お互いの気持ちは

(※ステラ視点)


「私は、如月さんのことが好きなんです」


 目を見開いている神無月さんに私は告げました。

 言わゆる布告というものです。


 湯気が立ち込める浴室には一瞬の静寂が包まれる。

 それは数秒か数十秒か……やがて、神無月さんもその口を開いた。


「え……あっ、そう……そうなんだ……あはは……ちょっと、いきなりで驚いちゃった…」


 神無月さんは目を泳がし、手元の水を救い上げたりしていて驚きを隠しきれていません。


「いきなりこんな事言ってしまったら普通は驚きますよね……でも、私はどうしても神無月さんには伝えておきたくて————布告します」


 この気持ちにフェアというものはない。

 抱いた瞬間から、如月さんに選んでもらえることを望んでしまう。


 先着順でも抽選でも、くじ引きでもない————誰が同じ気持ちを抱こうが、誰の方が早かったか関係ない。

 どんな手段を使っても、如月さんの心を射止め、選んで貰う。


「私は、如月さんのことが好きです。この学校で如月さんと関わり始めて、私は彼を好きになりました」


「……」


 気を使ってくれるところ、私を見てくれているところ、支えてくれるところ、頼りがいのあるところ、私の心を包み込んでくれたところ。

 如月さんの全てが……とても愛おしい。


「この気持ちを抱いてから、この想いは日に日に増していくばかりです……彼と過ごす時間が、私にとって幸せを感じるのです」


 想いはここにある。

 初めてデートに行ったあの日。私が落ち込んでいる時にそっと抱きしめてくれた。

 暖かかったんです……彼の体が、彼の優しさが。


 あの時の言葉が、どれだけ私を救ってくれたことか……ふふっ、如月さんには分からないでしょうね。


「どうして……」


 神無月さんが口を開く。


「どうして……私にそれを話すの……?別に、私に言わなくたって————」


「私は布告と言いました」


 神無月さんの発言にピシャリと言い放つ。


「神無月さんだけには伝えておきたかったんです。この気持ちを抱いだ時からフェアという言葉は存在しませんでしたが、如月さんの心を占めていた神無月さんに……私と同じ気持ちを抱いている神無月さんには伝えておかないといけないと思いました」


 羨ましかった。

 屋上で、如月さんの心のうちを聞いた時にあなたの名前が挙がったことに。如月さんにそこまで想われていることに。


 でも、それはそこまでだ。

 私が諦める理由なんてないです。巻き返してやるんです。


 それでも、これは私なりの誠意。

 彼と過ごしていた時間が長かった彼女には、この気持ちを知って欲しかった。

 とは言っても、多分気づいていたと思いますけどね……。


「あーあ!……柊さんは逞しいね」


 すると、神無月さんは背を伸ばし戸惑いの声から何か変わったのか清々しい声になった。


「ふふっ、恋する乙女は成長するものです」


「そうだねっ」


 浴室に私たちの微笑が響く。


「この布告って、私の為?」


「どういうことですか?」


「私があの時のことに負い目を感じないように、こうして堂々と布告してくれたんでしょ?」


 それは思い違いと言うものですよ神無月さん。

 私はそんな意図を持ってあなたに布告したわけではありません。


「私は敵に塩を送ったつもりはありませんよ」


 そう、塩を送ったわけではない。

 この争いにはフェアなんて存在しない。先んじて彼の心を射止めた者が勝者なのだ。


 ……ですが、それで私が勝っても喜べませんから。

 後腐れなく、100%彼の心を私に向けたいんです。だから、その気があるのであれば挑戦して欲しい。その上で、勝ちたい。


「そっか……うん、そうだね」


 ちゃぷん、という水滴の音が聞こえる。


「それじゃあ、私も布告しちゃう————私は、如月くんのことが好きだよ」


 神無月さんの表情には笑みが浮かんでいる。

 しかし、目だけは真剣そのものでした。


「あの時から、私は柊さんと同じように救われた。気持ちが軽くなった、私と言う人を受け入れてくれた。罰を罰だと、償って来いと言ってくれて————それでも、がんばったねって私を褒めてくれた」


 ……知ってますよ。

 神無月さんが自分がしたことを謝り、償い、真摯に受けたことは。

 そして、それを如月さんは受け止めてくれたことは。


 詳細は聞いていません。

 ですが、如月さんならそうするんだろう……そう、思っていましたから。


「確かに、如月くんは私を好きになってくれた。それを私が踏みつけてあざ笑っていたのは事実、今更私がこんな気持ちを抱くのはおかしい————失礼なのは分かってるけど、それでも私は如月くんが好きだし、隣に立ちたい」


「ふふっ、失礼なんて私は思いませんけどね。ちゃんと向き合って、償い、その気持ちがあれば、神無月さんは進む資格があると思いますよ?」


「……優しいね、柊さんは」


 そんなことありません。

 私は虎視眈々と彼の気持ちを狙うほど、周りの人に優しくありませんから。









「私は、如月さんの実家にいる間にこの気持ちを告げます」




「そっか……私も、負けてられないね」



 如月さんのいない浴室で、二人の布告は終わった。

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