別に、恩に着せようと思ったわけじゃない
「あ? なんだお前?」
俺がゴミ袋を置いて聖女様のところに向かうと、ガラの悪いチンピラが俺が現れたことに気付いた。
もう一人のチンピラも、聖女様の手を離さないものの、顔をこちらに向ける。
……うぉー怖い怖い。
そんなに睨まないでくださいよ。ちびったら責任取ってくれるんですか?
「あ、あなたは……」
聖女様もチンピラに続いて俺の事に気付いたようだ。
「初めまして? ────いや、これは違うか。お久しぶり? ────これも違う気がするな」
何て言うのが正しいのだろう?
折角かっこよく出てきたつもりだったのに、続きのセリフが思いつかない。
……うぅむ、どうやら俺にヒーローとしての気質はなかったようだ。
「おい、何でここにいるんだ? お前、新入生だろ?」
「えぇ、新入生の如月真中です。以後お見知りおきを」
「名前を聞きたいわけじゃねぇよ」
おや、では何が聞きたかったのでしょうか?
俺は思わず首をかしげてしまう。
「いいから、新入生はどこか行ってろ。俺たちは今お取込み中なんだ」
「と言われてもですね、僕もそこの聖女様に用が……」
俺はちらりと横を見る。
聖女様は俺の登場に目を白黒させていたが、変わらず目に涙を浮かべて震えていた。
「うるせぇよ、痛い目にあいたくなきゃさっさと失せろ」
そう言って、一人のチンピラが俺の方に近づいてくる。
うわぁ……こわいよぉ、お母さん。
「分かりましたよ。聖女様と今から消えるので、彼女を離してあげてくれませんか?」
「これからこいつは俺達と遊ぶんだよ? 離すわけねぇだろ」
「ですよねー」
俺は小さくため息をつく。
さてと、胸糞悪かったのでこうして現れてみたものの、普通にノープランだ。
注意しても引いてくれる感じでもなさそうだが……そうだ!
「先生! こっちにガラの悪いチンピラさんが下級生をいじめています!」
俺は後ろを向いて思いっきり叫ぶ。
しかし、俺の思いは届かなかったのか、誰も現れる様子はなかった。
「ここは校舎裏だし、教師が来るわけねぇだろ?」
「そ、そうすか……」
おかしいな?
アニメや漫画だと「ちっ、教師か!」「おい、ずらかるぞ!」って言って逃げていくはずなんだけど……。
流石上級生。
どうやら馬鹿ではないようですね。
「お前、さっきからナメた真似してくれるじゃねぇか? 随分痛い目見たいようだなぁ」
ガラの悪い先輩が俺の胸ぐらを掴む。
「い、いけません! 逃げてください!」
聖女様が俺に向かってそう叫ぶ。
いや、それ言うならもうちょっと早く言ってくれない?
胸倉掴まれてちゃ逃げれないでしょ?
いや、心配してくれるのは嬉しいんだけどね?
「おい、お前は静かにしてろよ」
「むぐっ!?」
聖女様を掴んでいた先輩が、乱暴に聖女様の口を塞ぐ。
(……てめぇ)
「んじゃ、ヒーロー気取りの後輩に教育してやりますか」
そして、俺を掴んでいたチンピラが拳を振り下す。
けど、俺はチンピラの拳をしっかりと手のひらで受け止める。
「んなっ!?」
チンピラは、拳が止められるとは思わなかったのか、驚きの声を上げる。
本来なら、ここで大人しく殴られてチンピラが帰ってくれることを期待してもいいのだろうが————
「てめぇこそ、覚悟はできてるんだろうなぁ?」
胸糞悪いものを見せやがって。
女の子に乱暴してんじゃねぇよ。
♦♦♦
「ふぅ……今日は疲れたな」
俺は少しだけ出た額の汗を腕で拭う。
藤堂には殴られるわ、チンピラには襲われるわ、ほんと散々である。
「……」
そして、そんな俺の事を聖女様は何故かぼーっと見つめていた。
俺、どこかおかしいかな?
……まぁ、いいか。
俺は倒れている先輩をまたぎながら聖女様の元へ近寄る。
「大丈夫か?」
「はい……ありがとうございます」
聖女様は呆けてはいるものの、何とか返事を返してくれた。
「それにしても災難だったな。こんなチンピラに絡まれて」
「えぇ……本当は悪い人たちではないのでしょうけど、流石に今のはちょっと困りました……」
なんと優しい聖女様なのか。
あんなことされたにも関わらず、チンピラを非難せずに、悪い人ではないと言うなんて。
————今も尚、自分の体が震えているというのに。
だからこそ、それが俺は気に食わない。
「それにしても、如月さんはお強いのですね……」
聖女様は倒れているチンピラを見てそう口にした。
「ん? まぁな」
昔、初恋の相手のために鍛えてたからな。
まさかこんなことで役に立つとは思わなかったさ。
世の中、何が起こるか分からないものである。
「ん? そういや、俺の名前知っていたのか?」
「先ほど、如月さん自身が名乗っていたじゃないですか————それに、クラスメイトの名前は全員覚えていますから」
そう言って、聖女様は微笑む。
夕日に照らされた彼女の笑顔はとても眩しく、思わずドキッとしてしまった。
……これは、みんなが虜になるのも分かる気がするなぁ。
「まぁ、とにかく無事でよかったわ────んじゃ、俺はこれからゴミを捨てなきゃいけないから」
そう言って、俺は聖女様に背を向ける。
……早く、掃除を終わらせて反省文を書かなきゃ、帰るのが遅くなってしまうからな。
「ま、待ってください!」
すると、聖女様が立ち去る俺の腕を掴んできた。
「あ、あの! 助けていただき、ありがとうございました! ……そ、その…もしよかったら、お礼をさせてください」
何を言い出すかと思えば、お礼がしたい———だって?
「気にするな、俺が気にいらなかっただけだから」
「それでも!私はこのご恩を返したいのです!」
「……はぁ」
俺は小さくため息をつく。
聖女様は勘違いをしている。
俺が自分が見たくない光景にむしゃくしゃして、チンピラを相手にしていたわけだし、恩を着せようと思って現れたわけじゃない。
————それに、
「いいか、聖女様。この際だからはっきり言っておく」
俺は後ろを振り向き聖女様の可愛いらしい顔に向かって口を開く。
「俺は出来るだけお前と関わりたくないんだ。誰にでも張り付いたような表情するお前を見ているとイライラするんだ。———お前は、本当に根っこの部分も優しいのかもしれないが、自分の気持ちを押し殺して誰にでもニコニコしているお前が————気に食わない」
「———ッ!?」
「別に、俺の勘違いかもしれないが、それでも俺はお前のことを見ているとそう思ってしまうんだ。だから、今回は恩に感じず、これからも俺とはあまり関わらないでくれ」
自分を出さない彼女に、俺は冷たく言い放つ。
その言葉を聞いて、聖女様は驚きながら、口を噤んでしまった。
……別に、誰にでも表面しか見せないのは悪い事ではないと思う。
本人や、周りが納得して、それでいてみんなが幸せだったら、それもいいのかもしれない。
けど、俺はそれが嫌いなんだ。
やはり、人と接するときは本心から話してほしいし、その上で仲良くなりたい。
これは俺の自分勝手の言い分だ。
それを、聖女様に押し付けるのは本当は間違っていると思う。
……多分、俺は彼女に八つ当たりしてしまったのだろう。
胸糞わるい光景を見せられたことのイライラが、どこかに残っていたのかもしれない。
……彼女は、何も悪くないというのに。
「すまん、言いすぎたな────ということだから、俺に恩なんて感じず、いつも通りで頼むよ」
俺は悲しそうにする聖女様の顔を見て罪悪感を覚えてしまい、逃げるように足を進めた。
聖女様は、黙ったままその場から動かない。
「ほんと、らしくないなぁ……」
今まで、こんな気持ちになったことなかったのに、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう?
俺は胸にわずかなトゲを感じながらも、ゴミ袋を拾ってその場から立ち去った。
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