噂が消えてまた噂

 次の日。

 俺は今日も今日とて柊と登校した。

 隣に歩く可愛らしい聖女様を見て心がほんわか———ではなく、不安と僅かばかりの恐怖。


 何故なら、昨日起こった忌まわしき事件。

 校内中に『如月真中!あの聖女様と交際疑惑!?』という見出しの元、女子達からの興味の視線と、殺意の視線を向けられ、命がけの鬼ごっこをしたあの出来事。


 昨日、藤堂達が解決できたと言ってくれたものの、どうしても心に不安が残る。


 ……いや、大丈夫だ。


 多少、噂が残っているかもしれないが、昨日に比べたら大分マシになっているに違いない。

 そう信じ、俺は教室に入ると————




「俺、この視線は違うと思うんだ……」





 一人、嘆いていました。


「あはは……確かに、昨日とは違う視線だよね……」


 正面の席で我が親友が苦笑いをして周囲を見渡す。

 おかしなことに、昨日に比べて俺に突き刺さる視線の量ががあまり変わっていない。

 しかし、興味や嫉妬や殺意という視線ではなく、命の危険はないように感じる。

 ……感じるのだが————


「よう、如月。おはよう」


 すると、昨日俺の大切な命を追いかけまわしていた男子達が俺の元にやって来た。


「あ、あぁ……おはよう」


「昨日はごめんな」


「そうだ、俺達の勘違いにお前の命を危険にさらしてしまってさ……」


「俺達、友達だよな?」


「みんな……」


 どうやら、昨日の誤解はしっかり解けたようだ。

 その証拠に、男子達は口々に「ごめんな」と謝ってきている。

 俺達はやっぱり友達なんだ。一時の情報で友達を殺めてしまうなんてなんて愚かなんだ、そう己を悔いている友達を見て俺は感動————



 しなかった。



「な、なぁ……俺達、本当に友達だよな?」


「お願いだから友達って言ってくれないか?」


「じゃないと、俺今日はぐっすり眠れないよ」


 一見、言葉だけを見れば友情を確かめ合うような光景に見えるだろう。

 しかし、俺に友達と確認している男子達の顔は————必死だった。


 俺から一歩下がり、頬を引きつらせながら聞いてくる男子達。


 ……あぁ、分かるさ。お前たちがどうしてこんなことを聞いてくることかなんて。

 先ほどから周りの女子が昨日の興味の視線から打って変わり、侮蔑と嫌悪の視線を送っている理由くらい。


「……なぁ、如月?」


 そして、男子達は嘘であって欲しいと願いながら、必死に俺に聞いてくる。



「「「お前、ホモじゃないよな?」」」


「なわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 俺の否定の叫びが教室中に響き渡る。


「俺のこと狙ってないよな!?」


「俺の事好きじゃないよな!?友達だよな!?」


「頼むから、「そうです」って答えてくれ!」


「だからちゃうに決まっとるやないかい!?校内新聞のことはデマだから!真実じゃないから!」


 結局、俺がホモではないと男子達を説得するのに30分かかった。



 ♦♦♦



「おい、言い訳を聞こうじゃないかこのクソ野郎」


「言い訳も何も、解決したんだからいいじゃない」


 俺の目の前に正座をしている藤堂は、俺から顔を逸らし、そっぽを向く。

 その態度からは全く反省の色が見えない。

 ほんと、いっぺん殺してやろうかこのアマは?


 現在時間も過ぎ小休憩中。

 本当は朝のHR前に説教をしてやりたかったのだが、こいつがギリギリに登校してくるものだから、こうして小休憩でする羽目になった。


 何故、俺が説教しているのか?


「ね、ねぇ…真中?深雪も反省しているし、正座はやめてあげない?」


「うるさい。お前もそこに正座しろやボケ」


「ほんと、解決したんだから怒ることないじゃない。あなたの要望通り『聖女様と付き合っている』という噂は消えたんだから」


「確かに消えたさ、きれいさっぱり消えたよ。昨日の興味の視線やら嫉妬の視線も、今日は一度も味わっていない」


「だったら————」


「だったらもクソもあるかボケェ!?」


 俺は正座している藤堂と、横で立っている颯太に向かって思いっきり叫ぶ。



「何で俺がってことになってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」



 本日早朝に張り出された校内新聞。

 そこには、しっかりと聖女様と俺が付き合っていないという否定的な内容が載っていた。

 しかし、代わりに書かれていた内容は————


『一年の如月真中、聖女様ではなくなんと男好きのホモ!?』


「しょうがないじゃない、新聞部が代わりに「どういうものを書いたらいいのか?」って聞いてきたんだもの。パッと思いついたのがこれだったのよ」


「お前、だからと言ってホモにするか!?しかも、『実際に40人ほどの男子を食べた経験あり』って俺、肉食的すぎるだろ!」


「それは新聞部のでっちあげね。私はそこまで言ってないもの」


「……ほう?じゃあ、実際になんて言ったんだ?」


「男のボディービルダーに告白して襲ったことがあるくらいのホモって」


「ふざけんじゃねぇよボケェェェェェェェェェェェェッ!!!」


 再び教室に俺の叫びが響き渡る。


 余計にたちが悪いわ!?

 その内容からしたら、俺って男の筋肉が好きで、ボディービルダーに襲い掛かれるほどのガチなホモみたいに聞こえるだろ!?

 新聞部のデマ以上じゃねぇか!?


「あ、あの……如月さん…」


 俺が藤堂の発言に頭を悩ませていると、後ろで傍観していた柊がおずおずと俺を呼んだ。


「なんだ、柊?」


「如月さんって……男の人が好きなんですか?」


「違うって」


「で、でも…そういうのは良くないと思うんですっ!」


「だから違うって言うとろうに」


「べ、別に…人の好みにとやかく言うつもりはないのですが……」


「話聞けよ聖女様。全く会話のキャッチボールができてないぞ」


「お、女の子の方がいいと思うんです!」


「俺もそう思っとるわ!」


 どうしてこの子は頑なに話を聞こうとしないの!?

 そりゃ女の子の方がいいに決まってるさ!

 女の子の胸好きだし、お尻好きだし、太もも好きだし!

 断じて男の体が好きなわけじゃないよ!?ちゃんと、女の子が好きに決まってるじゃん!?


「……私、決めました!」


「……何を?」


 柊は一人胸に拳を作って何かを決意した。

 いや、そんな決意いらないから、俺の話を聞いてほしいんですけど。


「……え、えいっ」


「……ふぁっ!?」


 すると、柊はいきなり俺に抱き着いてきた。

 その行為が恥ずかしいのか、柊の顔は真っ赤に染まっていた。


「あ、あの……柊さん?あなたは一体何をしているので……?」


「私、如月さんにお、女の子の魅力を伝えて……そ、その……女の子を好きになってもらいます!」


 だから、俺は女の子が好きだっちゅうのに……。

 その証拠に……ほら。こんなにも胸がドキドキしているでしょ?

 だから……その……離れてくれませんかね?そろそろ、俺恥ずかしさやら興奮やらがいろいろ混ざってやばいんですけど……。


「ねぇ、深雪?まさか柊さんを焚きつけるために……?」


「さぁ?それはどうかしらね?」


「全く、深雪には敵わないよ……」





 結局、柊を説得するのに丸一日かかってしまった。

 そして、自分の行動を思い返した柊は顔を真っ赤にしてしばらく俺と話してくれなかったが……そこは、仕方ないだろう。



 あぁ……この噂、いつ消えるかなぁ……。

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