好き、とは

「あぁ……俺は告白されたよ」


 問われた質問に正直に答える。

 相談という前提にこの話を持っていくなら、その事実は隠してはならない。


「「……」」


 俺の言葉に、二人は言葉を紡ぐことはしなかった。

 しかし、それもほんの数秒。颯太達は、再び口を開く。


「そっか……ついに、ね」


「ふ~ん……言っちゃったのね……」


 歯切れの悪い反応。

 それでいて、「ようやくか」という言葉のようにも聞こえた。


「それは柊さん? それとも神無月さん?」


「……両方だよ」


 聖女様と呼ばれる柊。

 女神様と呼ばれる神無月。


 学校では知らぬ人がいない二人から告白されてしまった。

 それは、全男子生徒が歯ぎしりするような事で、事実俺も飛び跳ねるほど嬉しい。


 だが————


「あんた、女の子の口から言わせるなんて……」


「返す言葉もないです……はい」


 告白は男からするもの————。

 なんて定石があるわけではないが、それでも男からの告白が一般的と思われており、俺自身もそう思う。だって、その方が男らしいから。


 だけど、告白も含め俺は男らしくない。

 どちらかと言えば女々しいという部類に入るだろう。


「大方、僕達にあんな質問をしてきたってことは————返事はしてないんだね」


「それに加えて、そもそも『好き』という段階で悩んでる————そんなところかしら?」


「無駄に鋭すぎやしねぇですか……?」


 どうしてこいつらはそこまで俺の考えていることが分かるのだろうか?

 俺、気になります。千反田真中になった気分だ。


 しかし……と。


「そうなんだよなぁ……俺は今、好きと言う段階で悩んでいる」


 ベッドに寝転がり、天井を仰ぎ、己の心を吐き出す。

 決して図星を突かれたというわけではないが、自然に吐露したくなってしまった。


「告白された。すっげぇ嬉しかった。誇らしいって思った。……あいつらは俺が好きなんだなぁって分かった。————でも、俺は分からない。あいつらに抱いている気持ちは何なのか? あいつらのどっちが好きなんだ? 好きって……なんなんだ?」


 悩んでいるものは自然とすらすらと口から零れた。

 颯太と藤堂に聞かせるわけでもなく、ただただ独り言のように。


「始めはさ、神無月が好きだったよ。初恋だ————恋してるって胸を張って言えた。けど、今はどうだ? 初恋相手から告白され、ずっと一緒にいる柊にも好きって言われ、すぐに解答が出ない。恋してる……そう胸を張って言えた時の感情を、今は持ち合わせていない」


 彼女達と一緒にいると胸が高鳴ることもある。

 彼女達と一緒にいると顔が熱くなることもある。

 彼女達と一緒にいるとドギマギすることもある。


 ————けど、俺が知っている恋という感情とは何かが違う。

 好きの、味が、違うんだ……。


「お前らの公式に当てはめるんだったら、俺は柊の事が異性として好きだよ。一緒にいて落ち着くし、心地いいし、安心する。————だけど、神無月はどうなんだ? 柊のような心地よさは感じない。でも、神無月と一緒にいると楽しいし、いろんな発見ができるし、俺の気分を掬ってくれる————これは、好きとは違うのか?」


 彼女達には、それぞれ魅力がある。

 柊は包み込むような優しさがあるし、神無月は他人を元気にさせてくれる明るさがある。

 もちろん、俺はそんな彼女達の魅力に惹かれている。そこは間違いない。


 では、どれに惹かれていれば『好き』という言葉に当てはめることができるのか?


 それが、俺にはどうも————分からない。


「どれが正解で、俺はどんな答えを出せばいいのか? 俺は一体何を求め、どうしたいのか? 俺は彼女達にどんな感情を抱いているのか? ……ずっと分からなくてさ、彼女達を待たせてる。考えよう……って思ってるけど、お前達がどうやって付き合ったのか参考に聞きたかったんだよ……すまんな」


 あらいざらい吐露した。

 弱い部分を見せてしまったけど、颯太達なら問題ないだろう。


 馬鹿にせず、ただ俺の愚痴————いや、弱音を聞いてくれる。


 だからなのか、しばしの沈黙が続いた。

 そして————


「これは、私の持論なんだけど————」


 不意に藤堂が、弱音を吐いた俺に対して言葉を紡いだ。


「『好き』という言葉に正解なんて求めちゃいけない。何が正しくて、何が間違ってるかなんて、他人にも、自分にも分かりはしないわ」


 真っすぐに、俺に諭すようではなく、あくまで一個人としての意見を、口にしてくれる。


「千差万別。恋なんて、人によってその言葉の定義が変ってくる。私達と同じように、一緒にいるのが心地いいと思ったら『好き』と定義する人もいれば、最低限の会話が楽しくて『好き』と定義する人もいる」


「……」


「だったら何が『好き』なのかしら? そう考えた時、私はこう思うの————『会いたいな』って」


『会いたい』。

 そう紡いだ藤堂の声は、不思議と心に深く突き刺さった。


「例えどんな感情をもって『好き』と答えようが、自分が会いたいって思わなければ、その子とずっと寄り添おうなんて思わないし感じない。会いたいって思えない人は、一緒にいても感情が徐々に薄れていくだけ。他の感情に、流されてしまうわ。今何してるかな……どこにいるんだろ————会いたいな。そう真っ先に感じる人こそ、私は『好きな人』だと思う。……これは答えじゃないわ。ただ、考え方の一つ」


 そして、ひとしきり言い終わると、藤堂は今までに見せたことのないような……優しい笑みでほほ笑んだ。


「これは私の持論。参考にしてもよし、何言ってんだと一蹴してもらっても構わないわ」


 でも、と。

 彼女は最後の言葉を紡いだ。










「後悔の無い選択肢を。私は友人でもあり恩人である如月の答えを応援するわ————それが例え、誰かを傷つけるような選択肢だとしても、ね」

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