変わっていった気持ち

 本日の夜食はハンバーグ。

 コネコネして焼くだけの簡単な作業なので、柊でも失敗することなく簡単に作ることが出来た。


 そして、今となっては日常化してきた我が家の食卓風景。

 最近購入した座布団の上にお互い座り、向かい合うように夕食を食べている。

 食べているのだが—————


「むすぅ————」


 わざわざ口に出してまでの不機嫌アピール。

 柊は食べながら器用にほっぺを膨らませて、終始黙ったままだった。


 ……俺は何かしたのだろうか?

 下校した時からずっとこの調子なので、気に触ることでもしたのか不安になってくる。

 しかし、今日何か変わった点といえば、神無月と一緒に帰ったことぐらい。

 確かに、あの時2人の間には険悪な雰囲気が漂っていた。


(でも、今は俺しかいない状況なんだけどなぁ……)


 とりあえず、俺はテーブルに身を乗り出して柊のほっぺを指でつつく。

 すると、ぷしゅーという音を立て凹むと、再びほっぺが膨らんだ。

 再びつついてみる。そして、またまた音を立てて凹み、また膨らむ。


 何、この可愛い生き物?

 ……もう1回やってみよう。


「もうっ!いい加減やめてください!」


「おっと、悪い」


 どうやら、柊も我慢できなかったようだ。

 俺は降参のポーズをして柊の頬から手を離す。


 流石に遊びすぎてしまったようだな……ここはきちんと謝って—————


「ダメですよ、食事中は!後で私も頭をなでなでしますからね!」


「あ、怒るとこそこなんだ」


 どうやらほっぺを触ることにはお咎めないようだ。

 うぅむ……後で頭を撫でられるのか…。

 あれ、少し恥ずかしいんだよなぁ……。


「それで、さっきからどうしてそんな不機嫌なんだ?」


 柊がこちらに意識を向いてくれたので、気になっていたことを聞いてみる。


「え?私、不機嫌ではありませんよ?」


 すると、柊はきょとんとした顔で答えた。


「でも、お前さっきからほっぺを膨らませて不機嫌そうにしていただろ?」


「あ、あぁ……いえ、ただ考え事をしていただけなのですが……」


 柊は考え事の時でもほっぺを膨らませるのか。

 今時そんなやつ見たことないぞ。


 しかし、彼女がここまでずっと考えていることとは一体何なのだろうか?

 ……何か、悩み事でもあるかもしれない。

 この前、支えてあげるって決めたばかりだもんな。


「俺でよければ相談に乗るぞ?」


「……ふぇ?」


 俺がそう言うと、柊は何故か驚いた顔をした。


「1人で考えるより2人の方がいいだろ?別に、言いたくなければ聞かないが……」


「い、いえ!そんな重たい話じゃないですよ!?少し気になることがあると言いますか……」


「気になること?」


「はい……」


 勉強のことか何かだろうか?

 いや、それだと帰りから不機嫌だった理由が分からんしな……。

 しかも、何やら異様に神無月と張り合っていたし…。


 うぅむ……分からん。


「あの……お聞きしたいことがあるのですが…」


「ん?……俺?」


 すると柊はゆっくりと頷いた。

 ……どうやら、柊が考え事をしていた原因は俺だったようだ。


「如月さんは、神無月さんとどういった関係なのでしょうか?」


「俺と神無月?」


「はい……随分と仲が良いように見えましたので」


「……関係、ねぇ」


 俺と神無月の関係……。

 今にして思えば、俺達はどういったものなのだろうか?


 一方的に俺が片思いしているだけであって、実際には恋人とかそんな関係ではない。

 かといって、友達というのも何か違うような気がする。


「中学時代の……知り合いかな」


「そ、そうですか……」


 多分、今の俺と神無月はそんな関係なんだと思う。

 深い訳でもなく、浅いわけでもない。


 片思いしているといっても、それは俺だけ。

 片方の感情では関係が深まることも無い。


「まぁ、その程度だ。中学時代はよく話していたが、高校入ってからはあまり話さなかったよ。けど、何故か最近は話すようになったな……」


「どうしてですか……?」


「それは俺にも分からん。前はたまたま会っただけだが、今回ばかりは謎だ」


 本当に、どうして今更近づいてきたのかねぇ……。

 別に嫌って訳じゃない。むしろ嬉しいとも感じている。


 けど—————


(あの時、どうして俺はあそこまでドキドキしなかったんだ?)


 ちょっと前までは、神無月の事を思い出すだけで胸を高鳴らせていたというのに、今日腕に抱きつかれた時はそこまでは感じなかった。


 でも、「今も彼女のことが好きか?」と聞かれれば、間違いなく「はい」と答えれる。


「という訳だ。あやふやな解答で申し訳ないが……」


「い、いえっ!大丈夫です!………そうですか、だったら私にもまだ可能性はありますね」


「ん?何か言ったか?」


「な、何でもありませんよ!さ、さぁ!早く食べてしまいましょうっ!」


 最後の方がいまいち聞き取れなかったが、何でもないと言うのならこれ以上は聞く必要は無いだろう。


 ……でも、どこで俺の気持ちは変わっていったんだろうか?

 前までは「はい」と自信をもって言えたのに、今では言葉に詰まってしまう。


「如月さん」


「……ん?」


「美味しいですね!」


 柊の、爽やかな笑顔が俺の瞳に映る。

 その表情を見ると、俺は胸の中が暖かくなっていくのを感じた。


 あぁ……きっと彼女と関わり始めてからだろう。

 時間こそは短いものの、彼女と一緒にいることで確実に俺の心は変わってしまった。


「……そうだな」



 少なくともこの心境の変化は悪くない。



 俺はこの時、そう思ってしまった。

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