聖女様との帰宅(2)

「ふふっ、そうなんですね。桜木さんと藤堂さんは中学の時から仲がよろしかったんですね」


「まぁな」


 俺達の間に他愛のない会話が続く。

 学校からかなり歩いてきたが、意外にも柊との会話が楽しかった。

 始めは、何を企んでいるかを探り探りしていたのだが、話しているうちに会話が弾み、俺の中の警戒心が薄れていった。

 ……これが聖女パワーなのだろうか?


「あいつらには本当に苦労させられてきたよ」


「そう言っても、桜木さん達と一緒にいる如月さんはいつも楽しそうですよ」


「そうか?」


 そうなのだろうか?


 中学の時から一緒にいるからよくわからんな。

 それに、あいつらと一緒にいると、リア充オーラに吐き気がするし、藤堂にはすぐ暴力を振るわれるし、颯太は天然なのか、いつも些細な発言で俺を死の淵まで追いやるし————本当に楽しいか?


「そうですよ……本当に、羨ましいです」


 そう言った柊の表情は、羨ましそうに見えて———どこか陰りがあるように見えた。


 ……俺の勘違いなのだろうか?


 こいつも一人の女の子。

 いつも周りに「聖女様、聖女様」言われて同じような笑みしかしないやつだ。

 どこか、彼女の中にストレスがあるのかもしれない。


(まぁ、俺には関係ないが……)


 冷たい男、そう思われるのかもしれない。

 けど、柊とまともに関わったのは今日が初めてだ。


 俺と彼女との間には特別な関係があるわけでもないし、特段仲のいいわけでもない。

 柊の抱えている闇に付き合ってやる義理なんてないのだ。


 そんなことを考えながら、俺たちは歩みを進める。

 すると、そろそろ我が家の近くまでやってきてしまった。


 だから、柊と一緒に帰るのもここまで。

 ……特別、何か分かったわけでもなかったなぁ。


「じゃあ、俺こっちだから」


 そう言って、俺は曲がり角を指さして別れようとする。


「あ、私もこっちです」


「そ、そうか……」


 聖女様も同じ方向なのか、俺の横にひょんと並ぶ。

 ……案外、柊の家って俺の家の近くだったんだなぁ。

 そんなことを思いながら、俺たちは再び歩き始める。


「俺、こっちだけど……」


「私も同じですね」


「「………」」


「じゃあ、また明日────」


「……私もそっちです」


「「………」」


「俺────」


「一緒です……」


「「………」」


 そんなやり取りが続いて────


「俺、このアパートなんだけど……」


「……私もこのアパートです」


 とうとう愛しの我が家までたどり着いてしまった。


 築11年、一部屋1Kの3階建て一人暮らし専用のアパート。

 その二階の一部屋が、俺の住んでいる部屋だ。


 俺は確認するように恐る恐る集合ポストを見る。

 そこには『柊 ステラ』と分かりやすく303号室のポストに書かれていた。


「もしかして……同じアパートなの?」


「そ、そのようですね……」


 聖女様も、驚いているのか呆然と集合ポストを見ていた。


 え? ちょっと待って?

 全然気づかなかったんですけど?


 ここに住み始めてはや一か月。

 集合ポストに堂々と名前が書いてあったのに、全く気づかなかったわ!

 しかも、一回も聖女様と出会ったことすらなかった!


「……お前、一人暮らしだったんだな」


「……如月さんこそ、一人暮らしだったんですね」


 衝撃の事実に、お互いしばらく呆けてしまう。


「というか、柊って一人暮らしできんの? 大丈夫?ちゃんと生活できてる?」


「ば、馬鹿にしないでください! 私だって、一人暮らしくらいできますっ!」


 聖女様は、胸を張って俺に抗議する。

 しかし、胸を張ったことにより女子高生らしい発育した胸が強調────ごほんっ! なんでもないぞ?


「私も立派なレディーです! 掃除と洗濯できます!」


「ほぅ……掃除と洗濯できるんだな?」


「えぇ!」


 そっかそっかー。ちゃんと一人暮らししてるんだなぁ。

 これなら、親御さんも一人暮らしさせても安心————なのかねぇ?


「掃除」


「できます!」


「洗濯」


「完璧です!」


「料理」


「……」


 急に黙ってしまった、可愛いらしい我がクラスの聖女様。

 どうやら……一人暮らしには欠かせないものができないらしい。


「そっか、我がクラスの聖女様は料理できないんだぁ~(ニヤニヤ)」


「で、できますよ! お湯くらいちゃんと沸かせます!」


 それって、もうカップ麺しか作れないじゃねぇか。

 そんなに可愛らしく頬を膨らませてなくても大丈夫ですよ聖女様。

 人は誰しも得意不得意まりますもんねー。プークスクスクス!


「そういう如月さんこそどうなんですか!」


「ん、俺か?俺はお前と違って料理できるぞ」


「料理……ですか」


 そう言って、柊は何故か俺の事をジト目で見つめてくる。


 いやぁん、やめて下さいよ。そんなに見つめられたら照れちゃうじゃないか。


「掃除と洗濯はできるんですか?」


「……」


「掃除と洗濯は?」


「……」


「掃除と洗濯?」


「……できません」


 俺は顔をグッと近づけて聞いてくる柊に顔を逸らしてしまう。


 だって仕方ないじゃん! 苦手なものは苦手なんですもん!

 何!? 掃除と洗濯できない事ってそんなに悪い事なの!?

 ……人って、誰しも得意不得意あるよね。


「……はぁ、お互い見事に得意不得意が別れましたね」


「……そうだな」


 俺達は互いに肩を落とす。何で俺たちはアパートの前でこんなやり取りをしているのだろう?


「とりあえず、さっさと帰るか」


「そうですね」


 俺達は若干疲れたものの、アパートの階段を上がっていく。


「じゃ、俺はここだから」


 二階まで上がると、俺は柊に一声かけ、自分の部屋に向かう。


「あ、あの!」


 すると、後ろから柊に声をかけられる。俺は後ろを振り向くと、聖女様は顔を赤くして恥ずかしそうに俯いていた。


「きょ、今日は楽しかったです……ま、また明日……です」


 そう言い残すと、柊は階段を駆け上がり立ち去ってしまった。


「楽しかった……ねぇ?」


 俺はその姿を見送ると、再び自分の部屋へと向かう。

 楽しかった。それは、今日の俺も感じていたこと。


 何故、そう感じてしまったのか? 俺は、あいつの張り付いた表情が嫌で、関わりたくなかったのではなかったのか?


「……いや、違うな」


 少なくとも、今日の柊はそんな顔を俺に向けてこなかった。

 聖女様としてではなく、一人の女の子の柊ステラとして接してくれていたような気がする。


 ……だから、俺も楽しかったのだろうか?

 それに————


「……どうして、あいつの顔が離れないんだ?」


 今までには感じたことのない気持ち。

 俺はその気持ちを不思議に思いながら、自分の部屋へと入っていった。



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