告白

(※沙耶香視点)


「私ね……ここ最近は本当に幸せなの」


 夕日に照らされた山頂。

 柊さんがその場から姿を消し、今では私と如月くんしかいない。


 如月くんは、現状が理解出来ていないのか、焦点が定まっていないように見える。


「い、いきなりどうしたんだよ……」


 如月くんが戸惑った様子で私に尋ねる。


「心がね、軽いんだよ。前まではドロっとしたものが胸にあったのに、今ではスッキリしてる」


 それでも、私は如月くんの反応を無視する。

 だって、早く終わらせないと柊さんが待ってるからね。


「あのなぁ?……いや、もういいさ」


 如月くんは肩を落とし、小さく嘆息つくと諦めたように私の顔を見た。

 ふふっ、やっと私を見てくれたね。


 その事に、少しだけ嬉しさを感じた。


「なら良かったじゃねぇか。俺も、ちょっと心配してたからさ」


「うん……あの時は、本当にありがとうね」


 心配しなくても、如月くんのおかげで私はちゃんと前に進めたんだよ?

 まぁ、そんな私の心は如月くんには分からないかもだけど。


 如月くんは、私の中で特別な人。


 始めは、あの時の男の子達と同じだと思っていたのに――――全然違った。


 他の人みたいに外見や愛想だけの私しか見ていないんじゃなくて、私……神無月紗耶香を見てくれた。

 疲れたから、変わりたいなって思ったとき……ちゃんと傍で見ていてくれた。


 少し前、私は一人で屋上で泣いていたんだ。

 みんなに謝って、ごめんなさいと言って……返ってきた言葉が辛かったから。


「ふざけるな」「何を今更」「お前、そんな風に思ってたのか?」――――自業自得なのは分かってる。

 私がしてきたのはそれぐらいのことで、当然の報いだったんだから。


 でも……でもね。


(見てくれているってことが—―――こんなにもうれしいことだったなんて……知らなかった)


 あの時、泣いている私の傍にいてくれたことが嬉しかった。

 その時、如月くんは何も言わなかったけど、その表情が「頑張ったな」って言っているようだった。


 ちゃんと私を見てくれている。

 変わろうとしている私を見てくれているんだ……それだけで、胸が温かくなるのを感じた。


 他の男の子とは違う。

 如月くんは、どんな男の子とも違うんだ。


「あのね……如月くん」


「……どうした?」


 柊さんに感化されたわけじゃないけど……ちゃんと、伝えなきゃ。

 柊さんがくれた時間――――この時間だけ、如月くんが私を見てくれている。


 だから、この気持ちを伝える言葉は簡潔でいいだろう。

 だって、それだけで如月くんに伝わってもらえるはずだから――――



「私は、如月くんが好きです」



 言った。

 ついに言ってしまった。


 顔が熱い。さっきから心臓がバクバクと激しい音を立てている。

 それでも、不思議と心は落ち着いていて、彼の目から逸らすことができてない。


「……は?」


 返ってきた彼の言葉は、そんな抜けた声。

 如月くんはさっきみたいに目を思いっきり見開いて、口が開きっぱなしになっている。


 ……それでも、私は言葉を紡ぎ続ける。


「如月くんがいなかったら、今の私はいない……どこまでも最低な女の子に成り下がってた。愛想よく振舞って、内心で嘲笑って、自分というものを見失っていたと思う」


 体育館の倉庫で、如月くんに言った言葉は紛れもない私の心だ。

 杜撰で最低で醜くて愚かで――――そんな私の心。


「冷たく突き放した私を如月くんは助けてくれた。女の子だからって、理不尽に傷ついてはいけないんだって――――そして、醜かった私を救ってくれた」


 人は、自分が思っているような人間だけじゃない。

 ちゃんと私を見てくれている人はいっぱいいるし、助けてくれる人も存在する。


 それに気づかせてくれた。如月くんが、それになってくれた。

 あんなに冷たく突き放したのに、私を助けてくれた――――暖かさを、教えてくれた。


「如月くんが見ていてくれたから、私はこうして心から笑顔でいられる……前に進んでいける。過去の自分を否定してくれた如月くんには――――感謝してる」


「……っ」


 夕日が照らす山頂には最早誰もいない。

 響く声は、私のものだけ。如月くんは、言葉がうまく紡げていない。


 突然、こんなことを言ったのだから当然だと思う。

 別に、すぐに答えが欲しいわけじゃないから……この気持ちを知ってほしい。


「そんなあなたのことが、私は大好きです。人生で最大の恋で、今まで過ごしてきた中で一番愛おしい人―――如月くん。大好き。本当に、大好きだよ」


 溢れる想いは、『好き』という言葉でしか表せない。

 でも、それでいい。それ以外の言葉なんていらないのだから――――


「お、俺は……」


 如月くんは、未だに戸惑っているのか言葉が上手く出なかった。


 気持ち……伝わってるといいなぁ……。


 私は、如月くんの隣まで近づくと、そっと彼の手を握った。


「そろそろ、戻ろっか。柊さんが下で待っているしね」


 そして、そのまま彼の手を引いてロープウェイ乗り場まで歩いていく。

 握った彼の手はどこか力なく、少し冷たかった。


「か、神無月……今のって…」


 背中越しから彼の声が聞こえる。


「うん、告白だよ。私の初めての告白――――答えは、今はいらないからね。次の話を聞いて考えてほしいな」








 あぁ……言っちゃったなぁ。

 これで、後には退けないや。


(でも、ちょっとスッキリした……かな?)



 人生で初めての告白。

 劇的でもロマンティックでも、望む答えがもらえた訳じゃないけど――――



「ふふっ、気分がいいや……」



 決して、悪いものではなかった。

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