真面目な──

ファンタジア文庫様より、書籍8/20発売予定です!!!

書影は、ホームページ及び近況ノートにて公開しております!!


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「あぁ、君達ここにいたのか」


 大玉を倉庫に運び終わった後、俺達の背後からそんな声が聞こえた。

 振り向いてみると、そこには始まってもないにもかかわらず頭に鉢巻を巻いて気合いを入れている軍姫様がいた。


「軍姫様が間近に……ッ!」


 そして、隣では先輩の登場によって感極まる男が一人。

 ……お前、彼女いるんじゃなかったの?


「どうかしたんですか、先輩?」


「あぁ、ちょっと如月くんに手伝───」


「さらばっ!」


 如月めんどくさい予感センサーが反応すると、体が勝手に倉庫から飛び出そうとした。

 しかし───


「待て、どこに行く?」


「ぐぇっ」


 先生が、そんな勝手に動いてしまった俺の首をがっちりと掴む。

 酷い、普通止めるのであれば腕を掴むはずなのに首根っこだなんて。


「人体に影響が出たらどうするんですか!?」


「すまない、とっさに手を伸ばしたら君の首を掴んでしまっていたんだ」


 まるで自分の意思ではないとでも言わんばかりに軽く謝る先輩。

 この人はもう少し人を労るということを覚えてほしい。

 これから公務員になるんでしょ?


「んで、俺になんの用っすか?」


 首根っこを離してもらい、若干の咳払いをして先輩に尋ねる。


「だから手伝ってほしいと言っただろう?」


「何を手伝ってほしいか聞いてるんっすよ」


「如月くん! 軍姫様になんていう言葉遣いなんだ! 改めろ! せっかくのご尊顔だよ!?」


 外野が凄くうるさい。


「君には明日の選手宣誓に付き合ってほしいんだ」


 選手宣誓……とは、あれだろうか? 体育祭が始まる時に先生の前で何か言うやつだっけ?

 それを手伝うってことは、緊張しないように俺が先生役をやれというのだろうか?


 ……まぁ、それぐらいだったら面倒くさくなさそうだし、手伝うのもいいかもしれない。

 というより、拒否権って基本的になさそうだし。


「それぐらいならいいっすよ」


「助かる。中々覚えられなくて困ってたんだ」


「暗記すらしてねぇのかよ」


 前段階すぎるだろうこんちくしょうめ。


「恥ずかしい話、私は暗記が苦手でな……」


「よく公務員試験受かりましたね」


「三年間、必死に勉強し続けたからな」


 セリフだけ切り取ったら生徒の鏡だろうなぁ。

 まさに成績優秀優等生である。


(まぁ、人には得意不得意あるわけだし……)


 かくいう柊も、勉強とか運動とかてんでダメだからなぁ。

 でも、努力しようとしている人間は好きだ。嫌いじゃない。


 ……先輩も、努力している側の人間だろう。

 そう思ってしまえば───


「はぁ……いいですよ。手伝いましょう」


「如月くん! そこは手伝わせてくださいだよね!?」


 ……ほんと、外野がうるさい。

 他のところに行って手伝ってこいやボケ。


「ふむ、助かるよ。では、早速行こうじゃないか」


 そう言って、先輩はおもむろに俺の手を引いて歩き出していく。

 俺は連れていかれるまま、先輩の後ろを歩いた。

 新垣のことが少しだけ心配になり、振り返る。


 すると、新垣は涙を流しながら敬礼のポーズで俺を見送っていた。心配して損した。


 ……今度、あいつの彼女の名前を調べておこう。

 そして、こいつの妄信っぷりをチクってやろう。


「っていうより、どこに行くんです? 先輩の教室ですか?」


「君が一人で三年生の集まる教室にいることが嫌でなければそうしよう」


「それはご遠慮願いたいですね」


 三年生しかいない教室で一人とか、場違いすぎて肩身が狭くなってしまう。

 流石にそれは不屈の精神を持つ如月くんでもきついものがある。


「とりあえずは柊くんのところに向かおうと思っている」


「それまたどうしてですか?」


「彼女が選手宣誓を書いてくれたからね」


 もはや自分ですら書いていないという。


「勘違いしてくれるなよ? 柊くんが「自分に書かせてください!」とお願いしてきたから柊くんに任せているんだ」


「あ、そうなんっすね」


 びっくりした。全然仕事してねぇじゃんこいつって失礼なことを考えてしまった。


 それにしても────


「どうして柊は自分で志願したんでしょうね?」


 自分の仕事でもない。

 ただ面倒でしかない仕事を引き受ける理由が見当たらない。

 というより、引き受けたところで柊には一切メリットがないのだ。


「分からないかね、如月くん」


「……何がっすか?」


「彼女が志願した理由だよ」


 スタスタと先輩は俺の顔を見ることなく先を歩く。

 しかし、その顔は何故か笑っているような感じがした。


「自分は運動ができない。体育祭で貢献どころか迷惑をかけてしまうかもしれない。ならばせめて、自分ができるところは頑張りたい、貢献したい……そう、思っていての志願だと私は思っている」


「……」


「実に素晴らしいじゃないか。自分の短所のために長所で貢献する。誰も後ろ指を指さないはずなのに、己の中でそう思っている。私は、一人の人間として彼女を尊敬するよ」


 柊がそんなことを……。

 運動ができないところはしっかりと練習という努力で埋めようと頑張っていたのに、それでも貢献したい……頑張りたいって思っているなんて。


 ……その行動は、少し眩しく思ってしまう。

 それと同時に────


「……あとで褒めておかなきゃですね」


「そうだな。存分に褒めてあげるといい」


 彼女という存在がどれだけ優しく真っ直ぐで真面目な女の子かを、俺は知っている。


 ……でも、それでもどこか嬉しくて、誇らしくて。


 ────思わず、笑みが浮かんでしまった。


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