デートの終わりは違う形で
一通りショッピングモールの中を見て回った俺たちは、中央広場にある小さなベンチに腰を掛けていた。
少しだけ間隔をあけて、横並びでお互いに少しだけ疲れた体を休ませる。
「これで、大体見て回ったんじゃないか?」
「そうですね、1階と2階は全て見て回りましたので、後は如月さんのお洋服ですね!」
どうしてそんなに目を輝かせているの?
そんなに俺の服って変えたいほどみすぼらしいでしょうか?
だとしたらちょっと傷つくんですけど……。
「まぁ、それは最後にしないか?全部買い終わった後とかの方がいいと思うのだが……」
「そうですね、荷物がいっぱいになってしまいますし、ゆっくり時間をかけて選びたいですから!」
「……程々に頼むよ」
「任せてください!」
柊は小さく拳を作って胸を張る。
いや、程々でいいからそんなに気合入れなくても大丈夫なんだぞ?
「ですが、必要なものは買い揃えましたし、他に何かありますか?」
「そうだな……柊の食器類、柊の電化製品、柊の調理器具……後は、柊に必要なものってあるか?」
「いえ、特にないと思うのですが……今思えば私の物ばかりですね……」
本当だよ、全く。
こういうのは普通一人暮らしを始めた時に買っておくものではないのかねお嬢さん?
……しかし、折角電車に揺られてここまで来たんだし、何か買っておかなくてはいけないもの————ハッ!?
そういえば、今日って、第二土曜日。
つまり、ここの食品売り場で、豚肉の特売セールをやっている日じゃないか!
早くしないと、豚肉も残り少なくなっている可能性が……いや、時刻はもう昼過ぎだ。
もしかしたら、金にうるさい三十路過ぎたババァ達が買い占めて、売り切れているかもしれん……いや、しかし!諦めるには、まだ早い!
一人暮らしは生活費をやりくりしなくてはいけないんだ!俺はこのチャンス、逃したくない!
俺は勢いよく立ち上がると、財布を取り出し、カバンを柊に預ける。
「悪い柊、これ預かっていてくれ!ちょっと買わなきゃいけないものが出来た!20……いや、10分で戻ってくるから、ここで待っていてくれ!」
「え、えぇ!?」
柊が俺の突然の行動に驚いていたが、今は無視だ。
待っていろよ豚肉!三十路のババァ達にとられてたまるかってんだ!
俺は胸に闘志を抱きつつ、早足で食品売り場に向かった。
♦♦♦
(※ステラ視点)
い、行ってしまいました……。
いきなり思い出したかのように顔を上げたかと思ったら、カバンを私に預けてどこか走っていったんですから。
何を買い忘れたというのでしょうか?
どうせだったら、私も一緒について行きましたのに……。
……少し、寂しい気分になります。
ですが、今日は私の為の買い物に付き合ってもらったんですから、文句を言ってしまうのはおかしいですね。
それにしても、最近のお買い物って便利だと思います。
買ったものを後日家まで送ってくれるサービスがあるのですから。
一定以上の金額を買わなくてはいけませんが、おかげで私はたくさんお買い物をしたのに、荷物は全くありません。
本当に、ありがたいサービスです。
だからこそ、こうして如月さんと何も気にせずお買い物できました。
(……ふふっ、今日は楽しいですね)
ただ、一緒にショッピングモールの中を見て回っていただけだというのに、こんなにも楽しい気持ちになるとは思いませんでした。
これも全て、如月さんと一緒にいるから……なんでしょうね。
「はぁ……早く戻ってきて欲しいです…」
少し離れただけで、こんな気持ちになってしまう。
いつから私は彼に対してこんな想いを抱くようになってしまったのでしょうか?
彼と一緒にいると、楽しくて、ドキドキして、時々モヤモヤしてしまいます。
それでも、きっとこの想いは決して悪いものではない。
……そう思います。
————だから、
「早く戻ってきてください、如月さん。あなたがいない10分は、私にとってはとても長く感じるのですよ」
彼には届かないと分かっているけど、私はその言葉を口にする。
少し浮かれている気分になっているからか、私は愚痴を零しているものの、待っている時間はそんなに悪い気分ではありませんでした。
私は、小さく笑いながら、足をばたつかせて如月さんが戻ってくるのを待ちます。
—————すると、
「あら、ステラじゃない?こんなところで何してるの?」
突然後ろから声をかけられる。
聞きなれた声。しかし、久しぶりに聞いたその声に、私は思わず固まってしまう。
(どうして……この声がここで聞こえるの!?)
先ほどの浮かれた気持ちが一瞬にして消え去り、疑問と、そして————戸惑いが、私の頭の中を支配する。
何で、こんな場所にこの人の声が聞こえるのでしょうか……?
折角、こんな幸せな気持ちを味わっていたのに……私は、やっぱりこの人を忘れることができないのでしょうか?
私は恐る恐る後ろを振り向く。
気のせいであって欲しい。そんな僅かな希望を抱きながら。
そして、振り向いた先には、スーツを着た男性二人と、一人の女性の姿がありました。
「相変わらず、見るとイライラする顔ね」
「……叔母さん」
その希望は、やはり叶わなかった。
♦♦♦
「くそっ……三十路のババァ達は化け物か…!」
一人、特売セールの商品の豚肉を買いに行った俺は、何の戦果もなく、柊のいる場所へと愚痴を零しながら戻っていた。
別に、当初懸念していた売り切れということはなかったのだが、豚肉が売っている場所には大勢の主婦たちが押し寄せていた。
俺は売り切れる前に必死で豚肉をゲットしようとしたのだが、あえなく食品売り場という戦場の塵になってしまった。
……おそるべし、三十路のババァ達。
俺の体当たりもものともせず、豚肉の元に行かせてくれなかった。
……もういいよ、帰りに近くのスーパーで買うから。
覚えとけよ!次こそお前たちに勝ってやるからな!
そんなことを思いつつ、俺は柊が待っている中央広場へと到着した。
……何だかんだ女の子を一人で放置してしまった。
今になって罪悪感が湧き上がってくる。
後で、お詫びとして昼飯でも奢ってやらないとな。
「すまん、柊。待たせてしまった……な?」
俺はベンチに座っている柊を見つけ、急ぎ足で駆け寄る。
————しかし、
「如月さん……もう、お買い物は大丈夫なのですか?」
しかし、柊は今にも消え入りそうな雰囲気のまま、ベンチに呆然と座っていた。
……どうして、そんな今にでも泣きそうな顔をしているんだ?
本人は、俺に気付いて笑いかけているが、その笑みは……どこか無理矢理作っているものにしか見えなかった。
心がすり減っており、傷つき、それでも何事もなかったかのように振舞おうとしている。
先ほどの楽しそうな雰囲気とは違い、今はとても悲しそうに見えた。
(俺がいない間に、何があったんだ……?)
「……さぁ、次はどこに行きますか?如月さんのお洋服を買いに行きましょうか?」
……やめてくれ。
そんな顔で、何事もなかったように振舞わないでくれ。
今の柊は————正直、見ていたくない。
「帰るぞ」
「……え?どうしたんですか、急に?」
俺は柊の手を取り、その場から立ち去ろうとする。
その突然の行動に、柊は戸惑っていたが、俺は無視して出口へと向かう。
「な、何か用事でもあるのですか?」
「……特に用事はない。———けど、今の柊はダメだ」
「……」
俺がそう言うと、柊は心当たりがあるのか、俯いて黙ってしまった。
そして、俺は柊の手を引っ張り、そのままショッピングモールを後にした。
きっと、このまま買い物を続けても、きっと楽しくない。
それ以上に、こんな柊を放っておけない。
今の柊を見ていると……俺もとてつもなく苦しいから。
こうして、俺達のデートは終わった。
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