体育祭④

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 ────遡ること十分前。


「如月くん、ちょっといいだろうか」


 昼休憩が終わり、赤組のテントに戻ってきた俺達に、軍姫様らしき先輩の姿っぽい生徒が声をかけてきた。


 どうしてあやふやな言い方をしたのか?

 それは、目の前にいる人が体操服ではなく、ごりっごりの学ランを来ていたからだ……男物の。


「はい……面倒事以外は大歓迎な如月くんに何か用ですか?」


「どうしてそういう言い方をする?」


「いや、だって────」


 俺は少しだけ視線を下にズラす。

 するとそこには、ハンガーにかけられている……学ランが何故かあった。

 後ろめたいことでもあるのか、何故か後ろに隠すように。


「俺が着るやつじゃないっすよね?」


「もちろん、君が着るものだ」


 何がもちろんなのか教えてほしいものだ。


「いやいや、応援団ってもう決まってるでしょ? どうして俺が着るんですか?」


「ふむ……理由を言わなければならないか?」


「どうして俺が即決で首を縦に振ると思ってたんですか?」


 この人は、そろそろ俺を便利屋か何かだと強く認識し始めているようだ。

 どこかで認識を改めさせなければ。


「まぁ、簡単に言ってしまえば、君の統率っぷりと盛り上げっぷりを見て、「やらさなければ」と思ってしまったんだよ」


「……そんな場面ってあったっけ?」


「ありましたよ、如月さん。一番最初の方に」


 ふむ……如月メモリーには、そんな場面が一度もないような気がする。

 だから、きっと柊の気のせいなんだろう。

 どこか一番最初に、モテない男子達を鼓舞させたような気もしないこともないが、メモリーに入っていなければ、先輩と柊も勘違いだろう。


「ちなみに、その時の動画があるよ?」


「待て、神無月。どうしてそこで録画という材料を取り出した?」


 っていうか、どうして録画なんかしてるんだよ。


「というわけだ。私はそれを見て、同じ赤組として是非とも赤組を鼓舞してほしいと思ってな……特例で、新たに応援団に加入させることにした」


「ダメでしょ、本人の意思を無視して話をしちゃ────」


「如月さんはやりますよ!」


「如月くんはやります!」


「だから本人の意思を尊重してくれって言ってるじゃんよ」


 俺の後ろで目を輝かせながら、勝手に代弁している神無月と柊。

 そこまでして俺に着させたいか? 学ランを? マジで?


「でも先輩、あれは同い年の人間だからできることであって、先輩方にできるようなもんじゃないっすよ。俺、シャイボーイなんで」


「「……シャイボーイ?」」


 君達二人って仲良いね。俺がシャイボーイって言ったらそんなにおかしいか?


「まぁ、そこに関しては気にすることもないだろう」


「どうしてですか?」


「私達三学年は面白ければいいっていう連中が多いからな────」


 ♦♦♦


 ────という感じで、半ばをされたような形で学ランに袖を通すことになった。

 まぁ、そんなに大層なことはしなくてもいいという条件ではあるのだが、仕方なく参加することになったのだ。


「如月さん……かっこいいですっ!」


「そっか……ありがとう」


 どうしてだろう? 嬉しいより、今更普段の制服ではないものを着ていることに対しての恥ずかしさが勝る。

 というより、何かコスプレしている感じで恥ずかしい。


「それよりも────」


「ふぇっ? どうかされましたか?」


 俺が柊を見ると、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「俺、恥ずかしい思いをしてよかったって思ったわ……」


「ど、どうして私を見てそんなことを言うのでしょうか……!?」


 柊が体をだき抱える。

 その姿は体操服ではなく、俺と同じような学ラン姿であった。

 いつも清楚でお淑やかな彼女が、こうした学ランを着て男装している姿は新鮮で……どこか目を奪われてしまいそうだった。


「その……なんだ。似合ってるぞ、柊」


「ッ!? あ、ありがとうございましゅ……!」


 素直な感想を口にすると、柊は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 ……何か、その姿も異様に胸を高鳴らせた。


(あぁ……これも好きな人効果なのだろうか?)


 元からの可愛さというのもあるだろうが、それ以上にフィルターがかかっているような感覚だ。

 神無月も参加できなかったのがかなり悔やまれる。


「さ、さぁ、如月さんっ! 頑張って応援しましょう!」


「お、おう……そうだな」


 柊は、横の方で固まっている学ラン姿の集団へ歩いていく。

 それはどこか気恥しさを紛らわせるようなものであった。

 後ろから耳まで真っ赤なのはよく見える。


(くそ……こんなことでいちいちドキドキするんじゃねぇよ、如月真中)


 と、己で己を戒める。

 そんな戒めは、この後行われた応援合戦で思考の片隅に追いやられた。


 ……それは、なんだかんだ柊とするのが楽しかったからだ。

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