遅刻の常習犯じゃありません

 桜も散り終わり、緑が美しく見える5月下旬のこの頃。

 見事な快晴が意識を覚醒させ、窓から吹き抜ける心地よい風が俺の肌を優しく撫でる。


 こんな日に昼寝でもしたら気持ちいいだろうなぁ、と思いつつ俺は横目で外の景色を眺めていた。

 柊とのデートも終わり、嬉しくもない登校日。


 学友との交友や勉学に勤しむために、俺は学校に足を運んだ。

 そして—————


「先生、俺は何故椅子があるのにも関わらず床に正座させられているのでしょうか?」


 硬い床に正座させられていた。


 おかしいよね?さっきからすっげぇ足が痛いんだけど?

 学校に登校したかと思えばすぐに正座だよ?

 日本の教育はどうなっているのかね?


「……それは言う必要があるのか?」


「説明を求めます!」


 先生がある意味の体罰を下していること何て知ったこっちゃないわ。


「……お前、今何時か分かるか?」


 俺はちらりと横目で壁にかかっている時計を見る。

 丁度、長い針と短いハリが真上で重なっていた。


「先生、時計もまともに見えないんですか?今は12時に決まってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 俺は真面目に質問に答えると、生徒指導の先生は俺にこめかみを強く握った。

 痛い!めっちゃ痛い!これこそ完全な体罰じゃない!?


「12時は知っとるわ!何で12時に登校してきたのかと聞いているんだ!」


「こめかみがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 割れる!本気でこめかみが生卵みたいに割れてしまう!?


「……はぁ」


 先生はため息をつくと、俺の頭からゆっくりと手を離した。

 ……あぁ、まだ痛てぇ。頭が割れるように痛い。


「先生はな、別に遅刻をするなと言っている訳では無い」


「では何故俺のこめかみを思いっきり掴ん—————」


「ただ、遅刻したら死を覚悟しろと言っているだけで」


「……それは遅刻するなと言っているようなものでは?」


 どうして俺の学校にはこうも過激な人達が集まるのだろうか?

 1度、学校の入学規定を見直して欲しいものだ。


「……それで、遅刻の理由は何だ?」


「……今日は久しぶりに1人で登校をしたので、時間感覚が狂ってしまいまして」


 最近はお馴染みである柊と一緒に登校しているのだが、今日は「今日は深雪さんとお話があるので先に行ってますね!」と言って先に学校に向かってしまったため、いつもみたいに早く起きなかったのだ。


 始めは柊と一緒に出る時の時間に起きてしまい、後10分。

 次に時計を見た時は8時半だったが、後10分。


 そして、1度深みに嵌ってしまえばお終い。

 気づけば11時になってしまった。


「先生、人間誰しも失敗する生き物だと思うのです」


「そうだな、それを糧に前に進むやつは立派だな」


「ですよね?だったら————」


「お前、入学してから遅刻は何回目だ?」


「………」


 俺は思わず顔を逸らしてしまう。

 た、確か2回ぐらいだったような気が—————


「20回目だからな?」


 すごい、俺って柊と出会う前ってほとんどの日数遅刻してるじゃん。

 この調子なら、いつか学校内の遅刻日数記録で1位になれるんじゃないか?


「それでな?先生は遅刻したお前に毎回こう言っているんだ」


 嫌な予感がする。

 長年の経験故か、それとも直近で起こっている出来事を思い出して今と重なってしまったからか。

 兎に角、その先の言葉はまずい!


「すみません先生、その先は聞きたくな—————」


 しかし、俺の必死の思いも無視して、先生はその先の言葉を紡ぐ。


「今日は反省文10枚書くまで帰らせないからな?」


「Damm it!!!」


 俺はあまりの非常さに、思わず床を叩きつけた。



 ♦♦♦



「おはよー」


 あの後、さらに人間という素晴らしさという訳の分からん説教を受けた俺は、膝の痛みを堪えながら自分の教室へと向かった。

 扉を開けると、クラスのみんなはそれぞれの席でランチタイムをとっていた。


「あ、遅かったね真中」


「………」


「こんにちはですよ、如月さん」


 そして、何故か俺の席の周りで柊達がそれぞれ昼食をとっていた。

 珍しい、いつもならみんな食堂なのに。


「おう」


「どうしたの?最近遅刻しなくなったと思ったら、遅刻しちゃって」


「……あぁ、ちょっと柊の所為で」


「私悪くありませんよね!?」


 だって、最近の日常が少しでも変わっちゃったら戸惑ってしまうじゃない?

 だから、柊という登校相手がいなくなったことにより、戸惑った俺は睡魔に負けて遅刻してしまったのだ。


 だから柊が悪い!

 ……いや、どう考えても俺が悪いな。


「……ちょっと」


「ん?」


 俺が責任転嫁したことに心の中で反省していると、不意に先程までずっと黙りこくっていた藤堂に話しかけられた。


 ……どうしてこいつは不機嫌なんだろうか?

 もしかして、あの日なのかね?


「今日、朝あの女が来たわ」


「あの女?」


 はて?あの女って誰のことだ?

 せめて固有名詞はちゃんと言って欲しい。


「そういえば、今日朝のホームルームが始まる前に、神無月さんが来たんだよ」


「か、神無月……!?」


 俺はその名前が出た瞬間、驚きのあまり1歩後ろに下がってしまう。


「そうそう、真中に会いに来たらしいよ」


 ……どうして、今ここで神無月がやって来た?

 というよりも、何故神無月は俺に会いに来たのか?


 しかし、俺は頭がパニック起こすと同時に、どこか嬉しいと思ってしまう。


 未だ好きなあの子が、俺に会いに来てくれた。

 どんな理由かは分からない。それでも、その事実があるだけで喜んでしまう俺がいる。


「じゃ、じゃあ今からでも何の用事か確かめに—————」


「待ちなさい!」


 藤堂の手が俺の腕を掴む。


「どうした、藤堂?」


「ダメよ」


「……何を言ってるんだお前は?」


「絶対に、あの女と関わっちゃダメだから」


 そう訴えている藤堂の顔は、どこか必死に見えた。


 一体、藤堂と神無月の間に何があったのか?

 今の藤堂は—————何故か怖い。


「お、おう……」


 俺は藤堂の気迫に押され、思わず頷いてしまう。

 すると、藤堂は掴んだ手を離し再び席へと戻った。












 俺がいない間に、初恋相手がやって来た。

 そして、何故か藤堂は俺が初恋相手と関わるのを嫌っている。




 うぅむ……分からん。


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