだ」


「ごめんね颯太♪」


 颯太が注意すると、先ほどのきつい口調から一変、優しい声で藤堂は謝った。


 この俺との温度差……思わず涙が出てしまうよ。


「……はぁ、お前らがイチャイチャするのは構わないが、せめて場所を考えてくれ。そうでないと俺達の嫉妬が限界値に達しそうだ」


「分かったよ」


 そう言って、颯太は藤堂の頭を撫でながら首肯する。


 何が分かったなのか? 現在進行形でイチャついているじゃねぇかこんちくしょう。


「そんなに羨ましいなら、あんたも彼女作ればいいじゃない」


「簡単に言ってくるなお前は」


 そんな簡単に彼女ができたら世の中の男子はリア充を嫉妬の目で睨んじゃいねぇよ。

 頭沸いてんのかこのリア充は?


「でも、真中だったらすぐに彼女できそうだけどね」


「そうよ、あんた無駄にハイスペックなんだから、その気になれば彼女の十人や二十人作れるわよ」


「多すぎるわ」


 そんなに彼女作ったら、あまりにも俺は節操なしじゃないか。


「いや……そうは言うが、あまり彼女を作りたいと思わなくてな」


「それなのに、僕達に塩を撒いていたんだね……」


「それとこれとは話が別だ」


 彼女作る気が無くても、親友が幸せそうにイチャイチャしているのを見ると吐き気がするんだ。


「ふぅーん……あんた、まだ忘れられないの?」


 藤堂が俺を見て少し鼻を鳴らす。


「忘れられない———そうだな、俺はまだ忘れられないし、捨てれないんだよなぁ」


 俺は背もたれに寄りかかりながら天井を見る。


 忘れられないあの感情。

 始めて抱いたあの気持ち。


 俺は一年経った今でも捨てきれないでいる。


「でも、初恋を追っかけてたらいつまで経っても彼女はできないよ?」


「……それは分かっているんだけどなぁ」


 本当は初恋なんて忘れた方がいいのかもしれない。

 叶う初恋ならまだしも、未だに彼女は付き合っているらしく、この初恋は叶いっこない。


 だからこそ、こんな初恋は忘れ、新しい恋に向かっていった方がいいに決まっている。


 けど────


「はぁ……要はあんたの初恋を忘れることができればいいわけね」


 藤堂は小さくため息をつきながら、おもむろに机の中から鈍器を取り出して————


「待て待て待て、お前は俺に何をするつもりだ?」


「え? 死ぬほど殴れば忘れるかなって?」


「初恋どころか記憶までなくなるわ」


 何て事を考えるんだこの子は?

 考えが猟奇的すぎない? 颯太の教育はどうなってんの?

 荒療治にもほどがあるだろ?


「けど、どうしても私はあんたに彼女を作ってほしいのよ……」


「そりゃまたどうして?」


 藤堂は、取り出した鈍器を机の中に戻し、少し恥ずかしそうに呟いた。


「あんたには感謝しているから……ちゃんと幸せになってほしいのよ」


「……さいですか」


 俺はその言葉に嬉しく思いながらも、心のどこかでそれはできないのではないかと思っていた。


 一度この気持ちを知ってしまったら、他の女の子と話していてもあの時以上の胸の高鳴りは感じれず、どこか虚しく感じてしまう。

 あの時以上の高鳴りを作ってくれる出会いが、この先果たして訪れるのだろうか?


「難しいもんだねぇ……」


 俺は天井を仰ぎ見ながら、他人事のように呟いた。

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