柊と神無月

 どうして神無月がここに? 彼女の姿を見た俺の脳裏にはそんな疑問が浮かび上がってくる。


 艶やかな長髪に、衰えることのない夏の日差しによって蒸気した頬、長い睫毛と潤った唇に視線がどうにも引き寄せられてしまう。

 そんな少女————神無月沙耶香かんなづき さやかの家は俺の部屋からかなりの距離がある。


 通学途中に寄ったと考える選択肢はない。

 ということは、何か用事があるのだろうか?


「来ちゃったって……どうした?」


「ん、んー……なんとなく、かな?」


 少しだけ視線を彷徨わせ、焦りを見せる神無月。

 指を頬に当て、どうにか誤魔化そうとしているが……挙動があからさますぎる。

 それがどうにも可愛らしい。


「まぁ、なんとなくでも構わないが……」


 来たところで困るわけじゃない。

 というより、がわざわざ来てくれることに嬉しさを覚えないわけがない。

 ……現在進行形の恋でもあるが。


「とりあえず上がっていくか? 学校行くまでまで時間あるし、外はまだ暑いからな」


「い、いいのっ!?」


「柊もいるから少し狭いとは思うが」


「……柊さんもいるんだね」


 ほぼ毎日のようにうちにいるんだが……まぁ、こんな朝っぱらからいるとは思わなかったんだろう。


「(こう、自然といるのが当たり前になっちゃってる感じ……やっぱり、柊さんは強敵だなぁ)」


 一人でブツブツと呟き始める神無月。

 暑いだろうし、早く入ったらいいのに……パンイチにならないようせっかく冷房かけてるんだから早く涼んでいきなさい。


 なんて思っていると、神無月は「おじゃましまーす」という声と共にローファーを脱いで我が家へと上がった。

 1Kの独り暮らし用の玄関に三人の靴が並ぶ。そのうち二つが女性用————更に、その女性用の所持者が二人共意中の相手。


(朝っぱらから変な状況だよな……)


 男として……いや、俺としては嬉しい状況ではある。

 好きな人が朝から我が家へとやって来て、同じ部屋の中にいる。

 時間の共有————何て大層なことは言わないが、少しの時間でも一緒にいられるというのはそれだけで幸せに感じてしまう。


(まぁ、相手が二人っていうのは変ではあるがな……)


 綺麗に揃えられた二つのローファーを見て、小さく苦笑してしまった。


 ♦♦♦


(※ステラ視点)


「柊さん……」


 部屋の扉が開かれ、そこから神無月さんが現れてきました。

 如月さんではなく、神無月さん――――なるほど、来客は神無月さんでしたか。


「おはようございます、神無月さん」


「うん、おはよう柊さん」


 このタイミングで、というのはあります。

 少し間が悪かった……そう、愚痴りたくはなりますがそこを言っても意味がないでしょう。


「ごめんね、いきなり来ちゃって」


「いいえ! 全然問題ありませんっ!」


 だって、私はどちらでも大丈夫なんですから!

 神無月さんと一緒にいられるのも楽しいので問題なしです!

 だ、だって……そ、その……友達ですからっ!


「本当かな? ちょっとだけタイミング悪いなーって思ってない?」


「うっ……!」


 私の隣に腰を下ろした神無月さんがどこかからかっているような表情を向けてきました。

 ……鋭いです。鋭すぎます。


「柊さんってすぐ顔に出るからね~。来た瞬間分かっちゃったよ」


 違いました、私が分かりやすすぎただけでした。

 ……そんなに顔に出るタイプでしたか?


「……少しだけ、タイミングが悪いなーって思っちゃいましたけど……そこはお互い様です。気にしません」


「……律儀だね、柊さんは」


 何に対して? 具体性も明確な言葉も神無月さんは口にしません。

 それでも伝わってしまうのは—―――私達が共通して抱いているがあるからでしょう。


「恋は戦争ってよく言いますもんっ!」


「んー……それだとめちゃくちゃ争わなきゃいけなくなるね~」


「大人の余裕っていうことですか!?」


「柊さん……少しだけ間違った使い方してるよ?」


 おかしいですね……『恋愛戦争密着24時』という番組を見て同じ相手を好きになってしまった事態への対処法はしっかりとお勉強したのですが……。


「まぁ、柊さんが変な気を遣ってくれなくて安心したよ」


 神無月さんが唐突に私を後ろから抱きしめてきます。


「あれから、少し心配してたんだ……」


 私と神無月さんが会ったのは……互いに答えをもらってから今日が初めて。

 あの日何があったのか? 一応、連絡をとって互いに知ってはいたのですが、実際に顔を合わせたのは今日が初めてです。


 だからこそ、神無月さんは不安に思っていたのかもしれません――――私との関係が変わってしまわないか、と。


 何故なら、私達はライバルですから。

 一人の存在の隣に立つことを願っているがために。


 ですが—―――


「杞憂ですよ、神無月さん」


 背中から伝わる温もりに安心感を覚えながら、自分の正直な気持ちを吐露します。


「どんな結果になっても、私は神無月さんを友達だと思っています。そこに変わりはありません……私達はんですから、ギクシャクした関係になるのは嫌です」


「……そっかぁ」


 悔しいって思うかもしれません。

 羨ましいって思うかもしれません。

 罪悪感で押しつぶされるかもしれません。


 ですが、そういう感情でこの関係は壊したくないんです――――それぐらい、神無月さんとの関係は大好きです。

 だからこそ、私は態度を変えるつもりもありませんし嫌いになることはありません。


「聖女様だなぁ……大好き、柊さん」


「私も大好きですよ、神無月さん」


 同じ気持ちなのは嬉しいですね。

 で、ですが……あの、頬ずりはちょっとやめていただけませんか? は、恥ずかしいです……。


「柊さんって、肌すべすべ~」


「……あはは」


 ですが、どうにも抵抗できませんでした。

 どうしてでしょう? どこか私のほっぺたを突っついてくる如月さんに似ているなって思ってしまいました。

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