期日を決めろ

「————ふむ、なるほどね」


 プリントを何枚も、何枚も印刷しているからか、絶え間ない紙が擦れる音と機械の動作音が室内に響き渡る。

 そこで、一人椅子に腰を下ろしながら先輩が小さく頷いていた。


「悩んで悩んで、出した結果が『二人の女の子を好きになった』ということ。それでいて、いつかは選ばないといけないからと、選択に困っている……君も存外面白い青春をしているじゃないか」


「からかわないでくださいよ」


 お節介という名目で相談が始まった俺達。

 まず最初の出だしは先輩からの小さな笑いからスタートした。


 地味にムカッてなる。人が恥ずかしさを堪えて真面目に話したっていうのに。


「すまない、すまない。中々君のイメージと違っていたようだからね、つい笑いが堪えきれなかった」


「もう、何も言わないっすよ」


「まぁ、そう拗ねるな。私とて、馬鹿にしているわけじゃないんだ」


 これで馬鹿にされたら、俺は先輩に対する態度を今一度普通に見直すがな。


「これ以上、出会ったばかりの後輩に嫌われても構わん――――そろそろ、お節介を始めようじゃないか」


 先輩は笑みを隠し、足を組み替えながら真っ直ぐと俺を見据える。

 俺はコピー機から出てくる紙から少しだけ視線をズラし、先輩の瞳に少しだけ視線を合わせた。


「とりあえず、これはあくまで個人的な意見であり、鵜吞みにするか参考にするかは君次第だということを前提に話を進める」


「ういっす」


 まぁ、さっき聞いたばかりの人間の答えが正しいとは思えない。

 かといって、客観的視点で見ることによって別の答えが見つかるかもしれない――――先輩の言葉は、まず間違いない切り出しだ。


「私も、先生の言った言葉に反対はない。二人と過ごしていけば自ずと一人は浮き彫りになる。甘んじている部分は『どちらかを傷つける勇気』、『関係を変える勇気』に他ならないと、私は思っているよ」


 まぁ、俺もその言葉は間違っていないと思う。

 先生の言った言葉は大きく賛同できるような腑に落ちるものばかりだ。


 無理やり一人に絞ろうとしなくても、時間をかけて接していけば自然とこれから横にいてほしい人間は浮かび上がってくるし、浮き上がった後に俺がどうしなければいけないか、と話が出てくれば『勇気を持って振れ』ということに直結する。


 俺よりも先を生きてきた先生だからこそ、こういった的を射た言葉が出てきたのだろう。

 俺だけでなく、先輩までもが納得している。


「その上で、私は言おう――――選ぶことに期限を決めるんだ」


「期限……ですか?」


「その通り」


 室内に響き渡っていたコピー機の音が突然途絶える。

 どうやら、全て摺り終わったようだ。それでも、俺達はこの場から動かない。


「答えを出すことに期限を決めろ。長すぎず短すぎず、それでいて自分の気持ちが変わらないと思える期日を。そうすれば、君はいい答えが出せるはずさ」


「……期限を決めれば、視野が狭くなりませんか?」


 期限を決めてしまえば、近づくにつれて焦りが生まれる。

 焦りは思考を停止させる一つの要因だ。考えを上手く纏められず、その上で考えた後とは違う回答を口にしてしまう恐れがある。


 この問題はおいそれと考えて答えを決めるものではないと思っている。

 それは、人の想いが色々な場所で交差しており、それぞれの想いから生まれた悩みから生じた悩みでもあるからだ。


 それは先輩も分かっている。

 だからこそ、疑問が生じてしまう。


「君の言いたいことは分かる。期限を決めてしまえば、決められない場合焦って冷静でない自分の答えを出してしまう可能性があるだろう」


「だったら――――」


「それでも、だ」


 ピシャリと、俺の言葉を遮って先輩が言葉を進める。


「勇気という言葉は必ずしも長い時間をかけて身に着けるものではない。時に時間によって縛られることによって必然的に湧き上がってくることもある。要は。勇気は持てた、でも誰を選ぶか? そんなものは一年……いや、半月かけても悩むものだ。何故なら、君は簡単な議題に悩んでいるわけがないからな。どっちの答えを出しても、どこかで悩み続ける。自ずと答えが出るのは当然、自然と選ぶ相手を確信してしまうのは当たり前————先生の意見に唯一賛同できない部分はここだろうか? 自然と自ずという言葉を信用しすぎちゃいけない。何故なら、明確な期日などどこにも存在しないからだ」


「……」


「一年? 三年? もし、その時になってしまえば君達はどうする? 高校という同じ環境からいなくなり、それぞれの人生を歩み始めるだろう—―――君は、それまでに自然と自ずという言葉が何も与えてくれなかったらどうするつもりだ? 何のために、選ぼうと決めた? 初めの決意が変わっているよ――――君は選びたいから選ぶのだろう? 彼女達のことを想って選ぶのだろう? だったら、安易に自然という言葉に甘えるな。悩み、苦悩し、葛藤し、それでも出てくる迷いはどこかに捨てておけ。結局は、君の勇気がその選択を後押ししてくれるのだから」


 長々と話すぎたな、と。先輩は言葉を切り落とす。

 立ち上がり、俺の横を通り過ぎて出てきたコピー用紙を取り出して綺麗に揃え始めた。


「全ての行動に正解などない。ならば、正解がないという前提で行動することをおすすめするよ」


 その間、俺は—―――


(期限、かぁ……)


 先輩の言葉を、脳裏で噛み締めていた。


 どうにも、誰の言葉も納得させられてしまうものばかりだ。

 先輩の言うことも、凄く理に適っていると思う。


 何のために俺は選ぶと決めたのか?

 待ち続けている彼女達に、束縛されることのない選択を返すためじゃなかったのか?


 それを、不確定である『自然』という言葉を待ち続けて勇気を身に着けて選択しようと思ってしまったのか?

 先輩の言う通り、高校を卒業してから結論が出てしまえば? 互いの気持ちも変わって関係も自然と離れて行ってしまっているかもしれない。


 そうなれば手遅れだ。

 折角出た答えも、意味がなくなってしまう。


 だからといって、悩んで悩んで『二人を好きになった』俺が期限を決めて答えが出せるだろうか?

 期限を決めれば、勇気は持てるかもしれない。でも、選択はどうなる?


(あぁ、ダメだ)


 一人問答が脳裏を埋め尽くす。

 でも、と。こうした問答こそが時間の浪費で、待ち続けている彼女達の時間を奪ってしまっているのなら――――


「腹をくくる、いい機会かもしれねぇな……」


 向き合うことに、再度の決意を。

 選択に縛りと制限を設けて、俺自身と彼女達の問題にカタを着けよう。


「決めたのかね?」


「えぇ……先輩。とても参考になるお節介でした」


「ふふっ、ならよかったよ」


 先輩は取り出した大量のコピー用紙を俺に手渡してくる。


「どうするのかね、君は?」


「期限を設けることにしました――――そして俺は、そこで答えを出します」


 長すぎず、遠すぎず……それでいて、明確に後悔が残らないような期日を—―――


「体育祭————その時までに、俺はこの悩みにケリをつけます」


 先輩の温かい眼差しを受けながら、俺は物語を振り出しに戻した。

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