軍姫様

 いきなり目の前に現れた軍姫様。

 そして、同じく用事があるからちょっと来いといきなり言われてしまった今日この頃。


 俺は一体何をしたというのか? 身に覚えがなさすぎてどうしても不安に駆られてしまう。


「あのー……俺、何か悪いことをしたんですかね?」


「うん? どうしてそう思うのかね?」


 身に覚えがないからですが、何か?


「美人です……っ! この人、すっごい美人です!」


「うん……間近で見るとすっごい美人さんだよ!」


 横では柊と神無月がヒソヒソと軍姫様の美貌におののいていた。

 ……あなた達も、負けず劣らずお綺麗ではございますことよ?


「まぁ、とにかく来い。君が来てくれないと、話も進まないだろう?」


 軍姫は無理やりというべきか、俺の腕を掴んで立ち上がらそうとする。

 何をするのか、何の用事なのかが一向に知らされない。その状況であることから、思わずその腕に抵抗してしまう。


「いや、いきなり来いって言われても行くわけないじゃないですか。怪しい勧誘、詐欺に気をつけろっておふくろから口酸っぱく言われてるんですよ」


「同じ学校の生徒に詐欺を働くわけがないだろう? それに、そもそも騙して行動させる、利を得ることは私的に好まん」


「うわぁお……」


 かっこいい……何かこの人、かっこよく見える。

 思わずキュンキュンしちゃう……こともなかった。面倒くさそうな予感しかしない。


「あ、あの……如月さんも困っていますし、要件を話してあげてからお誘いするのはいかがでしょうか?」


 ヒソヒソと話していた柊が見かねて助け舟を出してくる。

 ……流石柊。今日の夕飯は腕によりをかけて作ってあげよう。


「ふむ……先生からは『如月という男はすぐに女について行く男だ』と言っていたのだが……」


「その先生のお名前を。今すぐ天誅を下して来ましょう」


「待って如月くんっ! その手に持ったスタンガンは先生に向けるものじゃないよ!?」


 誰だ、俺の品位を汚す話をしてきた先生は? 大人だからといって、俺が手を出さないと考えるのは浅はかだと言わざるを得ない。


「とりあえず、要件というのは今回の委員長で決まったのを議事録に纏めて提出するのを手伝ってもらうだけだ」


「えー……」


 なんで俺? そんな疑問しか浮かび上がってこない。


「うむ……その反応は予想外だ」


「いや、普通は嫌がりますよね? 他の人間じゃなくて名指しで言われたんですし、面倒事な気しか────」


「先生からは『如月だったら何でも「ワンっ!」と言ってしっぽを振りながら了承するぞ』と教えてもらったのだが……」


「…………」


「待って如月くんっ! その鈍器は先生に使うものじゃないからぁっ!」


 そろそろ、俺という男がどんな人間かを体で分からせないといけないようだ。

 だから離せ、神無月……俺が直々に天誅を下しに行ってくるから。


「つべこべ言わずに来い、如月。悪いようにはせん」


 手伝わせる時点で悪いようにしか考えられないのだが……?


「あのー……もしよろしければ、私も手伝っていいでしょうか?」


「うん……君は?」


「い、1年の柊ステラですっ!」


 唐突に、柊が協力の申し出を出てきた。

 俺だけやらせるのは可哀想だからという優しさからその言葉が出てきたのか? それは分からないが、いずれにせよ……いい奴だなぁ。


「あぁ……君が噂の聖女様か」


「うっ……! その呼び方はやめていただけると……」


「すまない、そうだろうな。悪かった。私も、こういう呼び名はあまり好きではなくてな────私は3年の三枝麗華さえぐさ れいかと言う。軍姫ではなく、こっちで呼んでほしい」


「わ、分かりましたっ! 三枝先生!」


 へぇ……三枝って言うんだ。初知り、初聞き。


「わ、私も手伝いたいけど……今日はこの後用事があるしなぁ」


「気にすんなって、神無月。別にしなきゃいけないわけじゃないんだからさ」


 申し訳なさそうに口にする神無月。

 どうして、俺の周りには優しい女の子しかいないのだろうか? 胸がじんわりと温かい気持ちになってくる。


「(うーん……ここでも差をつけられそうだなぁ)」


「(頑張って! 僕は推しを応援してます!)」


「(う、うん……推しは嫌だけどありがとう……)」


 聞こえてくるから顔が赤くなってしまう。

 ……本当に、なるべく早く決めないといけないなぁ。流石に、どうにもそんな焦りが脳裏に浮かび上がってくる。


「手が多いのは助かる。私としても、是非とも歓迎したいところだ」


「っていうか、他の人には頼まないんですか? 俺達って1年ですよ?」


「他の生徒にお願いするのは申し訳ないだろう?」


 こいつ……っ! なに「当たり前だろ?」みたいな顔をしやがって!

 俺にも少しは気を遣えよ! 柊に言ったみたいにさ!


「先生から『如月には罪悪感とかそういうのは気にしなくていいぞ』と言われているからな。そうしたまでだ」


「そろそろ先生の言葉に疑問を覚えません?」


 特に俺の扱いについて。


「まぁ、ここで話していてもなんだ────早速、私の教室に来てくれ。そこで作業をする」


 そう言って、再び俺の手を掴んで引っ張ってくる三枝先輩。

 そのことに、涙を流さずにはいられなかった。


 後ろを柊が慌ててついてくる。

 そして、そんな俺達を見て小さく手を振ってくる神無月達を見ながら余計に涙が出てしまった。


 ……はぁ、俺も色々考えなきゃいけないことがあるんだけどなぁ。

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