神無月沙耶香と、如月真中

 我が家での晩餐は意外にも長く続いた。

 17時ぐらいから食べ始めたのに、気がつけば20時を回っている。


 それも、和気藹々とした団欒が長く続き、その後に軽くゲームをして遊んだからだろう。

 まぁ、柊が負け続けて少し不貞腐れていたが、それでも楽しかった。


 しかし、流石にもうそろそろ帰らないといけない。

 保護者もいない我が家では何かと心配される。


 柊は親とは関係を離しているから問題ないが、神無月に至ってはちゃんとご両親がいる。

 まだ帰ってきていないとの事だったのだが、早く家に帰って損は無いだろう。


 ーーーーという事で、神無月は帰宅。

 女の子を一人で帰らせる訳にもいかないという事で、俺も一緒に神無月の家の帰路についていた。


「今日はありがとね、如月くん!」


「気にするな。また食べに来いよ。家は何時でも大歓迎だからさ」


「うんっ!」


 互いの顔を見合わせることなく、薄暗い夜道を歩いていく。

 街灯がかろうじて視界を遮ってはいないが、少しだけ危ないかもしれない。


「柊さんも上達したね!……この前まで凄かったから」


 それはいつぞやの我が家に遊びに来た時の話だろう。

 確かに、あの時はまだ柊は神無月が驚く程の腕前だったからなぁ……別の意味で。


「ふむふむ……きっと教える人材が良かったのだろう」


 冗談を踏まえ、軽く話を返す。

 本当のところは柊の努力の賜物だというのに。


「うんうん、教える人が上手かったんだよね〜」


「おいおい、今のはツッコミを待ってたんだが? 肯定されたら俺が自慢してるみたいじゃないの」


「ごめんごめん!」


 クスクスと楽しそうに小さく笑う。

 たわいのない会話の一幕に見せるそう言った表情が、彼女はとても可愛く見える。

 ……美少女と一緒に歩くのも楽じゃないのかもな。


 俺の赤くなった頬は神無月に見られていないだろうか?

 街灯よ、しばらく消えていて欲しい。


「そう言えば、如月くんが私の家に来るのって久しぶりじゃないかな?」


「……ん? そうだったっけ?」


 神無月の質問に少しだけ思考を巡らせる。


 ……あぁ、そう言えば一回だけ行った事があるな。

 その時も、今回と同じように神無月を送るような形でーーーー


「あの時は、色々あったから家に送ったっていう印象が薄れてたわ」


「ふふっ、何それ」


 神無月は笑っているが、俺にとっては至って真面目な話。

 ……あの時は、本当に色んな事があったから。


 初恋が幻想だと気づき、打ちひしがれ、立ち直らせてもらい、神無月が襲われているところを皆で助けて、初恋相手と向き合ってーーーーほら?いっぱいあるじゃん。


「私は、あの日の事は鮮明に覚えてるよ……あの日が、多分私の人生の中で一番の起点だったから」


 神無月は感慨深そうに遠くを見やる。

 そして、本当にさりげなく……俺の手を握ってきた。


「ねぇ、如月くん?」


「……どうした?」


 さりげなく繋がれた手にドキドキしながらも、俺は平静に言葉を返す。



「私って、今笑ってる?」



「…………」


 その質問は、一体どういう意図があるのか?

 意味は分からないけど、その答えは今の彼女の表情を見れば一発でわかる。


 楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうにーーーー色んな色を込めて……笑っているからだ。


「あぁ……笑っているぞ?」


「うんうん、私もそう思うよ!」


 だったら何故質問をしてきたのだろうか?

 ……分からない。だけど、その先の言葉は決して悪くないものであろうとーーーー何となく感じた。


「今、私がこうして笑えているのも如月くんのおかげなんだよ!」


 月明かり何て神秘的なものでは無い。

 でも、街灯というありふれた光に照らされている彼女のその姿が、そこはかとなく綺麗に見えた。


「貼り付けた笑顔なんかじゃなくて、心の底から出てくる笑顔……多分、今の私はそんなものだと思うんだ」


 愛想を振りまいていた頃の彼女は、己が己を偽っていたと聞いた。

 さすれば、そこから現れる彼女の表情もーーーー偽物だったのだろう。


 だけど今は違う。

 あの頃とは全く違うのだとーーーーそう言っている。


 ……俺も、今の彼女は昔とは違う魅力的な笑顔だと、そう思う。


「それもこれも全部如月くんのおかげーーーー大袈裟なんかじゃなくて、本当の話。……ありがと」


「俺も、神無月には感謝してるよ……」


 一緒にいると笑顔にさせらられる。

 それに、あの時の初恋の味を教えてくれてーーーー本当に感謝している。

 大好きだと言ってくれて……感謝しているんだ。


「うん……」


 そう首肯し、しばらくの沈黙が二人に訪れる。

 足も立ち止まり、無音の場が作り出される。


 夏の夜空は何故かいつもより綺麗に感じる。

 それはどうしてか分からないけど……綺麗だった。


 そしてーーーー


「ねぇ……如月くん」


「…………」




「何か、言いたい事あるでしょ?」



「大丈夫、私は大丈夫だから……」



「如月くんの出した答えなら受け止めるよ……?」




 静まり返った夜道に、答えを出す時が来た。






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