軍姫のお手伝い
「さて、君達にやってもらいたいことを説明しておこうか」
すれ違う生徒の視線を一身に浴びながら、ようやく三年生の教室にやって来た俺達。
教室には生徒の姿は見当たらず、皆帰ってしまったのだろうと窺えた。
よく考えなくても、本当であれば三年生は受験シーズン真っ只中。早く帰ってお勉強しなくてはいけないお年頃のはず。
遊んでいる生徒もいるだろうが、今頃塾か自宅でお勉強だろう。
いなくても普通に納得できる。納得できないのはどうして先輩だけ残ってでもやろうという話になったのかだ。
「やるのは構わねぇっすけど……他の三年生の人達は手伝わなくていいんですか?」
「まぁ、当然そう思うだろうな。ただ、受験勉強に勤しんでいる生徒を使うのも申し訳ないだろう? それだったら、私一人で請け負っていた方が気が軽い」
「先輩もその受験生なんですけどね」
「なに、私は大学には行かずそのまま就職する組だから気にするな。それに、就職試験も無事合格したから身が軽いんだよ」
なるほど……昨今、大学に行く若者が増えていると聞いたことがあるからついそう思ってしまった。
だったら、先輩の考えることも分からなくもない。
この時期というと……公務員だろうか?
公務員は確か、早い時期に行われる試験もあったと聞く。
なるほど……先輩のイメージにピッタリだ。
規律を遵守し、取り締まることに特化していそう。
「本当は二年の生徒に頼んでもよかったんだが……いかんせん、私には知り合いがいないものでな」
「それで、如月さんに手伝ってもらおうと思ったんですか?」
「あぁ、先生から予め『手伝わせるなら如月だ』と言われていたからな。おかげで心が痛まずに済んだよ」
もう一度だけでいい……どうか、俺に対する評価を見直してほしい。
「話が逸れたな。とりあえず、君にやってもらいたいのは今日行われた委員会の議事録を作成することだ」
そう言って、先輩は小さいノートを取り出して柊に手渡した。
「これに今日の内容をまとめればいいのでしょうか?」
「その通り。これをどうしてか生徒会に提出しなくてはならなくてな。手間だと思うが、頑張ってほしい」
「書き方とか注意事項などはありますか? 一応、あれば助かるのですが……」
「私も今回が初めてだからな、特に注意してほしいことはないし、分からない。ここに去年の議事録があるから、それを参考にしてはくれないか?」
「分かりましたっ!」
柊は快く受け取り、元気よく返事をする。
本当に、付き添いで手伝っているのに文句も言わないなんてできたお子さんであると涙が出そうになった。
……ぐすん、ええ子に育ったなぁ!
「とりあえず、俺は何をすればいいんっすかね? 柊と一緒に議事録作ればいいですか?」
「聞いてもなかったのに、君が手伝えるとは思えないが?」
気づかれてんじゃん。
嬉し涙じゃなくて悲し涙が流れてくるよ。
「君は私と一緒に、皆に配るためのプリントを印刷しに行くぞ。そのあとは、ここに戻ってクラスごとの書類分けだ」
「あぅ……如月さんと一緒じゃないんですね」
隣で柊があからさまにしょんぼりする。
……それがどこか申し訳なく感じてしまう。
だけど────ちょっと嬉しいとも思ってしまった。
(毎度思うけど、こうも分かりやすいとなぁ……)
彼女の好意に苦笑いをしてしまう。
好感度というゲージが存在するなら、きっと頭上で振り切っているはずだ。
というより、この好意に対しての返答の仕方に困ってしまう。
悩み悩まされ、苦悩する────恋とは難しいものだなと、改めて感じてしまった。
「そう、落ち込むな柊くん。印刷してくるだけだ、すぐに戻ってくる」
「は、はいっ!」
そんな柊の姿を見かねた先輩が優しくほほ笑みかける。
凛々しい顔立ちから出てきた柔らかい瞳は、どこか美しく思えた。
……これが、軍姫か。
皆から人気があるのも頷ける。
「さて、如月くん……君からは何か質問はあるかね?」
「ないっすよ。あるとすれば早く終わらせましょうっていう話と、先生を一発殴らせてほしいってことぐらいです」
「どうしてそこで先生を殴る話が出てくる?」
それはもちろん、俺に対する評価と印象について文句を。
「そういうわけだ、早速向かおうじゃないか。私一人では多分持ちきれないだろうからな」
そう言って、先輩はヒラヒラとプリントを持って教室から出ていってしまった。
その後ろを、俺はついて行こうとする。
しかし────
「すまんな、柊。今日はありがとう」
「いいえ、気にしないでください。一緒に帰った方が私も嬉しいですし、夕ご飯も一緒に食べられますから」
「……そうかい」
去り際に、柊の頭をそっと撫でる。
すると、彼女は気持ちよさそうに目を細め、ゆっくりと俺の撫でる手を離した。
「早く帰ってくるから、待っててくれ」
「はい、いってらっしゃいです如月さん」
柊が優しい笑みを向けてくる。
そんな表情にドキッとしながらも、俺は背中を向けて教室の扉を開けた。
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