聖女様が落ち込んでいるみたいです

「いやぁ~、何とかなってよかったな~」


「そうですね……」


 俺達は薄暗い道路を一緒に歩いている。

 辺りには帰っている生徒はほとんどおらず、近くを歩いているのはサラリーマンだけしかいなかった。


 結局、俺は神無月と教室で久しぶりの談笑を続け、しばらくして無事に解決したらしく、が俺を呼びに来てくれた。

 そして、その後に続いて颯太とも教室へと現れた。


 俺は解決したと報告を受けた時は本当に安心したよ。

 ……やっと明日には解決するんだぜ?

 すぐにとはいかないものの、今日のよりかは噂もだいぶマシになるだろう。


 しかし、呼びに来た藤堂が教室に入ってきた瞬間、すごく不機嫌になっていたのだが……どうしたのだろうか?


 それに—————


「今日の夜飯どうする柊?」


「そうですね……」


 柊があれからずっとこの調子なのだ。


 心ここにあらず、っていう感じなのか、隣を歩く柊はどこかぼーっとしている。

 先ほどから話しかけても、ずっとこの調子。

 辺りは暗くなってきているというのに、怯えている様子もない……うぅむ、これは異常だ。


「月が綺麗だね」


「そうですね……」


 oh……俺の冗談の告白にも同じ反応とは……お兄さんちょっと心が傷ついちゃうぞ☆


「今日は俺の部屋来るのか?」


「そうですね……」


「今日は家に食べるものあるのか?」


「そうですね……」


「俺、今キスしたい気分なんだけど————していい?」


「そうですね……」


「それじゃあ……失礼して」


 俺はぼーっとしている柊の顔に自分の顔を近づけて———


「……ふぇっ!?な、何をしているのですか!?」


 すると、柊は俺の顔が近づいてきたことに驚きの声をあげた。

 どうやら、やっと現実に戻ってきてくれたらしい。


「いや、柊がキスしてもいいって言うから……」


「言ってませんよ!?」


 くそぅ……さっきの会話を録音して聞かせてやりたいぜ。


「まぁ、俺も冗談だったんだが————どうしたんださっきから?」


「どうした、とは?」


「いや、さっきからずーっと呆けているだろ?何かあったのか?」


「———あっ!」


 そのことに気が付いたのか、柊は少しだけ声を漏らす。

 それにしても……気が付かなかったのか?


 さっきから俺が何回話しかけたと思っているんだよ?

 俺、一人で話しているみたいで恥ずかしかったんだけど?


「い、いえ……何かあった…というわけではないのですが…」


「ん?歯切れが悪いな?」


「自分でもよく分からないんです……どうしてこのような気持ちになったのか」


 そう言って、柊は己の胸を押さえる。


「胸が急に苦しくなって、泣きたくなるほど悲しくなって……そのことが頭から離れなくなってしまって……」


 ……彼女は何の話をしているのだろうか?

 彼女は何かに悩んでいるのだろうが、肝心なところは伏せている。

 きっと、あまり言いたくない事なのだろう。


 隣にいる柊を横目で見る。

 少しだけ苦しそうで、落ち込んでいるように感じる。


 だから、俺は思わず彼女の頭を優しく撫でた。


「ふぇ?」


「すまんな、お前が落ち込んでいる時に俺はこれくらいしかできないから」


 話したくないことは話さなくてもいい。

 俺もそこまで踏み込んでやるつもりはない。


 けど、落ち込んでいる時に、励ましてやりたいとは思う。

 だから、俺は出来るだけ優しく声をかける。


「……これは俺の持論なんだが、人は悩んでいる時にその悩みを解決させる方法は大きく分けて二つあると思っている」


「二つ、ですか?」


「あぁ、一つは自分自身が行動して解決させる方法と、もう一つは他人を頼って解決する方法だ。けど、前者だと時間もかかるし、選択肢が少ない。だから、解決できたとしても自分が望む解決ができるとは限らない」


 俺の話を柊はじっと聞いてくれる。


「けど、後者の場合は前者とは違い、早く解決するし、選択肢も増える。だが、他人を頼るっていうことは自分をさらけ出さなくてはいけないということだ。何に悩んでいて、どんな気持ちで、どうなりたいか———それを相手に伝えなくてはいけない」


 自分の気持ちを伝えるのは抵抗があるかもしれない。


 人は誰しも臆病だ。

 臆病だからこそ、一人で抱え込みがちになるし、潰れていきやすくなる。

 けど、それでも自分を伝えないと、前に進むことは難しい。


「柊が何に悩んでいるのかは分からないが、それは一人で悩むことなのか?相談する相手がいなくて、誰にも話したくないならそれでもいいさ。絶対に頼れ、なんてことは綺麗ごとで、誰しも言いたくないとこの一つや二つはあるんだから」


「……」


 俺は柊の頭を撫で続ける。

 少し、気のせいかもしれないが若干顔が赤くなっている気がする。


「けど、誰かに頼ることや相談することによって、いい方向に進むのは間違いない。俺の持論だから何の保証もないが————颯太や藤堂なんかはしっかり話を聞いてくれると思うぞ?勿論、俺も相談に乗るさ」


 俺はひとしきり言い終わると、柊の頭から手を離す。

 すると、少し顔が赤い柊は俺の方を向いた。


「……どうして、励ましてくれるのですか?」


「そんなの、お前が落ち込んでいる姿はあまり見たくないからに決まってるだろ?特に深い理由はねぇよ……」


「そ、そうですか……」


 すると、柊は先ほどよりも顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。


「……如月さんを見て悩んでいたのですけどね」


「ん?何か言ったか?」


「何でもありませんよ」


「……そうか」


 何もないならいいのだが……柊は最近独り言が多い気がするな?

 大丈夫?どこか打ってないよね?


 俺が少し心配していると、柊は俺の袖をくいっ、と引っ張ってきた。


「心配してくれてありがとうございます。もし、一人で解決できそうになければ相談させてもらいますね」


「……おう」


 そう言って、柊は先ほどの落ち込んだ様子がなくなり、優しく笑ってくれた。


 ————どうやら、少しは元気になってくれたみたいだ。

 我ながら、少しキザなセリフを吐いたかな?と心配になっていたのだが、元気になってくれたならよしとしよう。




 俺はそのことに安心すると、再びアパートに向かって歩いていった。

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