待っててくれるだけで

「ただいまー」


 神無月を家まで送り届けた後、俺は重たい足取りで家まで帰ってきた。

 時刻はもう21時前。いつもならとっくに飯を食べてゆっくりテレビでも見ているはずの時間。

 今日は精神的にも肉体的にも疲れた気がする。本当に、マジで、色々なことありすぎじゃない?


 もう、みんなは家に帰ったのだろうか?

 ……まぁ、普通は帰っているよなぁ。こんな時間だし。


「あっ!おかえりなさい、如月さん!」


 普通じゃない人がいた。


 ピンクのフリルが付いた可愛いエプロンを身に纏い、彼女はトテトテと玄関までやってくる。


「……柊」


「なんですか?」


「……どうして帰ってないの?」


 もうこんな時間だよ?普通もう帰ってるよね?

 良い子は家に帰っている時間だよ?


「如月さんを待っていたからに決まっているじゃありませんか」


 さも当たり前だと言わんばかりに、彼女は真面目な顔つきで言った。

 その言葉に、俺は少したじろいでしまう。


「そ、そうですか……」


 待ってくれていたという嬉しさと、男の部屋でこんな遅くまで1人で待っていたという危機感の無さが入り交じり、思わず敬語で答えてしまった。


「それより、お疲れでしょうからお風呂に入ってきてください。ご飯は用意してありますから」


 そう言って、柊は俺からカバンを奪うと、トテトテとまた部屋に戻って行った。


 ……え?柊が、ご飯を?ご飯を?

 驚きのあまり、脳内でご飯を2回繰り返してしまった。


 だってそうでしょ?俺がいないとまともに調理器具も扱えないような柊さんがご飯だよ?


 ……いや、冷静になって考えろ。

 きっと颯太が手伝ってくれたに違いない。もしくは、颯太が作ってくれたのだろう。

 柊が1人で作るわけないもんなぁーーーーーって、これは流石に失礼かな?


「まぁ、いっか」


 俺は考えるのを一旦放置して、脱衣所へと向かう。

 こういう時は、風呂に入って疲れをさっぱり癒すに限るからな〜。


 ーーーーーあ、神無月にブレザー返してもらうの忘れた。



 ♦♦♦



「今思ったんだけどさ」


「なんでしょうか?」


 食卓に並んだご飯を食べながら、向かいに座っている柊に尋ねる。


 もうすっかり定位置としてきたその場所で、先に食べていたと思っていた彼女も、一緒にご飯を食べていた。

 なんでも、俺が帰ってくるまで待っててくれていたらしい。


 ……かなり、嬉しかったです。待ってて貰えたことがこんなにも嬉しく感じるとは思いませんでした。はい。


 食べ始めてから少し経ち、ふとある事に気づいてしまう。


「これって、新婚さんみたいだよな」


「ふぇ!?」


 いきなりの発言に、柊は顔をこれでもかと赤く染めあげ、驚きの声をあげる。


「だってさ、帰宅する男をエプロン姿の美少女が出迎えてくれて、お風呂から上がれば料理を用意してくれているーーーーーまぁ、今回は颯太に手伝って貰っているが、紛れもない手作りだし……これって、どう見ても新婚さんだよな?」


 種類豊富に彩られた料理は、どうやら颯太が手伝ってくれたようだった。

 まぁ、それでも本人曰く「私がほとんど作ったんですよ!」……らしいのだが、半信半疑で聞いておいた。


「し、新婚さんでしゅか……っ!?」


 噛んだ。思いっきり噛んだよこの子。

 めっちゃ可愛いんだけど?思いっきり恥ずかしそうに俯く柊、めっちゃ可愛いんだけど。


「まぁ、ただ単に「そう見えるよな」って話をしているだけで、そんな深く考えなくてもいいぞ?」


 むしろ、深く考えないで欲しい。

 言った俺も、何故か徐々に恥ずかしくなってきたから。


「……ひゃい」


 ……いかん、まだ柊は驚きが消えていないようだ。

 噛み力が増し増しである。


(でも、良く考えればこれって、どうなんだろうな……?)


 付き合ってもいない男女が一つ屋根の下。

 しかも、『料理を教える』と『掃除を手伝ってもらう』というギブ&テイクから始まった関係も、いつしか『帰りを待つ』ような関係に変わってしまった。


 ……これ、どうなんだろう?

 今時、付き合っているカップルでもこんなことしないよね?


 ……まぁ、でも。


「ありがとな、待っててくれてさ」


 自然とお礼の言葉が零れる。

 すると、柊は少し落ち着きを取り戻したのか、徐々に赤みが消えていきーーーーー


「はい」


 ーーーーー優しげな笑みを向けて、微笑んでくれた。


 その表情を見ただけで、心が穏やかになっていく。

 ……やっぱり、聖女様の名は間違いじゃないな。


「それで、如月さんはもう大丈夫ですか?」


「あぁ……何とかケリをつけることができたよ」


 初恋相手に想いを告げた。

 彼女の想いを聞いた。


 そして、お互いがいい所で着地できた。


「なら良かったです」


 柊は自分の事のように、安心した表情を見せる。


 本当に、柊達には感謝の言葉しか出てこない。


 俺は女々しい初恋にケリをつけれた。決して好きじゃなくなった訳では無いと思うが、もう昔みたいな気持ちは残っていない。

 神無月は、自分の視野と考えを壊した。決して神無月が知っているやつだけが全てではないと、これからは向き合ってみると、そう決めた。


 俺達は前に進むことができたと思う。

 でも、それは決して俺達では出来なかったことで、柊達の支えがあったからこそ、進めたものだ。


「本当に、お前達には感謝してるよ……」


 今はこれ以上ないくらいスッキリしている。

 重りというか、しこりというか……そんな引っかかるものがストンと落ちていったような感覚。清々しいほどに、今の俺の心は晴々としていた。


「……感謝しているのは、私も同じなんですよ」


「……ん?何か言ったか?」


「いえ……なんでもありません」


 そう言って、彼女は顔に薄い笑みを浮かべながら、再びご飯を食べる。

 何か言っていたような気がするのだが……まぁ、いいか。



「美味いな、この味噌汁」


「ふふん!自信作です!」




 こんなやり取りも、いつもより幸せに感じる。

 それは、俺の心がスッキリしたからなのかは分からない。


 でもーーーーー







 この関係は、幸せに感じる。

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