この関係は、しばらく続きそうだ

「そういえばさ」


「何でしょう?」


 カツレツも完成し、サラダも準備したことで、早速俺たちは食事をとっていた。

 テーブル越しに向かい合うように、俺たちは座っている。


 柊はエプロンを綺麗に横に畳んで置いて、行儀よく正座でご飯を食べている。

 ……というか、今思うけど、何でエプロンは持っているんだろうね?

 まともな調理器具がないのに、エプロンあるっておかしくない?

 もしかして、カップ麺を作る時にでも使っているのだろうか?


「いやさ、柊も俺の家でご飯を食べるようになったからさ、お前の分の食器を用意した方がいいのかなーって」


「確かにそうですね。今使ってる茶碗も箸も、如月さんのものですし」


 柊は自分が持っている茶碗に視線を落とす。

 一応、柊には俺が使っていた箸と茶碗を使ってもらっている。

 あ、間接キスとか変なこと考えないでね?これしかなかったからだし、ちゃんと洗ってるから問題なし。


「柊の家に食器とかちゃんとあるのか?」


「いえ、私の家には食器類もありませんよ?」


「……箸も?」


「えぇ、箸は基本的に割り箸を使っていましたから」


「……ねぇ、それって女の子的にはどうなわけ?」


「うっ……!わ、分かっていますよ……」


 もう、ここまでくれば女の子として致命的なんじゃないだろうか?

 今時の一人暮らしの男の子でもそこはちゃんと揃えるよ?


「じゃあ、この機会に一通り揃えに行くか。どうせ調理器具も揃えに行かなくちゃいけないし」


「……あ、ありがとうございます」


 柊はしゅんと肩を落としながらご飯を頬張る。


 ……ほんと、柊ってスペックが偏っているよなぁ。

 そんなことを思いながら自分の部屋を見渡す。


 今までのゴミ屋敷みたいな面影はなく、清潔感溢れる部屋に。

 柊が俺の家に来てから部屋がどんどん綺麗になっていく……。


 ここまで綺麗にされたら、何故か「汚すのはやめよ」って思い始めてくるんだよなぁ。

 それで、いつもより綺麗にしようと心掛け始めている。

 ……しかし、相変わらず柊がいなくなったら部屋はどんどんゴミ屋敷になっていくのだが、それは追々精進していくとしよう。


「明後日って柊は予定あるか?」


「いえ、明後日は特に予定はありませんが……」


「もしよかったら、明後日買い物でも行くか?そこで一通り揃えようと思うのだが」


「私は大丈夫ですよ。むしろ、ありがとうございます」


「いいって、気にすんな」


 頭を下げる柊に、俺は気にしないでと手を振る。


「しかし、如月さんにはお世話になってばかりですね」


「俺こそ、柊にはお世話になってるよ」


 主に部屋の掃除だが。


「いえ、普通はここまで面倒みてくれませんよ」


「そう言っても、これはギブ&テイクに基づいた正当な取引なんだ。感謝される言われはないね」


「ふふっ、そうですか」


 そう言うと、柊は少しだけ上品に笑った。


 くそっ……なんか顔が熱い。

 俺の照れ隠しが見破られているようで、少し恥ずかしい。


 確かに、柊に感謝されるのは嬉しい。それに照れてしまってごまかそうとしたのも間違いではない。

 ……けど、面と向かって言われるのは……ちょっと…な?


 それに、感謝しているのは俺とて同じ。

 掃除を手伝ってくれているのもそうなのだが、こうして二人でご飯を食べるというのは嬉しく感じるものなのだ。

 今までは一人寂しくご飯を食べていた所為か、こうして二人で食べていると、どこか温かい気持ちになる。

 だからこそ、一緒に食べてくれている柊には俺も感謝しているのだ。


「けど、柊が料理が一人で作れるようになったら、この関係も終わりだけどな」


 俺は天井を仰ぎながら、そんなことを口にしてしまう。


 この関係は、あくまでギブ&テイクによって成り立っている。

 それが崩れた瞬間、この関係性はなくなってしまうだろう。


 学校では、友達としての関係は続くかもしれない。

 けど、こうしてご飯を食べるのは、終わってしまう。


 そのことを考えると、俺は何故か寂しく感じてしまう。


(寂しく感じるってことは、俺も案外この関係が気に入っているんだよなぁ……)


 まだ、柊と過ごして3日ほどしか経っていない。

 それなのに、この関係性が心地よいと思ってしまう俺って……どうなんだろうか?

 俺は、いつの間に柊と過ごす時間が楽しく感じ始めたのだろうか?


 うぅむ……自分でも、よく分からないな。


「あの…如月さん……?」


「なんだ?」


「私、如月さんが思っているほどぽんこつさんなのですよ?」


「知っているが?」


「フォロー無しですか!?」


 だって、ねぇ……?

 今更そんなことを暴露されても始めから分かっていたというか……カバーのしようがないくらい、柊ってぽんこつさんなんだもの。


「そうではなくて、私は如月さんが思っているほど要領がよくないですし、器用でもないですので、きっと料理を覚えるのにも時間がかかってしまうと思うのです」


「……」


「だ、だから…っ!如月さんにはご迷惑をかけてしまいますけど、もうしばらくはお世話になると思うのです!」


「そっか……」


 その言葉を聞いて、俺はどこか安心する。

 もうしばらくは、この関係性が続く。だから、まだこの心地よい時間が過ごせるんだと、どこかほっとしてしまった。


「それに、私が料理ができるようになったとしても、私はまた如月さんと一緒にこうしてご飯が食べたいと思います。これは、私の我儘かもしれませんが……」


「そんなことないさ」


 俺は柊の話を聞きながら、ご飯を頬張る。


「俺も、お前とまだこうして一緒にご飯を食べたいと思っているよ。一人で食べるより二人で食べるほうが美味しい。その相手が、柊だったら尚更な」


「そうですか……」


「それに、柊がいなくなったら、俺の部屋がまた汚くなってしまうからな」


「ふふっ、それならもうしばらくは私が如月さんの面倒をみなくてはいけませんね」


「それはこっちのセリフだ」


 そんなことを言い合い、俺達は再び夜ご飯を食べる。

 その間、お互いの間には静寂が訪れてしまったが、不思議と嫌な感覚ではなかった。


 それは、柊の言葉を聞いて安心したからなのか。

 しかし、間違いなく俺の気持ちは先ほどよりも晴れ晴れとした気分だった。



 もうしばらく、この関係が続きそうでよかった。


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