聖女様とデート(1)

 次の日。

 朝の日差しが眩しい早朝。

 土曜日ということもあってか、外からは朝にもかかわらず子供たちの活気にあふれる声が聞こえてくる。


 そんな穏やかな休日の朝に、俺は重たい瞼を必死に持ち上げながら、私服に着替えていた。


「ふぁぁ……」


 欠伸が自然と零れる。


 仕方ないのだ。

 基本休日は今まで朝の10時までは爆睡していたし、昨日はなんだかんだ漫画を読んでいたら就寝時間が遅れてしまったのだ。


 と言い訳しても意味がない。

 早く支度をしないと、柊が来てしまう。


 今日は柊と2人で買い物に行く約束をしている。

 始めは「あれ?これってデートじゃね?」と思っていたのだが、調理器具や食器類を買いに行くだけなので、デートではないと俺の中で結論付けた。

 だって、デートが調理器具の買い物だよ?デートっぽくないよね。


 少し厚手のパーカーを着ると、俺は柊が来るまでゆったり過ごすためにテレビをつける。


 うーん、朝はやっぱりニュースしかしてないよね。

 学生さんにはニュースよりもバラエティー番組かアニメの方が嬉しいのだけど……。


 ピーンポン。


「お、来たか」


 俺がテレビ番組に不満を抱えていると、不意にインターホンが鳴る。

 どうやら、柊が来たようだ。


 俺はテーブルに置いてある財布とスマホをポケットに入れると、玄関の扉を開けた。


「おはようございます、如月さん」


「おう、おはようさん」


 俺は軽い感じで挨拶を返す。

 そして、少しだけ視線を柊から逸らしながら、足さぐりで靴をはく。


「んじゃ、行きますかね聖女様」


「むぅ~!聖女様はやめて下さい!」


「ごめんごめん」


「いいですけど、ちゃんと名前で呼んでくださいね!」


 柊は俺からぷいっと視線を逸らして先を歩いた。

 朝、シャワーを浴びたからなのか、柊からほのかないい香りが俺の鼻をくすぐる。


 俺は少しドキッとしつつも、柊の後姿を追う。


(しかし、私服姿の柊ってどこか新鮮だよなぁ……)


 柊は暗いピンクのシャツに、グレーのニットパンツという少し大人びた格好をしていた。しかし、少しサイズの大きい白のとろみシャツのおかげか、その大人っぽい雰囲気に可愛らしさが重なって見える。


 そこまでファッションに詳しくないのだが、今日の柊はオシャレをしてとても可愛らしく感じた。

 その所為で、少しドキッとしてしまったが、そこはここだけの話。


「なぁ、柊さんや」


「何でしょうか?」


「今日の服装似合ってるな」


「ッ!?そ、そうですか……」


 すると、柊は肩をビクッと震わせて、顔を赤くし俯いてしまった。

 うぅむ……照れているのだろうか?

 何か、言われ慣れていると思っていたのだが……。


「あ、ありがとうございます……」


「おう、かなり似合っているし、その格好もすっげぇおしゃれだ」


「そ、それは……今日はデートですから」


 あれ?今日ってデートだったの?

 俺の中でデートじゃないって思いこんでいたのだが……どうやら違っていたようだ。


 っていうか、なんでそんな嬉し恥ずかしそうな表情してるのさ……そんな顔されたら、俺も意識してしまうじゃん。

 ……あぁ、顔が熱い。


「ほ、ほんと……隣を歩いている俺が恥ずかしく感じるな」


 俺は己の格好に視線を落とす。

 柄のない黒のパーカーに少し褪せているジーパン、白と黒のスニーカーという全くオシャレではない格好。


 ……今までファッションとかにさして興味もなかったのだが、柊の隣を歩くとなると恥ずかしく思えてくる。


 もちろん、元の素材の違いのこともあるのだが、ファッションに気を使っていない俺と、見るからにおしゃれさんの柊を見て周りから変な目で見られそうで怖い。


「そんなことありませんよ。かっこいいですよ如月さんは」


「はいはい、お世辞をありがとうな」


「お世辞なんかじゃないのですが……」


 柊の中では、俺の格好は何故かいいらしい。

 ……聖女様の美眼は人より少しずれていませんかね?


 これでかっこよかったら、俺今頃モテモテなのでは?


 ……しかし、柊を見て思ったのだが、やはりファッションは大事なのだろうか?

 今までそこまで意識していなかったのだが、もしかしたら今まで俺の格好は周りからはダサいと思われているかもな……。


 やばい、そう思い始めたら恥ずかしくなってきた……。

 今後、一人で外出するときはまだいいのだが、颯太や藤堂、柊と遊ぶ時にはこの格好は不味いのではなかろうか?


「なぁ、柊」


「どうしましたか?」


「もし、今日時間があったら服を買いに行ってもいいか?」


「いいですけど、春物があまりないのですか?」


「いや、自分のファッションセンスを磨きたいな……と思ってな」


「別に、今のままでも充分かっこいいと思いますけど……」


 ありがとう柊。

 その心遣いはとても嬉しいのだが、お世辞にしか聞こえないから、妙に心に突き刺さるだよ。


 俺が少し落ち込んでいると、柊が歩きながら恥ずかしそうに体をもじもじさせた。


「あ、あの……よろしければ、私が如月さんの服を選んでもいいでしょうか?」


「え?いいの?」


「は、はい!」


 それは願ったり叶ったりである。

 柊が選んでくれたら、女性目線の意見も聞けるし、こんなにオシャレをしている柊なら、きっといい服を選んでくれるに違いない。


「んじゃあ、お願いするわ。俺も柊に選んでもらった方が嬉しいし」


「お任せください!如月さんに似合うかっこいい服を選んでみせます!」


 そう言って、柊は胸に手を当てて気合を入れる。


 何故、そこまで気合を入れているのか分からないが、これなら心配もいらないだろう。

 今度、お礼に何か買ってあげないといけないなぁ……。


「やった、如月さんを私好みの服装にできます……っ!」


 柊が横で何やらブツブツと呟いて喜んでいたが、どうしたのだろうか?


 そのことを不思議に思いつつ、俺達は駅へと歩いていった。

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