意外とむっつりさんなんですね
うーむ……柊に半裸を見られてしまった。
まぁ? 男だし? 最後の砦さえ露見しなければセーフなんですが? 自慢の上腕二頭筋は恥ずかしがるようなものじゃないんで別にいいんですが? 見られてもいいんですが?
……と、思いつつも。これからは身なりには気を付けなければいけないだろう。
よく考えなくても、一歩間違えれば公然わいせつ罪か普通のセクハラである。
まだ柊は親しい間柄で涙を流しながら土下座をして許しを請うたので警察に通報されずに済んだが、他の相手であれば警察に通報されてもおかしくない。
藤堂が相手であれば真顔でスタンガンを首筋に当てられていただろう。
それに—―――
「……き、きしゃらぎさんの裸……(ポッ///)」
「……」
現在、柊を家に招いて一緒に朝食を食べています。
流石にこの前みたいに膝の上ではないが、定位置となってしまった対面に行儀よく座って箸を動かしている。
しかし、時折俺の方をチラチラして時折顔を真っ赤にして時折小言を口にしている。
……柊がこうなってしまうのなら、本気で服には気を付けなくてはいけないかもしれない。
男とはいえ、流石にこうも意識されてしまえば俺とて恥ずかしい。
「なぁ、柊? そろそろ忘れてくれね?」
「わ、忘れていますよっ!」
「嘘おっしゃい」
「ほ、本当ですっ!」
顔を真っ赤にして必死に否定する柊。
本人は態度とは裏腹に頑なで強情だ。
「もう、私は如月さんの逞しい腹筋とか唸るような大腿筋とかがっしりとした上腕二頭筋なんて頭の片隅に追いやっていますっ!」
「忘れ切れてないぞー」
片隅に残ってるぞー。
「……もしかしなくてもさ、柊って意外とむっつりさん?」
「なっ!?」
柊がまたしても一気に顔を真っ赤に染めて口をパクパクとさせる。
……普通に可愛い。こう、思わず抱きしめたくなるような可愛さである。
「違いますからね!? 私は、神無月さんみたいにむっつりさんじゃないです!」
「待て、聞き捨てならない言葉が飛び出したぞ」
しまった、と。柊は慌てて口を閉ざすが時すでに遅し。
そっか……神無月ってむっつりなのか……まぁ、本人の名誉のためにも聞かなかったことにしておこう。そして忘れてあげよう。
……むっつりかぁ。
「こ、この話はお終いです! ごちそうさまでした!」
これ以上口を開くと滑ってしまうと思ったからか、柊は慌ててご飯をかきこむと食器をキッチンへと持って行った。
うーむ……見事な撤退っぷりだ。潔し、あっぱれじゃ。
(にしても、柊ってむっつりだったんだなぁ……)
ここしばらく一緒に過ごしてきたが、柊がむっつりだったとは知らなかった。
普段は明るくて、愛嬌があって、少し抜けていて、お淑やかな雰囲気を醸し出しつつも優しく可愛らしい一面がある柊。
そんな彼女が、そういう一面を持っているなんて思いもよらなかった。
(藤堂よ、これも知らない一面というやつなのかね……?)
昨日、藤堂に言われたことを思い出しながら咀嚼する。
よく噛んで食べましょう、マイポリシー。
そんな時————
「えいっ!」
不意に、背中から抱き着かれるような感触が襲い掛かってきた。
少しだけ首を振り返らせると、そこには食器を片付けた柊が抱き着いてきているのが見えた。
「……そんなに俺の体に触りたいの?」
「違いますからね!?」
てっきり、むっつりの延長線上かと……。
「私……如月さんのことが好きですから」
「っ!?」
脈絡もなく柊の口から出てきた言葉に思わず赤面してしまう。
「こ、こういう時間に如月さんにアピールしておかないといけないと……思いまして……」
「……これが、そのアピール方法だと?」
「……はい」
己の行動が徐々に恥ずかしいと認知し始めたのか、消え入りそうな声で肯定する柊。
その言葉に「積極的だなぁー」などと軽く一蹴することはできない。
それは……単純に俺も柊が好きだから。
その言葉から生まれた行動を、嬉しく思わないわけがない。
神無月も好きなこの状況、答えの先の答えを出せていない現状で下手に受け入れることはできない。
だが、受け入れられないと突っぱねるという行為は必ずしもイコールにはならず――――
「ご迷惑でしたか……?」
「……いや、そんなことはない」
宙ぶらりんのまま、停滞を余儀なくされる。
それから紡がれる言葉は双方には生まれず、ただただ俺は沈黙をもって彼女の好意と感触と温かさを噛み締めるように肌で覚えようとしてしまう。
「………」
「………」
そして—―――
ピンポーン。
「「っ!?」」
互いの肩が跳ねる。
静寂の中に現れた音が、妙な心地よさと空気を霧散させてしまう。
「す、すまんな柊……」
来客を迎えるために、俺は立ち上がる。
その時口に出てしまった謝罪の言葉は、どういう意図があったのか自分でも分からなかった。
「少し……残念ですね」
はにかみながら口にする柊を見て、再び顔が紅潮してしまう。
(……あぁ、くそっ。やっぱり好きだ)
ちょっとした彼女の表情でドキッとさせられてしまうんだ。
明確な感情の答えが出てしまった今、余計にも実感してしまう。
顔が赤くなってしまった俺は軽くキッチンで顔に冷水を浴びさせると、そのまま玄関へと向かい、その扉を開いた。
「お、おはよ……如月、くん」
すると、そこに立っていたのは艶やかな黒髪を靡かせた――――
「かん、なづき……?」
「来ちゃった……」
もう一人の、想い人の姿であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます