夏祭りの一幕
次の日の夕刻。
俺達は地元の神社前まで足を運んでいた。
会場には提灯やら屋台やらが並んでおり、煌びやかな風景が視界に入る。
そんな風景を、俺は甚兵衛の袖に手を突っ込んだまま神社入口で眺めていた。
今日は地元の神社で夏祭り。
浴衣や私服姿の老若男女が集まり楽しむ場。
ここの神社は地元の中では一番の大きさを誇っており、この夏祭りの規模もそれなりに大きいもの。だからこそ、こうして人がごった返してしまっている。
「わぁあ……人が多いですよ如月さん!」
おでこに手を当て、往来の先を見ようとする柊。
黄色を基調とした花模様の浴衣が、柊の可愛らしさを引き立たせており、いつもの長い金髪はお団子にして纏めてある。
その可愛らしさと今の彼女のはしゃぐ様は大変子どもっぽく、見ているこっちまで微笑ましくなってしまう。
「そうだな。何せここ一番の夏祭りだ。田舎とはいえ、人もそれなりにいるもんさ」
「じゃあ、屋台とかも色んなのがありそうだね〜」
そして、俺の反対側では柄もない黒の浴衣を着た神無月が柊程ではないが、声に抑揚をつけて浮かれていた。こちらは柊と違い、長い黒髪はそのまま下ろしている。その為、今の彼女からは大人っぽい雰囲気を感じてしまう。
「おうともさ。射的に輪投げ、くじ引きや金魚すくい……なんでもござれだ」
「どうして遊ぶものばかりなの?」
「好きなんだよ、遊ぶのが」
だって食べ物とか高いんだもん。
原価いくらだと思ってるのさ?ぼろ儲けだぜ?
そう考えてしまったら、食べるのが憚られるんだよなぁ〜。
「では浴衣の似合うお嬢さん方、はぐれないように夏祭りを楽しもうじゃないか」
「そ、そうだね……」
「あ、ありがとうございましゅ……」
俺が促すと、二人は照れたように顔を赤くした。
どうして顔が赤くなっているのかーーーーなんてことはもう言わない。
一日考えた。
応えは出せてないけど、自分の中で整理がついたと思う。
と言っても、母さんとねぇちゃん相談したんだがな。
ねぇちゃんはショックを受けていたけど、最後には笑ってくれた。
母さんは、この前と同じ『受け止めてやれ』の一言。
……自分で考えろって事なのだろう。
神無月も、昨日の事を引っ張っている様子はない。
応えをーーーーなん急かしてもいない。ここで聞いてみようと思ったのだが、それは失礼だと思った。
だったら、神無月待たせないように早めに応えを出そう。
それが、一番だと思うから。
「んじゃ、広島最後のイベントーーーー楽しもうじゃないか」
「そうだね〜!」
「はいっ!」
それまでは、決して態度は変えず、いつも通りに振舞おう。
せっかく旅行が、俺の所為で楽しめなくなったらそれこそ申し訳ないと思うから。
♦♦♦
往来の人混みを掻き分け、俺達はぶらぶらと屋台を見て回る。
……本当に人が多いわ。思わずはぐれてしまいそうだ。
「如月さん!私は射的がしたいです!」
「……どした急に?」
突然、柊が俺の手をとりそんなの事を言い始めた。
「理由は聞かないでください!とにかく、あそこの射的がしたいんです!」
そう言って、通り過ぎてしまった後方の屋台を指さした。
そこにはイカついおっちゃん経営の『射的屋ござんすございます』というネーミングセンスを疑うような屋台が。
「……あの、ネーミングセンスの屋台っどう思う?」
「ははは……まぁ、人のセンスはそれぞれだし」
神無月も、その屋台の名前を見て苦笑いしてしまった。
「でも、別にいいんじゃないかな?射的、私もしてみたいし!」
「……まぁ、それは構わないんだが」
些かあの屋台に入るのには抵抗がある。
そう思ってしまうのは俺だけだろうか?
「では行きましょう!そして、勝ち取りましょう!」
彼女は一体何を勝ち取りに行くのか?
屋台にそこまでの気合いを持って望む人を俺は初めて見たと思う。
「はいはい、行くからそんなにはしゃぐな」
「ふふっ、何だか柊さんって子供みたいだね」
「同い年なんだがなぁ……」
俺の手を引き、意気揚々と屋台に向かっていく様を見て、神無月は微笑ましそうに笑う。
……昨日、神無月もあれぐらいはしゃいでいたんだが、今の彼女は落ち着いている。
それは夏祭りというイベントに変わったからなのか、それとも心の中で何か変わったのか。
(でも……少なくは楽しんでくれているんだろうけど)
なら、よしとしよう。
今日は、はしゃぐ彼女を見るのも悪くない。
俺は柊の後ろ姿を見ながらそう思った。
しかし、柊の手の温もりを感じた俺の顔は、何故か赤かった。
♦♦♦
「私、絶対にあの抱き枕を勝ち取ってみせます!」
しかし、その一言によって急激に熱が冷めてしまったのは、仕方ないと思う。
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