聖女様とお昼(2)

 なんだかんだ柊との口論が終わった後、俺たちは食堂へと向かった。


 うちの学校の食堂は、他の学校よりかは広く、人数も500人は裕に座れる。

 しかし、ここの学食のお値段は学生のお財布にとても優しく、500人以上座れると言っても、あっという間に埋まってしまうことが多い。


「あちゃー、今日は人が多いね」


「でも、何席かは空いているから座れると思うわよ」


 柊と口論したことによって、どうやら出遅れてしまったようだ。

 食堂の中は人込みで溢れかえっており、座れる席は何席かしかない。


 しかし、みんな注文し終わった後なのか、これから座ろうとしている人はおらず、何とか座れると思う。


「んじゃ、さっさと注文するか」


「そうですね」


 俺達は券売機へと向かう。

 この食堂では食券を先に買い、おばちゃんに渡して注文するというシステムになっている。


『お、おい!あれって聖女様じゃないか?』


『ほんとだ!聖女様が食堂にいるぞ!』


『しかも一緒にいるのは戦乙女だ!?』


『あぁ……今日も相変わらずお美しい……』


 俺達が券売機に向かう途中、あちらこちらからそんな声が聞こえる。


「『戦乙女』って何ですか?」


 その言葉に疑問を持った柊が、俺の隣で聞いてくる。


「あぁ、『戦乙女』っていうのは深雪の呼び名だよ」


「呼び名……ですか?」


「お前の『聖女様』と同じことだ。この学校では、何故か美少女様には呼び名をつける習慣があるらしい」


 藤堂の呼び名である『戦乙女』。

 ルックスは聖女様には若干劣るものの、藤堂は美少女様だ。

 クールビューティーな雰囲気と、すぐに暴力を振るってしまうその性格により、まるで戦場にに舞い降りた乙女を感じさせることから『戦乙女』という呼び名が付いたのだ。


 本人は頑なに否定していたけど、俺はあながち間違いないのではないかと思う。

 ……じゃなかったら、いきなり懐からスタンガンなんて取り出さないだろ?


「はぁ……私はあまりその呼び方好きじゃないのだけれど……」


 そう言って、藤堂はげんなりと肩を落とす。


「そんなことないよ深雪。僕は『戦乙女』っていう呼び名好きだな。クールで美人の深雪にぴったりだ」


「……颯太」


「……深雪」


 2人は互いに両手の指を絡ませ、至近距離で見つめ合う。

 その光景は、はたから見ればあと数秒でキスするのではないかと思うほど————けっ!


 食事前になんて甘いものを見せつけるんだ馬鹿野郎。


『……ちょっとカレーに塩が足りないな』


『おまえもか、俺もこのハンバーグが甘く感じて、塩を足そうかと思っていたんだ』


『……甘い、甘すぎるよぉ……』


 そして、その光景を見た何人かが苦しむように胸を抱え蹲っていたり、甘さをかき消すかのように塩を自らの料理に豪快に振りまいていた。


 俺は券売機で食券を買うと、おばちゃんの元に向かい————


「おばちゃん、オムライス塩増し増しで」


「あんた、オムライスに塩かけるのかい……?」


「如月さん、オムライスに塩はかけるものではないと思うのですが……」


 うるさい!

 こっちはイチャイチャ光景見せられて口の中が甘々なんだよ!


 塩でもないとやっていけるか!


「しかし、お二人とも本当に仲がいいですよね」


 食券を買っておばちゃんに渡した柊が、券売機の前でイチャついている二人をみて口にする。

 どうやら、柊はミートスパにするみたいだ。


「まぁ、中学の時から二人はあんな感じだな。……そろそろお熱い雰囲気も冷めてもいいと思うのだが」


 本当に、一年以上もあんなにラブラブできるよね?

 もうちょっと落ち着いたりしないのかね?


「ふふっ、いいではありませんか。仲がいいことは素晴らしい事ですよ?女性からすれば羨ましい限りです」


「ん?ということは、お前も羨ましいのか?」


「えぇ、私もいつか好きな人とあんな風になってみたいものです」


 柊はそんなことを口にしながら羨ましそうに二人を見つめる。


 ……そんなもんなのかね?

 俺からしたら、あそこまで人前でイチャイチャするほどお熱くはなりたくないのだが———いや、俺も初恋の子と人前でも堂々とイチャイチャしたいと思っていたっけ。


 ……今では、どうなんだろうか?

 俺はまだあの子とそういう関係になりたいと思っているのだろうか?


 俺は少し胸に手を当てて考える。

 思い出すのはあの子の笑った顔。


 その隣で一緒に笑っている自分の姿を想像すると————そうだな、俺はまだあの子とそういう関係になりたいのだと思う。


 だって、そのことを想像しただけで……胸が高鳴ってしまったのだから。


「そうだな、あの関係は少し羨ましいな」


「如月さんもそう思いますか?」


「あぁ————でも、お前だったらいつでもあんな風になれるんじゃないか?今でも告白されてるんだろ?」


「そ、それはそうなのですけど……やっぱり、自分が好きな人とあんな風になりたいと言いますか……」


 聖女様は何故か顔を赤くして俺の方をチラチラとみる。


「……ん?俺の顔に何かついているのか?」


「な、何でもありません!さ、さぁ、早く席に座ってお昼ご飯を食べてしまいましょう!」


 そう言って、慌てて空いた席へと座りに行く聖女様。

 ……お前、まだ料理できてないだろうが。


「はい、ミートスパとオムライス塩増し増し!」


「ありがとうございます」


 どうやらタイミングが悪く、柊が立ち去った瞬間に料理ができてしまったようだ。

 俺はおばちゃんから料理をもらうと、仕方ないので柊の分も持って席へと向かう。


 ……柊は何を慌てていたんだろうか?

 別に、慌てる要素もなかったと思うのだが……?


 ————それにしても、


「初恋も捨てられないなんて……女々しいな、俺も」


 一人、そんなことを呟きながら、柊が座っているテーブルまで料理を運ぶと、俺も席の隣に座る。


 未だに、見つめ合いながら愛を確かめ合っている二人を放置して、俺たちは先に飯を食べることにした。


 ……うん、オムライスに塩はやっぱり合わないな。

 すっごい、塩辛いや。


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