聖女様とお買い物(1)

「……あっ!」


 連絡先を交換してしばらく歩いていると、柊が何か思い出したのか、小さく声を出して立ち止まった。


「どうした柊?忘れ物か?」


「いえ……お買い物しなくてはいけないことを思い出しまして……」


 そういえば、昨日家に何もないから夜飯を食べに俺の部屋に来たっけ?


「はい……な、なので……」


 柊は申し訳なさそうに口にする。


 柊は買い物しなくては柊の食べるものがなくなってしまうので、今日行かなくてはならない。

 もしかしたら、今から俺と別れて1人で買い物に行くのだろうか?


 ――――しかし、柊は確か暗いのが怖かったはずだよな?


 そんな柊を1人で買い物に行かせてもいいのだろうか?


「………」


 正直、俺は買い物に行く理由はないのだが……。


「じゃあ今から一緒に行くか」


「—――ッ!?あ、ありがとうございます!」


 俺がそう言うと、先ほどの申し訳なさそうな顔から一変、嬉しそうに花が咲いたような笑みを向けた。


 ……仕方ないじゃん。

 だってここで、俺だけ先に帰るのもおかしいし、女の子を暗い中一人で帰させるわけにもいかない。


 しかも、柊は夜1人で買い物に行けないほど暗いのが怖いんだぞ?

 それを分かっていて見て見ぬふりをするのは……流石に、男としてどうかと思う。


 ――――それに、


「やっぱり、如月さんは優しいですね!」


 ……こんなこと言われたら、男だったら誰だってそうするに違いない。

 俺は、柊の嬉しそうな姿を見て少し胸が高鳴ってしまう。


「俺も、たまたま買い物に行きたかっただけだ」


「ふふっ、そうですか」


 俺は照れている自分をごまかして、先を歩く。

 その後ろを、柊が小さく微笑みながらついてくる。


 ……あぁ、くそっ。

 顔が熱い。



 ♦♦♦


 というわけで、俺達は家から近いスーパーにやって来た。

 ここのスーパーは意外に大きいにもかかわらず、営業時間が23時までと、お客さんにはありがたい時間まで営業している。


 俺達はカゴを持って店内を見回る。

 とりあえず、先に柊の買い物を済ませてしまおう。

 そういう話になり、やってきたのは—————


「コラ、本当に君は花も咲く女子高生かね?」


「うっ…っ!い、いいじゃないですか……」


 インスタント売り場のカップ麺コーナー。


 ……こいつ、迷わずにここに来たぞ?

 本当にカップ麺しか食べていないのか……?


「だって、お湯を沸かすだけで食べれるんですよ?3分でお手軽ですよ?」


 この台詞って普通は男子が言うものではないのだろうか?

 それを、女子が注意するのが普通では?


 普通に心配なってくるな……。


「お手軽だからって、栄養が偏るだろ?体調崩しても知らんぞ?」


「で、でも……私これしか作れないですし……」


 カップ麺片手に落ち込む柊。

 ……こんな姿をクラスの連中が見たらどう思うのかね?

 あの聖女様がカップ麺しか作れないんだぞ?

 きっとみんな驚くに違いない。


 けど、一人暮らしを始めてまだ日が浅いとはいえ、このままカップ麺だけの生活を続けていくと、いつか本当に倒れてしまう。


 ————いかんせん、どうしようか?


 このまま柊を放置するわけにもいかないしなぁ……。


「もし……」


「はい?」


「お前さえ良かったら俺が……その…料理を教えてやろうか?」


「………」


 俺がそう提案すると、柊は目を見開いて黙りこくってしまった。


 きっと、柊は男に教わることに抵抗感があるのだろう。

 教えるとなれば必然的に俺と二人っきりになるわけだし、関わり始めてから日が浅いのに何言っているんだと思っているかもしれない。


「い、いや!このままだと本当にいつか倒れてしまうかもしれないし!そ、それに、タダって訳じゃないぞ!?俺は掃除が出来ないから、たまに掃除を手伝ってくれればそれでいいし!」


 だから俺は呆けて黙りこくってしまった柊に、必死に下心がないことを説明する。


「ふふっ」


 俺が慌てていると、柊が小さく笑った。


「別に、如月さんが私の事を心配してくれているのは分かっていますよ。その上で私に提案しているというのも理解してます」


「そ、そうか……」


 俺はその言葉を聞いて少しほっ、とする。

 だって、もし勘違いされたら俺が柊と一緒にいたいが為に提案している男だと思われてしまうからな。

 決してそんなことないんだ……ただ、本当に柊の生活が心配なだけで。


「そのお心遣い、ありがとうございます。是非、お願いしてもよろしいでしょうか?」


「あ、あぁ……大丈夫だ」


「後、材料費はちゃんと払いますからね?流石に、教えてもらった上で材料費を払っていただくのは申し訳ないですし」


「いや、一人も二人も材料費は変わらないから別にいいぞ」


 俺がそう言うと、柊は俺にぐっと近づいてきて、人差し指を立てる。


「ダメです!それでは私が貰いすぎですから!」


「俺も、掃除を手伝ってもらうしな……」


「それはそれです!掃除をお手伝いするくらいでは対価として釣り合いません」


 引き下がらない柊。

 けど、女の子にお金を出してもらうって、正直男としては何か気分が悪い。


 かっこつけたいという訳では無いが、お金を払わないとどこか情けなく感じるのだ。

 我ながらめんどくさい性格をしていると思うが、俺もここではあまり引きたくない。


「いや、本当に一人も二人もそんな変わらないからいいって」


「ダメです!払わせてください!」


「払うって」


「ダメです!」


 俺達は、謎の口論をインスタント売り場で繰り広げる。

 互いに徐々に声量をあげていきながら。



 ♦♦♦



 しばらくして、俺達は周りの注目を浴びていることに気づき、顔を赤らめながらその場を離れる。

 結局、「よくよく考えれば折半でいいのではないか?」ということに気づき、材料費は折半することで落ち着いた。



 ………本当に、騒いでしまってすみませんでした。

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