聖女様の看病
柊を背負った俺はできるだけ揺らさないように保健室へとたどり着いた。
背中に伝わる柔らかい感触が俺の理性と激しくぶつかっていたが、何とか我が理性が勝利できた。頑張ったぞ俺の理性!よくやった!褒めて遣わそう!
「失礼しまーす」
両手が塞がっているため、俺は足を使って保健室のドアを開ける。
態度が悪いと言われるかもしれないが、こればっかりは仕方ない。堪忍して欲しい。
「先生は—————いねぇじゃねぇか」
中に入ると、そこには誰もおらず物静かだった。
……しょうがないな。
俺はベッドまで近寄ると、背負った柊をゆっくりと寝かす。
だいぶ汗をかいているのか、若干服が透け……透け、透けてなんかないんだからっ!
俺、見てないからね!勘違いしないでよ!?
「あ、ありがとうございます……」
弱々しい声が聞こえる。
喋っている柊は本当に辛そうで、顔も青白いままだった。
「ほら、少し起こすぞ」
俺は頭を支えながら、枕を高い位置へと持ってくる。
サラリとした金髪は若干湿っていたが、今は気にするほど余裕はない。
そして、保健室の中にある保冷剤を持ってくると、勝手に拝借したタオルを巻いて、脇などの熱が溜まっている場所に当てて冷やす。
後は下着を緩めないといけないのだが……これは保健室の先生にやってもらおう。
「柊、姿勢キツくないか?」
「大丈夫です……」
大丈夫なら問題ないだろう。
であれば、まずは保健室の先生が来るまで扇いでやるか。
本当は扇風機とかあれば楽なんだが—————保健室にないじゃん。何してんのよ?
団扇も—————ないじゃん。どうしたらいいの?机の上にある下敷きで扇ぎないさいと?
「……柊、水飲めるか」
「……いただきます」
俺は下敷き片手に冷蔵庫に向かう。
……水、ないじゃん。どうなってんのこの保健室?熱中症患者に対する対策とか想定して—————あ、麦茶ならあったわ。
「ほれ、少し体起こすからな?」
俺は柊の体をゆっくり起こすと、口元に麦茶入りのペットボトルを当てる。
ちびちびとではあるが、柊はちゃんと飲んでくれた。
「もういいか?」
「……大丈夫です」
先程までよりかは楽になった声を聞いて、俺は再びゆっくりと柊を寝かす。
「……本当に、辛いなら言えよな」
下敷きで扇ぎながら、そんな言葉が漏れる。
別に柊を責めている訳じゃないが、こういう体調管理は命に関わるから、どうしても愚痴を零してしまうのだ。
「……すみません」
「別に、謝って欲しいわけじゃねぇよ。……今度から気をつけな」
「……そうします」
そんな柊の言葉を最後に、再び保健室に静寂が訪れる。
夏風が部屋に入ってきており、カーテンが揺れる音が余計にも静寂を際立たせていた。
「……如月さんは」
「ん?」
「……どうして私が倒れるのが分かったんですか?」
どうしてって言われてもなぁ……。
「たまたまお前を見ていただけだ」
「……どうして、私が倒れるって分かったんですか?」
……どうして、ねぇ。
そりゃ—————
「今までお前の事をよく見てたからな。あ、こいつ無理してんな。限界だな、って思ったんだ」
「……」
「それに、前に約束したろ?『俺がしっかり見ていてやる』って」
約束したからにはちゃんと守らないとな。
男だもん!俺、イケてる男だから!
え?別にイケてないって?—————はっはっはー、殴るよ?
「……やっぱり、大好きです」
「ん?何か言ったか?」
カーテンが揺れる音と重なり、小さく何か呟いた柊の声が聞き取れなかった。
「……なんでもありませんよ」
「そうか……」
喋るならもうちょっと大きな声で喋って欲しい!……って言うのは病人には酷だよなぁ。
「ごめん!待たせちゃった!?」
すると、保健室の入口からそんな焦りの声が聞こえてきた。
どうやら、保健室の先生が戻ってきたようだ。
「んじゃ、後は先生に診てもらえよ」
「……はい、ありがとうございました」
俺は立ち上がると、ベッド脇のカーテンを閉める。
「先生、とりあえずある程度の処置は済んだんで、後はお任せします」
「え、えぇ……まぁ、如月くんの処置なら問題ないと思うけど」
「いや、どうしてそんなに信頼度高いんですか……?」
俺、先生の好感度上げることしたっけ?
まだ保健室の先生ルートを攻略していないはずだけどなぁ……。
「何言ってるの?あなた、どれだけの怪我した生徒を連れてきていると思ってるのよ?—————あの処置は、見事だったわ」
「は、はぁ……」
そんなにいっぱいあったっけ?
俺、まだ高校入学して数ヶ月しか経っていないんだけど?
—————まぁ、いいや。
「それはいいですけど、後は柊のこと頼みましたね」
「任せて頂戴」
俺は先生に後の事を任せると、保健室を出た。
……そろそろ授業も終わるなぁ。
別にわざとじゃないが、これなら授業も出なくて済みそうだ。
♦♦♦
「先生、俺これは流石におかしいと思うんですよ?」
「文句言っていないでさっさと運べ」
グラウンドに戻った俺は何故か後片付けをさせられていた。
重いものは残っていないものの、一人で運ぶにはかなりの時間がかかる。
「俺、人助けしましたよね?褒められるべき行動しましたよね?なのに何故俺はみんなの後片付けしないといけないんですか?」
「そりゃ、先生が片付けるのが面倒くさいからだが?」
「あんたは本当に教育者か?」
今時、功労者に対してこんな理由で労働を強いる教育者はお目にかかれないだろう。
日本の教育も落ちたものだ。
「まぁ、後でちゃんと褒美をやるから我慢しろ」
どうせ褒美って言っておきながら課題とか反省文なんでしょ?(※経験談)
「俺を騙そうたってそうはいきませんよ。これで何回騙され—————」
「俺の行きつけのキャバの姉ちゃんの写真をプレゼントしよう」
「先生、後は俺に任せてゆっくりしてください」
日本の教育はなんて素晴らしいのだろう。
これなら、こんな肉体労働を強いられても文句は言えない。
流石です、安〇さん。
「それじゃ頼む。後はそのポールを倉庫に運ぶだけだからな」
「承知致しましたぁ!」
俺は先生に敬礼のポーズをすると、ポールを脇に抱えてダッシュで倉庫に向かう。
あ、言っておくけど……俺、別に物で釣られたわけじゃないから。
日頃お世話になっている先生の為だからやっているんだからね?
勘違いはダメよ?
どこぞの誰に言い訳をしつつ、倉庫に到着。
……後はこれを倉庫にぶち込めばいいんだっけか?
俺は開いている倉庫の扉を潜ると、奥の方に適当に放り投げる。
うん!ミッションコンプリート!
後は生徒指導室に行ってご褒美を貰わないと—————
「あれ?如月くん、遅かったね?」
俺が急いで戻ろうとすると、倉庫の隅からそんな声が聞こえる。
「……神無月?」
「はろはろー」
……どうして、ここにいるんだ?
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