もう疲れたから、変わりたい
(※神無月視点)
「知らないよ!?どうして、如月くんは他の男の子とは違うの!?ねぇ、どうして!?」
私の涙混じりの叫びが静まり返った路地に響く。
薄暗い街灯が、私たちの間に割って入っているように光っていた。
我慢の限界だった。
どうして、如月くんは私が知らない事を言うの?
どうして、私を突き放そうとせずお礼を言うの?
分からない。如月くんの気持ちが全く分からない。
だから、私のその疑問と不安が涙と共に溢れ出した。
それを聞いて、如月くんはーーーーー
「……俺は、他の男とは違うよ」
突き放すのではなく、優しく笑った。
その笑顔は、私を安心させようとしているのか、受け止めようとしているのか……ううん、両方に感じる。
「同じ人なんかいねぇよ。それぞれが違う想いを抱いて、それぞれに個性や魅力がある。恨むやつもいるかもしれない……でも、俺みたいに感謝するやつだっているはずさ。男っていうのは、神無月が知っているやつだけじゃないんだ」
……嘘。
男の子なんか、みんな愛想よく振る舞えば勝手に寄ってきて、勝手に見捨てて突き放す。そんな生き物のはず。
「だったら……っ!?どうしてあの時私は捨てられたの!?好きになってもらって、告白までもされて、付き合った途端イメージと違うって言われて……っ!?」
ダメだ、止まらない。
如月くんには関係ないって分かっているのに、どうしてもこの取り留めない気持ちが溢れ出てしまう。
「そしたら「あいつはビッチだ」「男を弄んで喜ぶ野郎だ」って言われ始めて!ありもしないとこ言われて……っ!それをみんなに広められて、私は孤立した……!」
中学の時。私はクラスの男の子に告白された。
私は別に好きではなかったけど、その男の子が必死にお願いしてくるから、付き合った。
付き合い始めてからしばらくして、私は振られた。
「何で!?」って聞いたら「イメージが違うから」って……。
そっちから告白してきたのに、イメージが違うからって言われた時は、ショックだった。
そして、その男の子は次の日からクラス中にありもしない噂を流された。
「他の男の子も、掌を返す様に私を口々に貶し始めた!私は何も悪いことしてないのに!男の子が勝手に私を捨てたんだよ!?」
昨日までは私と仲良くしてくれたのに、いきなり私の悪口を言い始めてーーーーー次第に私は孤立した。仲の良かった女の子も、離れていった。
「だから私はやり返してやろうって思ったの……!捨てるんだったらこっちが捨ててやるんだって……っ!気持ちよかったよ!悦に浸ってたよ!男の子なんて、愛想よく振舞っていれば近寄ってくるんだから!そして、何も知らないで私に好かれようとしている姿を見て笑ってたんだよ!?」
私は自然と、気持ちという名の防壁が崩れ去り、ありのままの私を如月くんに漏らしてしまう。
体育倉庫の時とは違う。ムキになったからじゃない。
……ただ、如月くんが分からなくて、不安で、怖かったから。
如月くんはどんな反応をするんだろう……?
恐る恐る涙を拭いながら彼の紡ぐ言葉を待つ。
そして、彼は口を開いた。
「……関係ないよ」
「ッ!?」
「どんな辛い思いをしたのか、俺には分からないし、どんな気持ちで、神無月が男を捨ててきたのかは分からねぇよ……でもな、やっぱり人はみんな違うんだよ」
如月くんは私に近づき、優しく手を握ってくれる。
……暖かい。
「他の男みたいに、俺はその話を聞いて恨んでなんかないだろ?もちろん、ちょっとは怒ってるさ。それは、俺が弄ばれたからじゃなくて、お前が関係ない他の男の気持ちを弄んでいたからだ。お前が、その捨てたやつと同じ事をしていたからだ」
確かに、如月くんの顔からは恨んでいるような感じはしなかった。
むしろ、何でこんなことしたのか?……そう、心配するような感じに見える。
それが無性にもーーーーー私の心を締め付ける。
「柊だって、颯太だって、藤堂だって……みんなお前のその事を知っていながらも助けてくれた。俺の為かもしれないが、それでもお前が知っているような人じゃないのは確かだ」
やめて……っ!
そんなに優しい言葉を投げかけないで……っ!
いっその事、思いっきり貶された方がいい!罪悪感で押しつぶされそうになっちゃう……っ!
そんなに優しい言葉を言われたらーーーーー
「神無月は自分の物差しで周りを測り過ぎだ。もっと広く見てみろ……そうすれば、お前が思っている以上のいいやつも見つかるし、決してお前を見捨てたりなんかしないーーーーー俺は、お前を見捨てたりしないよ」
私の中のこの気持ちが、壊れちゃう。
「……捨てない?」
「あぁ……俺はお前を捨てるようなことなんてしないよ」
真剣な眼差しで、彼は言い切った。
あぁ……もう、ダメだなぁ……。
「……私、もう疲れちゃった」
疲れた。
愛想よく振舞うのも、男の子を弄んで悦に浸るのも、男の子を嫌い続ける事も、疲れちゃった。
「……私、変われるかなぁ?」
……もう、あの男の子達と同じことはしたくない。
襲われたからではなくーーーーー如月くんの優しさに触れちゃったから。
「変われるさ。藤堂の言った通り、謝って、償って、向き合ってーーーーーそうすれば、神無月は変われるよ。優しくて、可愛くて、人当たりのいい女の子になれるさ。そうすればきっと、神無月がビックリするぐらい、いいやつも寄ってくる」
「……そっかぁ」
こんなに強く言いきられちゃったら、信じるしかないよ……。
私も、変われるんじゃないかって……そう思っちゃう。
だからーーーーー変わろう。
もう、愛想よく振る舞うのもやめて、悦に浸るのもやめて、普通の女の子に。
「一緒に手伝ってやることは出来ない。これはお前の問題だからな。けどーーーーー向き合ったら、俺が出迎えてやる。頑張ったなって褒めてやるよ」
その言葉を聞いただけで、私の涙はより一層溢れ出す。
頑張った先に、ちゃんと出迎えてくれる人がいる。
……如月くんがいる。
「……私、変わるね…。もう、こんなこと……し、しないから……っ!」
「頑張れ……ちゃんと見ていてやるから」
静まり返った路地に、私の嗚咽が響く。
誰も通り過ぎず、私を見てくれなかったけど、彼が私を見ていてくれた。
握ってくれている彼の手が、暖かかった。
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