聖女様とお買い物(2)

「それで、いつから教えていただけるのでしょうか?」


 カップ麺売り場を離れ、俺たちはスーパーの中を見て回っている。

 というのも、俺もこれといって買いたいものはなく、柊もカップ麺以外には特に買いたいもの(食べれるもの)がないため、とりあえずぶらぶらしてしているのだ。


「そうだな……柊はいつからがいい?」


「そうですね……できれば今日から、というのが一番うれしいのですが……」


「今日か……別にいいが、俺は弁当が残っているからなぁ」


 どうせ教えるなら、作った料理はその日のご飯にしたい。

 しかし、今日は学食に行ってしまったために、朝作った弁当が残っている。


 ちょっとタイミングが悪かったな……。


「別に、私が教わる立場なので如月さんのご都合にお任せしますよ」


 そう言って、柊はにっこりと笑う。


「しかし、そうは言うが、今日教えなかったらお前カップ麺食べる気だろ?」


「うっ…!そ、そんなことありませんよ……」


 柊は気まずそうに顔を逸らす。


「嘘つけ、だったらその後ろに持っているカップ麺はなんだ?」


「こ、これは……お料理の参考になるかと思いまして……」


「なんねぇよ」


 お湯を沸騰させて注ぐだけの料理が何の参考になるっているんだよ。

 だから、早く後ろに持ってあるカップ麺をこちらに渡しなさい。

 こんなもの食べたら体に悪いでしょ。


 俺はため息をつきながら、柊から無理矢理カップ麺を奪い取る。


「あぁ…っ!ペヤ〇グの新作が!」


「どんだけ食べたかったんだよ……」


 本気で心配になってくるなぁ……。

 カップ麺を取り上げられただけで、こんなにも悲しそうな表情をしているんだぜ?

 本当に、この子は女子高生なのかね?

 今時のOLでもこんなこと言わねぇよ。


「はぁ……早いうちに教えないとお前の健康面が心配になってくるから、今日から教えるぞ。もちろん、俺が教えている間はカップ麺禁止だからな」


「そ、そんなぁ……」


「そこまで落ち込むことか……?」


 俺がそう言うと、がっくり肩を落とす柊。


 どんだけカップ麺が好きなんだよ?

 お母さん、娘さんに今まで何を食べさせてあげてたんですか?

 家族じゃない俺でもこんなに心配になってきますよ?


「まぁ、いいや。とりあえず今日は簡単なものを作るか。今日は柊の食べる分だけ作って、徐々に覚えてもらう」


「はい……」


 俺は今日の方針を決めると、カートをもって店内を再び見て回った。

 そして、その後ろを元気のない柊がついてくる。


(はぁ……ちょっとぐらいはいい…のかな?)


 柊の姿を見て、俺は何度目になるか分からないため息をつく。

 ここまで落ち込まれたら、何故か不思議と罪悪感が湧いてくるのだ。


 これが聖女パワーなのか?と思いつつも、俺は先ほど取り上げたカップ麺をかごに入れる。


(……少しぐらい、頑張った時のご褒美があってもいいだろ)


 そんなことを思ってしまう俺は、どこか甘いのかもしれない。



 ♦♦♦



 そして、すっかり暗くなってしまった夜道を、俺と柊はスーパーの袋を持ちながら歩いている。

 結局、一人分しかない我が家の冷蔵庫の材料を足すような形で買い物を済ませた。

 ……まぁ、我が家にはないカップ麺が一つ入っているのだが。


「そ、それで……お料理はどちらの部屋で教えていただけるのでしょうか?」


 柊は、俺の制服の袖を摘みながら、上目遣いで聞いてくる。


 ……本当に、暗いのが怖いんだなぁ。


 スーパーから出た時からずっとこうなのである。

 柊は外の暗さを見た瞬間、肩を震わせてこうして俺の袖を握ってきた。


 まさか、俺も柊がここまで怖いだなんて思っていなかった。

 どうせ、街灯の明かりもなくて、周りに誰もいない状況で一人いることが怖いとかの、極端な静かさと暗さにおびえるのだろうと思っていたのだ。


 しかし、今は人もちらほら見かけるし、街灯も薄暗いものであるが灯っている。

 それでも、彼女は怖いのだ。


 それは、袖を摘まむ柊の手が震えていることで分かってしまう。


「そうだな……とりあえずは俺の部屋でやろうか」


 そんな柊を少しでも安心させるように優しい声で話す。


 ……怖いものは、怖いもんな。

 その気持ちは————よく分かるから。


「い、いいのですか?教えてもらうだけではなく、場所まで提供していただいて……」


「いいもなにも、お前の部屋にまともな調理器具があるのか?うぅん?」


「……ポットくらいはあります」


「お湯しか沸かせねぇじゃねぇか」


 それだけで料理できるわけないだろ。

 それだけでできたら、世の中インスタントだらけじゃないか。


「まぁ、いずれ必要になるから、今度一緒に買いに行くか?」


「そ、そこまでしたいただけるのですか……?」


「ここまできたら、しっかり付き合うさ。後、今度は休日のもっと明るい時間に行こうな」


 そう言って、俺は袋を持っていない反対の手で袖を摘まんでいる柊の手を振り払った。


「……あっ」


 柊は少し驚き、不安そうに振り払われた手を申し訳なさそうに引っ込める。

 けど、俺はその手を掴んで優しく握った。


「ありがとうございます如月さん……」


「何のことかね……」


「いえ……」


 そして、柊はどこかほっとした表情で小さく笑う。


「これは、安心しますね……」


「左様ですか」


 すると、柊は俺の手を握り返してくれる。

 その手の震えは、握っている俺の手からは伝わらなかった。


(こんなことをしてもいいのか不安になるな……)


 我がクラスの聖女様と手を繋いで帰るなんて。

 クラスの男子に見られたら俺の命は絶対になくなってしまうだろうなぁ。


 それに、まだ柊と関わり始めてから2日だ。

 なのに、こんな事をしてもいいのかね?


 馴れ馴れしいと思われたのだろうか?気持ち悪いと思っただろうか?


 俺はちらりと横を見る。

 そこには、少しだけ顔を赤らめた聖女様の姿があった。


(まぁ……本人が嫌がっていないならいいか)


 安心させるにはこれが一番だと思ったのだ。

 決して、俺に下心があるわけじゃない。


 誰に言い訳しているか分からないが、頭の中でそう呟きながら俺たちは我が家へと向かって帰るのであった。

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