加わった日常
初恋にケリをつけてから一週間が経った。
6月も末。夏到来まで後少しのところまで来てしまった。
初夏がちらほらと感じ始め、我が学校では夏服への衣替えが始まるこの時期。
夏服。
なんて素晴らしい響きなんだろう。
薄い生地からは下着のシルエットが薄っすらと見え、袖から覗く白く光る二の腕は男子の欲望を刺激する。
男子達はその姿を見て、きっと興奮間違いなしだろう。
俺も、実は、興奮、してます。はい。
そんな夏の暑さと欲望くすぐるこの頃。
俺達の日常は至って平和そのものだった。
たわいのない会話。時に罵倒されたり、時に殴られたり、時に気絶させられたり————ん?平和じゃなくね?
まぁ、そんなことは置いておいて。
初恋と言うしこりが消え去った俺はみんなに支えられ、こうしていつも以上に清々しい日常を送っていた。
「ねぇ、如月くん?一緒にお昼たべよ♪」
黒髪をなびかせて、愛嬌抜群の笑みで話しかける一人の少女。
最近では慣れてしまったこの言葉に、俺はもう驚かないぞ。
「おう、いい————」
「如月さん!私も一緒に食べていいですか!?」
そう言って、荒々しく息を上げて、お淑やかと可愛らしい雰囲気を纏った金髪美少女が俺の作った弁当を片手にやって来る。
……このやりとりも、もう慣れちゃったなぁ。
「あ、柊さん!やっほ~!」
「こんにちはです、神無月さん」
神無月は柊に気付くと、片手をひらひらと振って、朝の挨拶。
柊も、笑みを崩すことなく挨拶を返した。
……美少女が二人も俺の目の前にいるんですけど?
毎回思うけど、この光景が他の男子に見られたら、俺殺されるんじゃね?
「……あんた、また来たの?」
「ははっ、相変わらず真中の周りは賑やかだねぇ」
すると、美男美女カップルが仲良さげにやって来る。
どうやら、今日は二人とも弁当のようだ。
現在お昼休憩中。
生徒は一斉に腹を満たすべく、ご飯にありついていた。
購買に行く生徒、食堂に行く生徒、弁当片手にお気に入りポジションに行く生徒。そんなこの時間のこの教室には仲良さげに机をくっつけて弁当を食べている生徒が集まっている。
それは、俺達とて例外ではない。
最近ではすっかり定着したこの5人が、今日も今日とて俺の周りに集まっていた。
「あ……っ、ダメ、だったかな……?」
藤堂の発言に気まずそうに一歩引く神無月。
それを見て、藤堂は呆れ交じりのため息を吐いた。
「別にいいわよ……最近いつも一緒にいるじゃない」
「あ、ありがとっ!」
許可を貰うと、神無月は花が咲くような笑みを浮かべた。
「ははっ、すっかり神無月さんも馴染んできたよね」
「ほんとにな」
ここ1週間、神無月はよく俺達と一緒にいるようになった。
それは、神無月自身が変ったからなのか、単に俺達と仲良くなりたいと思ったからかは分からない。
この平和な日常は、最近変化が起こり始めた。
その原因はもちろん神無月だろう。
己達が前に進むと決めた次の日。
神無月は自分を変え始めた。
今まで弄んできた男子達一人一人に謝った。ありのまま、包み隠さず己の気持ちをすべて伝え、許してもらうのではなく————ひたすらに謝った。
もちろん、男子達は激怒した。己の気持ちを弄びやがって、ふざけんな————そんな言葉を浴びせられたそうだ。
暴力こそ振るわれなかったものの、神無月はそれをすべて受け止めた。
自業自得―———とはいえ、神無月は酷く落ち込んだ。
自分のしてきたからこそ、受け止めなくてはならない。
それでも、全て受け止めるのは辛いものがある。
だから、彼女は泣いた。
襲われそうになった時ですら泣かなかったのに、向き合い、受け止めたからこそ————泣いてしまった。
「……如月くん、昨日はありがとね」
神無月はみんなから少しだけ離れ、俺に小さな声で耳打ちしてくる。
「気にするな。出迎えてやるって言ったしな」
「……それでも、だよ」
昨日、俺は神無月に呼びだされた。
何用か?と思って、屋上へやって来たのだが……彼女は泣いていたのだ。
何をしたか————なんてことは言わなくていいだろう。
流石に、それを言うのは野暮だと思うから。
そんなこんなで、神無月は己の罪に向き合い、今では愛想良く振舞っているものの、男遊びなんてすることなく、優しい少女変わっていった。
それが、こうして今の日常に変化を与える。
始めは颯太も、柊も怪訝そうな顔をしていた。
藤堂なんか「何であんたが来るのよ? 帰りなさい」と撥ね退けた態度をとっていたのだが、神無月がしっかり向き合っていることを見たのか、今ではこうして受け入れている。
……まぁ、ぞんざいな態度は変わりないのだが。
「んじゃ、早く食べるか。休憩が終わってしまうからな」
「はーい!」
「深雪、ここに座りなよ」
「ありがと、颯太♪」
「如月さん、隣に座ってもいいですか?」
でも俺自身、この変化は悪くないと思っている。
前に進んで自分から向き合った奴を、拒んだりしない。
すごいことだ。並大抵の心構えではできない。
だからこそ、神無月は素直にすごいと思う。
確かに、俺達の間にはいろいろあったが、こうして俺の日常に加わってくることは、素直に嬉しく感じる。頑張った奴を拒む理由がないから。
……それに、神無月が加わってから、いつもより楽しく感じるしな。
「私も、如月くんの隣にすーわろっ♪」
「ち、近くありませんか!?神無月さん!?」
俺の隣で、何故か二人が盛り上がっている。
盛り上がっていると言っても、必死に柊が神無月の座る席を遠ざけようとしているだけなのだが。
……このやりとりも、もう毎日見てるんだけどなぁ。
そんなことを思いながら、俺は弁当袋の紐をほどいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます