聖女様と夏休みを過ごすことになりました

「〜〜♪」


「……」


 結論から言う。

 何故か柊が上機嫌だ。


 ファミレスから帰ってきて、いつも通り柊のお料理教室、そして今は食卓を囲んで一緒にご飯を食べているのだがーーーー


「〜〜♪」


 終始ご機嫌なのである。

 帰り道も、料理作っている最中も、ご飯を食べている時も、ずーっと鼻歌を歌いながら小刻みに体を揺らしている。


「〜〜♪」


 ……赤点回避がそんなに嬉しいのかね?

 いや、まぁ……可愛いんだけどね?小動物みたいでかまってあげたくなるような可愛さを醸し出しているんだけどね?


 ……すっげぇ、俺が落ち着かないんだよ。


「……柊さんや?」


「何ですか、如月さん♪」


 見てこの笑顔。

 ちょっと話しかけただけでこの眩しすぎる笑み。

 俺は初めて人を見ててサングラスが欲しいって思ってしまいましたよ。


「……どしてそこまで機嫌がいいの?まぁ、赤点じゃなかったのは喜ばしいことなんだけどね?」


「それは決まっているじゃないですかーーーー」


 そして、柊は箸を茶碗の上に置くと、本当に嬉しそうに口を開く。


「如月さんとデートできるからですよ」


「ッ!?」


 俺はその言葉を聞いて思わずドキッとしてしまう。

 そういえば、そんな約束もしていたような気がするのだが……。

 こ、こんな真正面からそう言われてしまうと……意識してしまうじゃないか。


「そ、そんなにか……」


「はい♪そんなにです♪」


 柊は俺に向かって弾んだ声でそう言うと、再びご飯を食べ始めた。


 ……あぁ、くそっ。顔が熱い。

 多分、今の俺の顔はトマトみたいに真っ赤ではないかと思う。

 鏡こそ見てないものの、俺は顔に熱が溜まっていくのを感じる。


 柊って、こんなにもストレートに言う奴だったか……?

 いやさ、今までは「勘違いかなー」とか「柊みたいな奴がそんな……」っ思ってきたけど、流石の俺でも今の柊の態度を見て勘づいてしまうものはある。


 本人の口から言われた訳でもない、他人越しから聞いた訳でもない。

 それでも、彼女の態度から色々察せれる部分がーーーー


「どうしたんですか如月さん? お顔が真っ赤ですけど………」


「な、なんでもないぞ!」


 俺は柊から顔を逸らすと、誤魔化すようにご飯を頬張った。


(い、今は考えるのはやめよう……)


 これ以上考えてしまったら、頭がおかしくなりそうだ。

 このことは柊のいない所で、一人で考えるに尽きる。


 しかし、今度颯太に相談してみるのもーーーーでも、俺の勘違いだったら恥ずかしいし……いや……だがなぁ……。


(いかんこれ以上はド壺な気がする……この話はやめよう)


「そ、そういえば、柊は夏休みどうするんだ?」


 俺は平静を装いながら、頭の中の話題を変える為に柊に話を振る。


「そうですね……お邪魔じゃなければ、私は如月さんと一緒にいたいですね。実家に帰りたくないですし、如月さんと夏休みを過ごしたいです」


「がはっ!?」


 そのセリフを聞いて、思わず口から血が飛び出てしまう。


「だ、大丈夫ですか如月さん!?口から血が出てますよ!?」


 柊が心配そうに俺の近くに寄る。


「だ、大丈夫だ……ちょっと持病のヘルニアが再発しただけだ……」


「ヘルニアって腰でしたよね!?」


 俺は心配すんなと手で制し、吐血した後を手で拭う。


 な、なん恐ろしい発言をするんだこの聖女様は!?

 人がせっかく考えまいと話題を逸らしたのに、追撃するように攻撃しやがって!

 貴様は撤退した兵士に向かって砲撃をぶちかますのか!?

 白旗は!降参の!合図なんだぞクウ〇ンサー!


 ……やばい、頭の中でパニック起こしすぎて、自分で何を言っているのか分からなくなってきた。


「と、とにかく……柊は夏休みを俺と同じベットで過ごしたいんだな……?」


「そこまでは言ってません!ざ、懺悔してください!」


 顔を真っ赤にし、聖女らしい発言で俺に己の罪を告白してこいと促す聖女様。

 ……キャラが被ってんだよなぁ。


「もう……本当にさっきからどうしたんですか?いつもより様子がおかしいですけど……」


 君の方こそどうしたんだいと言ってやりたい。


 無自覚なのか?あの発言は全て意図した攻撃やアピールとかではないのか?

 ……だったら、なんて恐ろしい子なんだろうか。いつか彼女の所為で死人が出るかもしれん。死因は主に『キュン死』だが。


「だ、大丈夫ーーーーそうだな……夏休みは一緒に過ごすか」


 俺は少しだけ落ち着きを取り戻すと、なんでもないと柊にアピールする。

 そして、特に予定もない俺は柊と一緒に過ごすことを決めた。


「な、なら良かったです……」


 どちらの件で良かったと思ったか分からないが、柊はホッと胸を撫で下ろす。


「でも、如月さんにも夏休みのご予定とかあるのではないですか?」


「恥ずかしながら、パーティ以外は今のところ真っ白だ」


「そ、そうなんですか……」


 言ってて泣きそうになってくる。

 ほら見ろ、柊も反応に困って苦笑してるじゃねぇか。


 俺、こんなに遊ぶような友達いなかったっけ?

 ……後でもう一度スケジュール帳を確認しなきゃ。


「大丈夫です如月さん。今年の夏は私がいますから」


「せ、聖女様……っ!」


 慈愛の笑み。

 今の俺には、彼女の笑みは正しく聖女そのものに見える。


 あぁ……聖女様!こんな哀れな俺ですら、こうして手を差し伸べてくれるのですね!

 流石です!尊敬を通り越して崇めてしまいそうです!


 …………。


 ーーーーふぅ、少しだけテンションが高くなってしまった。

 ちょっと落ち着こう。

 冷静に考えれば、女の子と夏休みをずっと一緒に過ごすって、色々と問題があるんじゃ……?


「ふふっ、今回の夏休みはとても楽しくなりそうです」


 柊は口元に手を当てて、嬉しそうな様子を見せる。


「……そうだな」


 ……まぁ、いっか。

 これからの問題を考えるのは後にしよう。


 今の柊を見ていたら、余計なことを考えるのは無粋な気がするし、俺もちょっと楽しくなりそうだと思ってしまったからな。



 ーーーーそれにしても、今日は後回しにすることが多い気がするなぁ。




 今年の夏休みは、色々と考えることが多そうだ。

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