夏祭りでの二人

 抱き枕にどこまで需要があるのか分からない。

 でも、彼女の瞳に映るメラメラとした炎を見れば、余程手に入れたいものなのだということが伝わってくる。


 しかしなんだろう?

 そこまで熱血感溢れるシチュエーションではないような気がする。


「さぁ、勝ち取ります抱き枕!いざ求めんあの抱き心地です!」


 そう言って、胸を張り射的の屋台の前でズトンと立ち構える柊。


「……嬢ちゃん、やるかい?」


「もちろんです!」


 屋台の店員に促され、大きく頷く。


「なぁ?俺は射的の景品に抱き枕があることをツッコんた方がいいのか?それとも抱き枕を欲しがる柊にツッコめばいいのか?」


「とりあえず、邪魔しないようにツッコまない方がいいと思うよ」


「しかしだなぁ……」


 この光景がおかしいと思うのは俺だけなのだろうか?


 射的の一番上の棚いっぱいを占拠する抱き枕。

『これでいい夢心地♪あなたも、想い人に抱き着いてみてはいかが?』という奇妙なパッケージが、違和感を倍増させている。


「柊……お前、あの抱き枕欲しいのか?」


「もちろんです!」


「そ、そうか……」


 力強い肯定に、俺は思わずたじろいでしまう。

 そ、そこまで柊が抱き枕を欲しがるなんて、一体どんな理由が————


「最近、神無月さんが抱き枕を買ったという話を聞いてずっと欲しかったんです!」


「……そうなの?」


「……好きな人が出来たら、自然と欲しがるものだから」


 そう言って、気まずそうに顔を逸らす神無月。

 好きな人————というワードを聞いて少し昨日の事を意識してしまったが、それより抱き枕が気になってしまった。


 何?好きな人が出来たら抱き枕欲しくなっちゃうの?

 知らなかったその乙女心。知りたくなかったその乙女心。


「すみません!これで一回お願いします!」


 そう言って、柊はバン!と百円玉を勢いよく叩きつける。

 気合の入りようがいつもと違うので、俺は少し反応に困ってしまった。


「……あいよ、一回ね」


 そして、イカつい店員は射的玉を5発柊に渡す。

 随分と軽いコルクなのだが……果たして落とせるのだろうか?


 ぶっちゃけ、あれだけ大きかったら簡単に落ちそうにな「やりました!抱き枕ゲットです!」くはないんだな。世の中、物理現象って宛にならないものだ。


 柊が一発撃つと、そのまま抱き枕に当たり、そのまま地面に落下。

 柊は飛び跳ねるように喜んでいた。


「……すごいな嬢ちゃん」


「むふんです!気合の勝利なのです!」


 そう言って、柊は鼻息を荒らして胸を張る。

 浴衣だからなのだろうか?あまり胸が強調されていない。強調されていない強調して欲しい。

 ……少しばかりショックです。


「抱き枕ゲットおめでと~!」


「ありがとうございます!これで私も気持ちよく寝れそうです!」


 いや?喜ぶのはいいんだけど、それをどうするつもりなの?

 そのまま持って夏祭りを回るの?恥ずかしくないの?


 というもっともらしい疑問は、とりあえず言わないでおくことにした。



 ♦♦♦



 柊の抱き枕は夏祭りの案内所で一時的に預けることにした。

 そんな体のいいサービスがあったことに驚きだが、これで一緒にいる俺達が恥ずかしい思いをしなくて済んだ。


 だから俺達は打ち上げ花火が上がるまでの間、一通りの屋台を見て回った。

 焼きそば、イチゴ飴、金魚すくいにポテトフライにヨーヨー釣りに綿あめなどなど。

 彼女達に引かれる手につられて、自然と笑みが零れる夏祭りを楽しんだ。


 ということで小休憩。

 俺達は屋台の通りから離れたベンチで少し休んでいた。

 買った食べ物をゆっくりと、雑談を交えながら沈む夕日を眺めながら————


「如月さん、これいかがですか?」


「はい、あーんだよ如月くん」


 ————彼女達から差し出される夏祭りの名物である焼きそばを食べていた。


「あの……あのですね?俺も一人で食べれると言いますか————」


「ふぅん?私の気持ちを知っているのにそんなこと言うんだぁ~?こう見えて、私……結構積極的なんだよ?」


 そう言って、彼女は己が腕にその体を密着させる。

 ……いや、何となく予想はついてたんだけどね?今までの行動を見てきたら積極的だなーって言うのはなんとなく。


「如月さん?食べていただけないのですか?」


「この状況を見てもまだ食べさせようとしてきますか……」


「もちろんんです♪と言いつつも、どうせ察しているのでしょう?————今は楽しませてくださいね」


 柊は、意味深な言葉を投げかけて、そのまま俺の口へと焼きそばを運んでくる。


 ……まぁ、ここまで来れば察するし、神無月の行動に茶々入れない時点でおかしいなって思ったけどさ。

 露骨すぎない?俺、どういう反応すればいいのよ?


(あぁ……もう、顔が熱いったらありゃしない)


 必死に堪えているのはいいものの、そこはかとなく顔が熱い。

 それもそうだ。こんな魅力的な美少女に囲まれて意識しないはずがない。


 きっと、うらやまけしからん光景なのだと思うが、今回ばかりは許して欲しい。

 ……いや、でもやっぱり嬉しいな。うん。


「如月さん♪」


「如月くん!」


 眼前に迫る二人の箸に、俺は恥ずかしさと、少しばかりの幸福感が込み上げてきた。

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