問に対する解答

「俺さ、中学の時に初めて恋をしたんだ」


 時間もしばらく経ち、辺りは夕暮れの面影もない。

 薄暗い街灯と、家の明かりが本格的に目立ち始めてしまった。


 そんな道で俺は真っ直ぐと神無月を見据えて言葉を紡ぐ。


「一目惚れだった……声をかけられて、徐々に話し始めて、魅力に惹かれていったんだ……」


 懐かしい中学の時。

 あの初恋が、俺にとっては全てだった。

 中学時代を駆け抜ける最大の理由だったんだ。


「だけど、その子には彼氏ができた。俺ではない誰かに……。その瞬間、俺の心は沈んだよ。未練タラタラで、立ち直れない状況が高校に入学してまで続いた」


 初恋が忘れらない。

 どう足掻こうが、色んな女の子と接しようが、忘れられなかった。

 それほどまでにーーーー好きだったんだ。


「けど、高校に入学して色んなことがあった。新しい環境になり、一人暮らしをして、柊に出会って、そしてーーーー神無月と再び出会った」


 柊との噂が広まり、その解決に翻弄していた時、あの空き教室で出会ったんだ。

 多分そこからだろう。止まっていた俺の初恋が再び動き始めたのは。


 だけどーーーー


「そこで、神無月の本心を聞いた。知りもしなかった神無月の顔を見た。そして、打ちひしがれてしまった……」


 弄ばれていたと知って、俺の事を玩具としか見ていなかったって聞いて、ドン底に沈んだような気分になった。

 深い海水に身を投げ出し、冷たい心と一緒に流されていくような感覚。


 そんな時に立ち直らせてくれたのが、柊だった。

 そして前を向き、立ち上がり、前に踏み出せることが出来た。


「だけどさ……神無月ともう一度話してさ、神無月にも色々あったんだなって思って……俺は、ただ『ちゃんと見ていなかっただけ』なんだって自覚したよ」


「………」


 俺の気持ちに対して、神無月は喋らない。

 言葉など必要なく、ただただ俺の話を聞いてくれている。


「あの初恋のような気持ちはない。神無月の事が昔のまま好きでいられたかーーーーそう聞かれると、俺は違うって答える」


 あぁ……喉が震える。

 水が欲しい。この気持ちを飲み込めるような水が。


 だけど、今この場、状況に水なんかない。

 ならば、このまま伝えるしかないのだ。


「優しくて、明るくて、料理ができて、友達想いで、しっかりと過去の過ちを認められるーーーー素晴らしい女の子なんだって……俺は気づいた。それからの神無月と過ごして、俺はそう感じたんだ」


 心臓の鼓動がうるさい。

 先程から息遣いが荒い。

 暑いわけでもないのに汗が止まらない。


「この気持ちが分からなかった。あの時と違って、俺は明確な答えが出せなかった。……だけど、気づいたんだ。俺は神無月の事をどう思っているのかって」


 さぁ、答えを出そう。

 背中を押されて、自分では出せなかったその答えを。


「神無月……俺はーーーー」


 プロローグとは違うーーーー


 最低最悪な答えを。





「お前が好きだ」





 この一言を紡ぐのに、どれだけの時間がかかったのだろうか。

 ゆっくりなように感じるが、実際には短いのかもしれない。

 重すぎるこの言葉を運ぶのに、長い道のりを歩いたような気分だ。


「…………」


 神無月はそれでも言葉を紡がない。

 黙って下を向き、俯いたまま俺の言葉に耳を傾けていた。


 でも、伝えないと。

 俺の答えは、これじゃないのだから。


「ごめん……だけど俺は、お前と付き合えない」


 分からぬ顔を見ず、俺は深々と頭を下げる。


「俺、お前だけじゃなくて柊の事も好きになってしまったんだ。二人の人を、同時に好きになってしまった」


 言葉が震えそうになる。


 今の俺の言葉は最低だ。

 二人の人を同時に好きになってしまうと言う不誠実なものだ。


「これがお前の答えに対するーーーー最低な俺の答えだ」


 果たして、この答えは言ってしまってよかったのだろうか?

 答えは出さなければいけないーーーーそれでも、この答えは違うと分かっている。


 二人を傷つけてしまうだろう。

 彼女達は真っ直ぐに気持ちを……問題を提示してくれたのに、俺は正解がない問題に対して誤った答えを出してしまった。


(だけど、これは嘘偽りのない俺の本心なんだ……)


 想いをぶつけて来てくれた彼女達に対して俺ができるのは本心を伝えることだけ。

 それがどんなに最低最悪なものだとしてもーーーー


「怒ってくれて構わない……貶してくれても構わない……だから、ごめん」


 謝るのは間違っているのかもしれない。

 それでも、彼女の望む答えを出せなかったこと、付き合えないということ、最低な答えを出してしまったことーーーーその全てを、謝りたかった。


 頭を下げながら、ゆっくりと神無月の反応を待った。

 その時間はとても長く感じる。


 そしてーーーー


「ふふっ……アハハハハハハハハハッ!!!」


 神無月は、顔を上げて大きく笑った。

 愉快そうに、嬉しそうに、それでいてーーーーその顔に涙を浮かべて。


 その事に、俺は頭が真っ白になってしまう。

 ……理解が、追いつかなかった。


 最低最悪な答えを出した俺の言葉に対してーーーー何故笑っただろうか?


「かん……なづき…?」


「あははぁ……っ!あー、ごめんね如月くん!」


 疑問符を浮かべる俺に対し、神無月は涙を拭いながら俺を見やる。


「如月くんーーーー」












「ありがと!それは私にとって嬉しい答えだよっ!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る