実行委員会

 多目的室に各クラスの実行委員が集まり、会議は委員長の号令の下に進められた。

 話を聞く限り、1年組にはそんな大してやることはないらしい。


 赤組白組、種目に参加する面子を決めて、それに応じた練習を促す。

 応援団に参加する生徒は強制なので、選ぶ必要はない。やるとしたら全学年で行われる応援団の応援スケジュールをパイプ役として進めることぐらいだ。


 後は体育祭準備。

 どっちかというとこっちの方が面倒くさい。


(まぁ、何とかなるだろ……)


 いまいち気乗りがしないまま、配られたプリントを眺める。

 頬杖をつかないだけでも褒めてほしいぐらいだ。


『とりあえず、種目決めは明日明後日にでも実行してほしい。タイトにはなるが、その分他の時間に使った方が効果的だろう』


 委員長中心の委員会は進んでいく。

 こういう話は右から左にスルーでよし。要点さえ押さえていれば大して実のない話に過ぎないのだから(※経験則)。


「如月さん如月さん」


 ちょんちょん、と。隣に座る柊が小声で話しかけてくる。


「どうした、柊?」


「委員長さん、とっても美人な方ですねっ」


 いきなり話しかけてきたかと思えば、急に何の話なのかね?

 そう思いつつも、俺は気になって視線を一人話す委員長の方に動かす。


 艶やかな黒髪。鋭い瞳と整った顔立ちがどこか凛々しく感じる女の子。

 鋭い目付きにもかかわらず藤堂のような雰囲気を感じないのは、背筋を伸ばし模範であろうときっちりとした所作で座っているからかもしれない。


 美しい。柊と神無月とは違う魅力。

 確かに、綺麗で美人ではあるが────


「お前の方が可愛いよ」


「そ、そうですか……」


 頬を染め、縮こまって照れる柊。

 ……まぁ、美しく可憐であろうとも結局は一緒にいたい奴が好みなんだ。

 惹かれる惹かれないの話で進めるのであれば、柊という少女がいる限り惹かれはしない。


(……ご高説垂れているのはいいが、何様だよって話だな)


 自分の傲慢さには泣けてくる。

 それでも、取り繕うことのできぬ本心なのだから仕方ない。


 照れる柊から視線を外し、チラリと委員長に視線を写す。

 すると────


「…………」


(……あ?)


 不意に、その見据えるような彼女の双眸と目が合ってしまった。

 外されることもなく、数秒程度の沈黙が流れる。


 そして、委員長は何を言うこともなく元の話へと戻っていった。


(触らぬ神に祟りなし……それでいこうか)


 彼女とかかわったところでいいことなど何一つもなさそうだ。

 委員長だもん、そんな感じがする。


 だからこそ、俺は知らんぷりを決めようとそのままプリントへと視線を落とした。


 ♦♦♦


「終わったー!」


 それからしばらくして。

 多目的室から出ていく生徒がちらほらと現れている中、少し席の離れた場所で背伸びをしながら体をほぐす神無月の声が響いた。

 その際に生じた強調という二文字が……どうにも鼻の下を伸ばさせる。何が、とは言わないけど。


「お疲れ様でした、如月さん」


 隣で、メモを纏め終えた柊が労ってくる。


「お疲れ、柊。といっても、何もしてないし基本聞き流してたけどな」


「そうは言いますけど、ずっとプリントを見てましたよね? 真剣に考えていた証拠です!」


 柊のキラキラとした碧眼が向けられる。

 ……言えない、話を聞くのが億劫だからプリントを見る振りをしてぼーっとしてましたなんて言えない。


「とりあえず、明日ぐらいに種目とか諸々決めた方がよさそうだな」


「早いにこしたことはありませんからね。それで問題ないと思います」


「先生に言って、どっかで時間もらうか」


「そうしましょう。朝のホームルームとかでいいですかね?」


「数Ⅰの授業でお願いしといてくれ」


「そ、それは流石に難しいかと……」


 えー、数Iがいいー。課題やってきてないからそれがいいー。

 げふん! すこぶる気が乗らないが……まぁ、無理なら仕方ないだろう。

 内申点が稼げると信じて進路という脅迫材料を握っている教師の人形をやってやろうじゃないか。


「おっつかれ〜♪」


 疲れをほぐしていた神無月が現れる。

 神無月を見ていると……その……あの時みたたわわの名前を、まだ僕達は知らないってタイトルが浮かび上がってくるんだ。おかしいね?


「神無月さん、お疲れ様です」


「うんうん、お疲れ〜! 如月くんもおつ〜」


「おう」


 無邪気、元気。それを体現している彼女がいると、どこか疲れが消えていくような……そんな気がする。


「へいへい、如月くん〜」


 神無月を見て癒されていると、不意に柔らかくもなくがっしりともしていない腕が肩に乗っかった。

 視線を上げると、キラリと眼鏡を光らせた新垣が笑みを浮かべていた。


「お前、本当に馴れ馴れしくなったな」


「気にしない気にしない! 僕達は熱く語り合った仲だからねっ!」


 よし、それなら許そう。


「それにしても……まさか軍姫が委員長をやってるなんて! 僕は本当についているよ!」


「軍姫……? あの委員長ってそんな名前で呼ばれてんの?」


 初めて聞く通り名だな。

 色々な通り名は聞いたことあるが……その厨二っぽい通り名は初めて聞いたぞ。


 戦乙女、聖女様、女神様────そして、ついに軍姫。

 この学校の男子がどうせ名付けたんだろうが……いよいよ戦争でも起こそうというのか?


「やっぱり、あの人が軍姫さんだったんだね! 私、初めて見たかも!」


「神無月は知ってんの?」


「うん、わりかし有名だからね〜…………最近、女神様って名前もよく聞いちゃうけど」


 そうか……有名だったのか。知らんかったというのは、俺の世間知らずなのだろうか?

 どういう経緯で聞いたことがあるのかは分からんが、とりあえずその時に女神様という単語も聞くのは理解できた。

 そして、嫌がっているということも。


「凛々しく、そして大抵の行事では皆を引っ張っていくカリスマとリーダーシップ! それはさながら軍人を率いる上官! 武士で言うと武将! その美貌も相まって、軍姫と呼ばれるようになったんだ!」


「へぇ……」


 そう言われたら、今日の委員会を進めていく彼女の雰囲気にピッタリなように聞こえてくる。

 博識だなぁ……もしかして、君ってそういうのを追ったりする趣味があったりする?


「……どうして、皆さんそういうの名前をつけたがるんでしょう」


「……本当にね」


 渋ったような顔を見せる柊と神無月。

 仕方ない、この学園の風習なのだから。


「まぁ、それぐらいお前らが注目されるかわい子ちゃんってことだろ? とりあえず、自信を持ったら────」


 そう励まそうとすると、不意に己の言葉が途切れてしまう。

 何故か? それは、俺の机の上にできた小さな影が物語っているんだと思う。


「……君が、如月真中かな?」


 開いていた口を閉じ、急に現れた声のする頭上へと視線を上げる。

 そこには────


「少し、君に用がある。着いてきたまえ」


 堂々たる姿で、俺を見下ろす……軍姫の姿があった。

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