体育祭前日

ファンタジア文庫様より、書籍8/20発売予定です!!!

書影は、ホームページ及び近況ノートにて公開しております!!


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「今日も推しが尊い……」


 開口一番、何故かそんなセリフから始まった。


「お前……別に口にするのはいいが───」


「いいが?」


「気持ち悪いぞ?」


「歯に衣着せぬ言葉ありがとうございます!」


 体育祭まで残すところあと一日。

 暑さが滲み出てしまったグラウンドは、野球部のむさ苦しいかけ声と相まって余計に暑く感じてしまう。


 体育祭まであと一日ともなれば、実行委員は大忙し。

 体育祭準備のためのライン引き、プラカードの作成、競技道具の運搬など───普段グラウンドが使用できないために溜まっていた仕事が一気に押し寄せてくる。


 大会間近な野球部を除いて、運動部が手伝ってくれているものの、皆てんやわんやだ。


 そんな中、赤色の大玉転がしながら変なことを言い始めた新垣を見る。


「いや、でも見てよ如月くん。推しが体操服だよ?」


 新垣がグラウンドの端を指差す。

 そこには、小物を運びながら談笑している柊と神無月の姿があった。

 埃を被っている道具は汚れてしまう可能性があり、手伝っている生徒は皆体操服に着替えている。


 それは柊と神無月も例外ではなく、きっと新垣はそんな彼女達を見ていて口走ったのだろう。


「体操服なんて、体育の授業で見られるだろ? ほら、神無月とは同じクラスなんだし」


「いやいや、女子と男子の体育って別じゃないっすか。拝めること自体貴重なんっすよ。あ、お布施払いに行かないと」


 何かの宗教だろうか?

 ……いや、女神様って言われてるしあながち間違ってはいないのか?


「久しぶりにお前の信仰っぷりを見たけど、ちょいと引くわ」


「結構辛辣なことを言うんだね、如月くんって」


「素直が取り柄だと地元では評判だった」


「社会に出たら通用しないお褒めの言葉だよね」


 社会に出たことのない若造が偉そうに……ッ!


「まぁ、こうして推しを拝めるから、めんどくさい実行委員になった甲斐はあるよね」


「そのセリフ、女子の前で発言したら引かれそうだな」


「流石に引かれるのは嫌だけど……僕は推しとに引かれなかったらそれでいいかな」


 ピクリ、と。思わず眉が動く。


「……今、なんと?」


「ん? いや、推しとに引かれなかったらそれでいいかなーって」


「……ほほう?」


 禁句が……禁句が聞こえた気がするぞ。

 颯太達みたいな砂糖製造機が生まれる兆候が! すぐ側から! 聞こえた気がするぞ!


 ……これは世に蔓延る悩める男共のためにも早急に始末しておかなくては。

 決して羨ましいという私情ではない。そうではない。そうではないのだ───


「チェェェェェストォォォォォォォォッ!!!」


「うわっ! あっぶな!?」


 思いっきり放った赤玉を、間一髪のところで避ける新垣。

 避けるとはふてぇ野郎だ……。


「い、いきなり何するの!?」


「世の悩める男共に変わって虐殺を……!」


「血走った目で凄いことを言い始めたよこの人!?」


 黙れぃ! 彼女がいる時点で、他人を不幸にさせる! それが罪と呼ばずしてなんと呼ぶ!?


「憎きリア充に鉄槌を……!」


「客観的に見たら如月くんも十分リア充だと思うけどね!?」


「とりあえず、その金属バットを下ろして! ね?」という発言が聞こえるが、頭でも打ったのだろうか?

 俺はさっきまで大玉を運んでいただけだし、金属バットなど持っているはずもない。


 何故か、そこら辺に金属バットは落ちていた気はするが。


「悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散────」


 その時────


「如月くん……金属バットなんか持って何してるの?」


「物凄い顔になってますよ、如月さん?」


 不意に背後からそんな声が聞こえてきた。

 受刑者あらがきから視線を逸らし背後を向くと、そこには不思議そうに首を傾げている神無月と柊の姿があった。


「あぁ……気にしないでくれ。ちょっくら新垣を処刑しようと────」


「しちゃダメだからね!?」


 なんと、寛大なお言葉なのだろうか。

 目の前に憎き相手がいるのにもかかわらず、処罰をしないでほしいだなんて……流石は女神様と呼ばれる女の子だ。


「如月さん、皆さんが見ているので、その金属バットはぽいっ、してください」


「おう」


 柊に促され、とりあえずいつの間にか握っていた金属バットを放り投げる。


「それで、柊達は何の用だ?」


「いえ、委員長さんから「早く大玉を運ばせてくれ」ってお願いされたものでして……」


 そういえば、今は運んでいる最中だったな。

 衝撃的な事実を突きつけられて、すっかり失念してしまった。


「わざわざありがとうな────おいコラ、行くぞ新垣。もたもたすんな」


「えっ、僕が悪い感じなの、コレ?」


 彼女がいるお前が悪い────まぁ、お前の言いたいことも分かる。

 だから、金属バットだけはやめておこう。


「ありがとうな、二人共」


「ううん、気にしないで!」


「頑張ってください!」


 二人の声を受け、俺は新垣の背中と大玉を押して目的地である倉庫に向かう。

 ……その前に、一応。


「二人も、無理するなよ」


「「……」」


 これぐらいは、言っておこう。

 そして────


「うんっ!」


「はいっ!」


 二人は、笑顔と一緒に返事をくれた。

 ……分かってはいたけど、笑顔を向けられるだけで顔が赤くなってしまう。


「如月くん、顔赤いよ?」


「うっせ」


 少しムカついたので、とりあえず新垣の尻を蹴っておいた。

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