寝ている聖女様

 皆さんこんにちは、如月真中です。

 実は今、俺は大変困っています。


 時刻は21時。

 夏であるにもかかわらず、辺りはすっかり暗くなってしまい、窓を覗けば家の灯りがよく目立っている時間帯。

 そんな一日の終わりも近づいてきた現在、俺は大変困っています。


「……すぅ…すぅ……」


 サラリとした金髪を床に広げ、可愛らしい寝顔を俺に向ける美少女。

 俺はその姿を見て、必死に考えていた。


 ……そう、俺が困っていることというのは、この状況。


『柊が俺の部屋で寝ている』この現状である。


「さっきまでは起きてたんだけどなぁ……」


 夕飯を一緒に食べ、俺は勉強している柊の邪魔にならないよう先に風呂に入った。

 そして、戻ってくれば柊は机に顔を伏せるのでは無く、床に寝そべって寝息を立てている。


 ……男の部屋に女の子が寝てるって、どういう状況だよ?


 ひとつ屋根の下。

 そんな環境で、女の子が無防備な姿を晒している。


 しかも、柊は周囲が必ず頷く程の美少女さん。

 一般男性なら、秒で襲いかかっているに違いない。

 ま、まぁ……?俺は人ができてるし?そ、そんなこと絶対にしないんだけどね?


 と言いつつも、正直な話をすれば今すぐにでも盛りそうです。

 だってしょうがないじゃん。俺だって花も咲く思春期ボーイだぜ?

 そりゃ、可愛い子がいたら興奮するに決まってるさ!


 ……でも、今は必死に頑張ってます。理性を総動員してます。


 それに、手を出したら色々な意味で死ぬ。

 柊との今の関係が崩れてしまうって考えると、物凄く嫌だし、それを知った藤堂に物理的に殺されてしまう。


 だからこそ、この状況は色々と不味いのだ。

 俺の理性がどこまでもつか分からんからな……。


「……きさらぎしゃん」


「ッ!?」


 不意に聞こえた柊の寝言に、俺の心臓が跳ね上がる。

 幸せそうに、頬を緩めている寝顔の彼女から俺の名前が飛び出した。


「……俺は、柊の夢の中ではどうなってんのかねぇ」


 呼ばれたことに胸が高鳴った。

 でも、彼女の寝顔を見ているとーーーーなんだか落ち着いてしまう。


 子供っぽくて、礼儀正しくて、女の子としては欠点がいくつかあるかもしれないけどーーーー俺を支えてくれた女の子。

 不思議と、さっきまでの興奮は嘘のように静まってしまい、心地良さだけが残ってしまった。


「起こしてやるのも悪いしな……」


 こんな幸せそうな顔をして寝ている彼女を起こすとなると、かなり申し訳ないような気持ちになる。

 ……寝かせてやりたい。


 でも、ずっとフローリングの床の上で寝かせる訳にもいかない。

 本当は、このまま柊の部屋に連れていって寝かせてやるのがベストなんだけどなぁ……。


「鍵、持ってないし……」


 中に入れないのであれば意味が無い。

 ーーーーとなると、俺がとれる選択肢は二つ。


 一つ、俺のベットの上で寝かして、俺は床で寝る。

 二つ、この幸せそうに寝ている彼女を起こして、部屋へと帰らせる。


 ……うぅむ。

 実際は、後者の方が後々の問題も起こらず済ませそうにはあるんだが、肝心の『起こす』ことに俺は抵抗を覚えてしまっている。


 しかし、一つ目だと柊は一晩俺の家で泊まることになってしまう。

 今まで柊と夜一緒に過ごすことはあったが、一晩こすのはいかがなものだろうか?


 ……柊も、流石に俺の家で泊まるのも嫌だろうしな。


「……すきでしゅ」


「……」


 夢の中の彼女は、一体何をしているのだろうか?

 俺の名前を呼んでみたり、好きだと言ってみたり……もしかして、俺のこと好きなの?


「……ははっ、まさかな」


 俺は軽く柊のほっぺをつつきながら、己の自惚れさに苦笑する。


 柊みたいな、可愛くて、優しくて、魅力的な女の子が俺の事を好きになるわけなんてない。

 俺はかっこよくもなくて、女々しくて、人に支えられてばかりの男だから……。


「でも、だったら何で柊はこんなにも無防備なんだ……?」


 俺は柊の頬をつつきながら不思議に思う。


 普通、男の前だったら多少なりとも警戒するのではないだろうか?

 それが、今の彼女からは何も感じない。清々しいほどに無防備だ。


「それって、俺の事を信用しているからなのか……?」


 聞こえていないと分かっていても、俺は彼女に尋ねてしまう。


 過ごした時間は颯太達に比べると、まだまだ短い。

 それでも、俺達は互いに色んなことがありつつも、濃い時間を過ごしてきたと思っている。


 その中で、彼女が俺の事を信用しているというのであればーーーー


「……嬉しいな」


 俺を支えてくれたこの少女に信用されている。

 始めは気に食わなかった存在であった彼女だが、今はこうして気を許し、それを彼女も感じてくれた。

 それは、今の俺にとってこれ以上とない嬉しさだった。


「って考えている時点で、俺は柊のことーーーー」


 俺は柊の体を揺らさないように優しく抱えると、俺のベットにゆっくりと寝かせた。


 ……明日、柊には謝っておこう。

 起こしてやらなくて、勝手に俺のベットで寝かせてしまったんだからな。


 でも、もう少しだけこの寝顔を見ていたい。

 ……幸せそうに寝ている彼女は、とても可愛いと思ったから。



「ほんと、魅力的な女の子だよ……柊は」



 俺は柊の頭を撫でると、そんな呟きを残して、明日の朝食の準備をする為キッチンへと向かった。






























『ほんと、魅力的な女の子だよ……柊は』


(……ふぇ!?)


 い、今!如月さんはなんて言いました!?


 と、途中……頬をつつかれた時から目が覚めたのですが……起きるに起きられなくて、そしたらこれですよ!?

 抱えられたと思ったら、頭を撫でられて……み、魅力的な女の子って……っ!?


(あぁぁっ! これでは余計に起きられないではないですか!?)


 そんなことを頭の中で愚痴っていましたが、正直ーーーーそれ以上に嬉しさが勝っていました。

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