聖女様にお掃除してもらいました

「ごちそうさまでした」


「お粗末様」


 ────それからしばらくして。

 柊は用意したカレーを綺麗に平らげると、満足したかのようにお腹をさすった。


「本当に、今日はありがとうございました」


 そう言って、柊は頭を下げる。


「別にいいよ、気にすんな」


「あ、あの……これ、今日のお食事代といいますか…」


 柊はおもむろに財布から一万円札を取り出す。

 諭吉諭吉♪ 俺の料理は一万円の価値……って、多いわ!

 一回の食事で一万円使うほどの料理じゃないって!?


「お金はいらんわ! ……というか、一万円なんて気軽に出すなよ? 取られたりしたらどうするつもりなんだ」


「すみません……」


 俺が軽く注意すると、柊はあからさまにしょんぼりしてしまう。

 ……やばい、ちょっと注意しただけなのに、柊を見てたら罪悪感が。


「で、でしたら! 何かお礼させてください!」


「一回飯食べさせたあげたぐらいで大げさだぞ?」


「そんなことありません!」


 柊は俺に顔をグッと近づける。

 ……近いんですけど? 顔めっちゃ近いんですけど?


 聖女様の整った顔が目の前にある。

 桜色の唇に透き通った瞳が、俺の視線を誘導してしまう。


 い、いかんっ! すっごい意識してしまう!


「ひ、柊さんや……顔がお近いのでは……?」


「ふぇ? ────ッ!? す、すみませんっ!」


 自分の行動に気が付いたのか、顔を真っ赤にさせ慌てて離れる。

 そして、柊はまたしても俯いてしまった。


(こいつ、今の状況分かってんのか?)


 年頃の男子と狭いこの部屋で二人っきり。

 何か間違いが起きないように普通は警戒するものではないだろうか?

 それなのに、今の彼女は————あまりに隙が多すぎる。


 ……信用してくれているのかね?


 関わりを持って時間はあまりたっていないが、何故か彼女からはそんな雰囲気を感じてしまう。


「で、では……せめて、このお部屋のお掃除だけさせてください」


 頬を赤らめた柊は、俺の部屋を見てそう言った。


 衣類は散らばっており、読みかけの本も本棚ではなくベットの上。ゴミはゴミ箱に山盛りの状態で放置してある我が部屋。

 ……今思えば、よくこんな部屋に女の子を入れたよな。


「いいよ、後でやっておくから」


 俺は柊に手を振りながら答える。

 まぁ、と言っても、やるといいつつ実際には後回しにするんだろうなぁ。

 俺は掃除が大の苦手で、どうしてもめんどくさくて手を出そうとは思わないのだ。

 ……どうやったらきれいになるのかも分からないし。


「ダメです! どうせ如月さんはめんどくさがって後回しするに決まってます! こんな清潔ではない部屋にいたら病気になってしまいます!」


 ……よくご存じで。

 どうして分かったのだろうか? 俺って、顔に出やすいタイプなのだろうか?


「はぁ……分かったよ。じゃあ、よろしく頼む」


 柊の必死な態度に俺はため息をつき、しぶしぶ折れることにした。


「はいっ!」


 俺が了承すると、柊はとてもうれしそうに微笑む。


 まさか、この俺が女の子に部屋の掃除をしてもらうことになるとは。

 ……変なもの置いていないよね? 見られてもいいものしか持ってないはずだよね?


 まぁ、そこまで本気で柊も掃除しないだろうし、大丈夫だろう。


(あいつって、確か冷蔵庫の中にも何もないって言ってたよな?)


 折角だから、柊が掃除をしている間に今日の残りのカレーとご飯をタッパに入れておくか。

 ……そしたら、少なくとも明日の朝ご飯は大丈夫だろう。


 そんなことを思いながら、俺は部屋の掃除を始めた柊の邪魔にならないようにキッチンに向かった。



 ♦♦♦



「どうですか如月さん!」


「……いや、大変すばらしいと思います」


 三十分後。

 キッチンで皿を洗っていたり、柊の朝飯を作っていると柊から掃除完了の報告を受けた。

 そして、我が部屋を覗いてみたら————なんということでしょう。


 脱ぎっぱなしにしていた服は綺麗にタンスの中、読みかけの本も綺麗に本棚に収納され、ゴミもしかっり分けられた状態で縛られている。

 そして、床や窓淵には埃一つなんてなく、入居当時の状態みたいになっていた。


 俺の部屋が大改造〇的ビフォーアフターになっちょる。


「柊って……本当に掃除得意なんだな……」


「人として当然のスキルです!」


 そして、胸を張って誇らしげにする柊。

 ……うむ、強調される胸が大変すばらしい。


「まぁ、女の子として当然のスキルが抜けてるがな」


「うっ…! そ、それは言わないでください……」


 しかし、この掃除のスキルは本当にすごいと思う。

 わずか三十分でここまで俺の部屋がきれいになるとは思っていなかった。


「なんか……ありがとう」


「いえ、これは今日のお礼ですので」


「そっか……」


 俺は小さくほほ笑んだ聖女様を見て思わず声が漏れる。


「あ、そうだ────これ」


 そう言って、俺はカレーとご飯が入っているタッパを渡す。


「お前、家に何もないって言ってたろ? これ、明日の朝飯にでもしてくれ」


「そ、そんないただけません! 夜ご飯を食べさせてもらった挙句に、ここまでしてもらうなんて!」


 しかし、柊は両手を振って受け取ろうとしない。

 けど、俺はそんな柊を無視して無理矢理タッパを渡す。


「正直ここまできれいにしてもらえるとは思ってなかったんだ。これくらいさせてくれ」


「で、ですが————」


「いいからいいから」


 俺が強く言うと、柊はしぶしぶ納得してくれ、タッパを受け取ってくれた。


「ありがとうございます」


「ッ!?」


 お礼を言いながらほほ笑んだ柊に思わずドキッとしてしまう。


 ……どうして、こいつを見ていると顔が熱くなってしまうのだろうか?


「今日は遅いし、もう帰れ。あまり男の家に長居するものでもないだろ」


「ふふっ、そうですね。では私はお暇しましょうか」


 俺は熱くなった顔をごまかしながら、顔を逸らす。

 そして、タッパを受け取った柊は帰る為に玄関へと向かった。


「如月さん、またお部屋が汚かったらお掃除しに来ますからね」


「……そうならないように、努力するよ」


 そして、俺に小さく一礼した柊は玄関の扉を開ける。


「あ、それと────」


 すると、何かを思い出したのか、玄関を開けたまま俺の方を振り向いた。


「今日はありがとうございました。……やっぱり、如月さんは優しいですね」


「……そうかよ」


「えぇ……では」


 そう言い残し、柊は今度こそと、玄関の扉をくぐり帰っていった。


 ———しかし、何故か俺の足は帰っていった柊の方へと向かって行く。


「お、おい柊!」


 玄関を開き、帰ろうとした柊を呼び止める。


「どうかしましたか?」


 俺の行動に、柊は小さく首を傾げた。


「そ、そのだな……また、飯に困ったら、食べに来い。……食べさせてやるから」


「……はいっ!」


 俺の言葉を聞くと、嬉しそうにほほ笑んだ聖女様は今度こそ本当に自分の部屋へと戻っていった。


 その後ろ姿を見て、俺は玄関前で呆然と立ち尽くす。


 どうして、俺は柊を追いかけていったのか?

 どうして、また食べに来いと言ってしまったのか?

 今日初めて関わり始めた柊に、俺はどうしてこんな行動をしてしまったのか?


「何やってるんだよ……俺」


 関わりたくないと思っていたはずなのに、自分から関わろうとしてしまったのか?

 ……自分の中でも、よく分からなかった。


 彼女の嬉しそうな顔。

 それを思いだすだけで、俺の体と口は勝手に動いてしまった。


「……今日は、いろんなことがあったな」


 少しの疲れを感じながら、俺は我が家へと戻った。



 この彼女に対する気持ちは一体何なのか?

 その答えは、考えても分からなかった。

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