戻ってきた彼は

(※ステラ視点)


 体育の授業中に倒れてしまった私は、何とか無事教室に戻ることができました。

 もう昼休憩も終わりそうで、みなさん教室に集まっています。


 本来であれば、倒れてしまった私は保健室にいなくてはいけないのですが、今回は特別に教室に行かせてくれました。

 だって、私元気になりましたから!


 少し寝て体調も楽になりましたし、何より授業をおろそかにしてはいけません。

 保健室の先生曰く、「まだ軽い熱中症だったということと、如月くんがちゃんと手当してくれたから、こんなに早く楽になったんだと思うわ」と言ってくれました。

「けど、ちゃんと安静にしなさい!」というお言葉もいただきましたが、そこは大丈夫です!

 今日は早く帰って寝ますから!(※そう言う問題ではない)


 しかし、如月さんには本当に感謝しています。

 今度、何かお礼をしなくてはいけませんね……。


「あら、もう大丈夫なの?」


 私が教室に入ると、桜木さんの膝に座っていた深雪さんが声をかけてきます。

 相変わらず、仲が良くて羨ましいですね。


「はい、もう大丈夫です。ご心配おかけしました」


「そう…ならいいのよ」


 ふふっ、深雪さんは優しいですね。

 そっけないように言っているつもりでも、あからさまに安心したのが分かります。


「大丈夫ならよかったよ。でも、無理しちゃダメだよ?」


「はい、桜木さんもありがとうございます」


 私はお二人の元に向かいます。

 最近では、すっかりお二人といる時間も多くなってきたように思えますね。


「柊さん大丈夫!?」


「具合悪くない!?もう授業戻ってもいいの!?」


「はぁ……はぁ…柊さん、マジかわゆす…」


 すると、周りにいたクラスメイトの皆さんも心配して、私の周りに集まってきました。

 ま、まさかこんなに心配してくださっていたなんて……。

 申し訳なさと嬉しいという気持ちが込み上げてきます。


 で、ですが……っ!


「あ、あのですね…そんなに一度に話しかけられても……っ!」


「先生に無理しませんって言っておこうか!?」


「もうちょっと保健室で休んでてもいいんだよ!?」


「はぁ……はぁ…柊さん、マジかわゆす…」


 わ、私はアイドルではないのですから、こんなに押し寄せて来なくても……!

 本当に、心配してくれるのは嬉しいのですが、流石にこれは……。


「あんたら、いい加減にしないさい!ステラが困っているでしょうが!」


 すると、見かねた深雪さんが席に立ち、みんなに向かって呼びかけます。

 あ、ありがとうございます深雪さん…っ!ちょっとかっこいいです!


「ご、ごめんね……」


「確かに、柊さん困ってたもんね…」


 すると、女子の人達は口々に申し訳ないと反省していました。

 しかし————


「俺は柊さんが心配で心配で…っ!」


「そうだ!心配してただけだろうが!引っ込んでろ戦乙女!」


「はぁ……はぁ…柊さん、マジかわゆす…」


 い、いえ……心配していただけるのは嬉しいのですが……。

 そ、それに何だか一部の人の発言に寒気がします…!


「はぁ……。そんなにステラを心配したいと言うなら————かかってきなさい。相手になるわ」


「み、深雪さん……」


 深雪さんはそう言って、懐からスタンガンを取り出して男子達を挑発します。

 か、かっこいいですっ!今、悪役から守られるお姫様みたいな気分になってます!

 で、でも…どうして懐にスタンガンがあるのですか?


「やってやろうじゃねぇか!」


「覚悟しろよ藤堂!間違えて体触っても文句言うんじゃねぇぞ!」


「はぁ……はぁ…藤堂さん、マジかわゆす…」


「ふんっ、やれるもんならやってみなさい」


 女子達が軽蔑な視線を男子に送り、その場から離れます。


 そして、男子達は一斉に深雪さんに襲い掛かり————



 ♦♦♦



「ふぅ……疲れたわ」


「お疲れ、深雪」


 深雪さんは疲れたように息を吐くと、右手に持ったスタンガンを再び懐にしまいます。

 す、すごいですね……あれだけいた男子達をたった5分で沈めてしまいました……。

 しかも、深雪さんは無傷ですよ。さ、流石深雪さん……男らしいです。


「ありがとうございます、深雪さん」


 私は地面に倒れている男子達をよけながら、深雪さん達の元に近づきます。


「気にしないでいいわよ。本当に気持ち悪かっただけだから」


「流石だよ深雪。僕も何かできればよかったんだけど……」


「大丈夫よ颯太♪私はこんな相手、小指で倒せるんだから!」


 落ち込む桜木さんに、深雪さんは抱き着いて慰めます。

 ……やっぱり、羨ましいです。

 わ、私もいつか如月さんと……っ!


「そういえば、真中遅いね」


「えぇ、先生の手伝いをしているって聞いたんだけど……」


 確かに、如月さんの姿が見えませんね。

 先に帰っていてもおかしくはないのですが……何かあったのでしょうか?


「あ、来たわ」


 教室のドアが開く音が聞こえます。

 噂をすれば、というものでしょうか?そこに現れたのは如月さんでした。


 私は如月さんの姿を見ると、すぐに彼の元に駆け寄ります。


「如月さん!先ほどはありが————」


 しかし、私の足は止まりました。

 今すぐに彼の元に駆け寄ってお礼を言いたい。


 けど……


「どうした、柊?」


 彼の表情を見た途端、足が止まってしまいます。

 平静を装っているのだと思いますが———彼の今の顔は酷いものでした。


 落ち込んでいる?傷ついている?

 ……分かりません。ですが、今の如月さんの表情は、とにかく言葉では言い表せないような酷い顔でした。


「あ、あんた……」


「真中……」


 深雪さんも桜木さんも、如月さんの顔を見て驚いています。

 周りの人は気づいていないようです……でも、私たちには分かります。


「藤堂…悪いな、今まで気を使ってもらってさ」


「ッッッ!?」


 如月さんは私達に近づくと、力無く笑います。

 深雪さんはそれを見て、驚きながら悲しそうな表情をします。


「真中……」


「今は何も言わないでくれ……頼むから」


 桜木さんも、如月さんの言葉に押し黙ります。


 お二人には如月さんがこうなってしまった理由が分かっているのでしょうか?


 ……聞きたい。聞き出したい。


 どうして彼がこんな表情をするのか、私は知りたい。



 だって……如月さんのこんな顔は見たくないですから。


「さぁ、授業も始まるし席に座ろうぜ」


 あぁ……ダメです。


 彼の表情は、多分私の時と同じです。

 何かを失ったような、現実に打ちひしがれたような————そんな感じがします。


 放っておけない。こんな如月さんを放置したら、きっと取り返しのつかないところまで堕ちていく気がする。


 なにより————


「……見たく、ないです」


 私が、見たくありません。

 彼が傷ついている姿を見ると、胸が締め付けられるような痛みを感じてしまいます。


 彼が好きだからだとか関係ありません。


 純粋に、私を助けてくれた彼が傷つくのは見たくないんです。


「如月さん」


 私は席に座ろうとする如月さんの袖を引っ張ります。


「どうした?」


 彼は隠しきれていない傷ついた顔で私を見ます。


 あぁ……やめてください。

 私は、あなたのそんな顔を見たくない。


 だから————




「授業、一緒にサボりませんか?」


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