柊と帰宅

「それで、今日は楽しかったかい柊さんや?」


「楽しかったですよ。皆さん、面白い人達ばかりでしたし。何より、皆さんこんな事をして遊ぶのだと知ることが出来ました」


 夕暮れ時の商店街。

 駅からすぐに位置するこの往来は、俺達のアパートへ向かう道と被っている。


 柊を迎えに行った俺は柊と合流。

 そして、寄り道する事無く自宅への帰路についていた。


「そう言えば如月さん、今日は髪型がーーーー」


「ん?……やっぱり変か?」


 久しぶりにワックスなんてつけたからなぁ……。

 やっぱりおかしかったのだろうか?

 ……まぁ、そこまでバッチリキメた訳でもないしな。


 ただ、柊と一緒に帰るならこれぐらいはしないと思ったから。

 昔なら、こんな事思わなかったのに……。


「……いえ、この如月さんもアリだと思いまして」


「お?って事はおかしくないの?俺、ちょっとだけ不安だったんだが」


 慣れない事をすると現状より下がってしまう。

 だからなのか、先程から人の視線が怖いんだよなぁ……。

「あいつ気持ち悪くね?」「ブサイクが背伸びしちゃって、ダサ」なんて思われているかもーーーーしくしく。


「ど、どうしたんですか如月さん!?いきなり涙ぐんでしまって!?」


「いや……己の被害妄想にやられてな……」


 いかん、自分の被害妄想の切れ味が鋭過ぎた。

 思わず涙ぐんでしまったし、今後の人生は前向きに生きるとしよう。


「別に、おかしくありませんよ?ーーーーそ、その……かっこいい……です」


 柊は、少し照れた表情で俺に向かって言ってくる。


「ッ!?……そ、そうか」


「「……」」


 その言葉にかなりの意識を持っていかれ、思わず沈黙してしまう両者。

 意識したからーーーーと言う訳ではなく、ただ単に少し気恥しいから。


「そ、そう言えば!柊はこれからも遊びに行ったりするのか!?」


「い、いえっ!また学校で、と言われましたので、少なくとも夏休みの間はないかと思います!」


 気まづい沈黙を破ろうと、一気に話を振り出しに戻す。

 柊も、若干声が上擦っているが、話を合わせてくれた。


「そ、そうか……」


 でも……その発言に、ホッとしてしまった自分がいる。

 それは柊と夏休みの期間中ずっと一緒にいられるからなのか?


(感情が、どんどん変わっていってるなぁ……)


 ちょっと前まではこんな事でホッとしなかったのに。

 柊が友達との交流を深めていて喜んでいたはずなのに。


(独占したい……って思ってしまったのかね?)


 そうだとしたらなんとおぞましい感情なのか?

 彼女に返事をした訳でもあるまいし、柊を独占したいだなんて……さ。


「如月さん?」


 柊が俺の顔を覗き込む。

 俺が考え事をしてしまっていたからか、その瞳は若干不安の色が見えてとれた。


「……ごめんな」


 自然と、そんな言葉が出てしまった。

 何に対しての謝罪なのか分からない……俺でも、分からない。


「……はい」


 だけど、柊は頷いてくれた。

 受け止めてくれた。


 分かっているから……焦らないで欲しい。


 彼女の包み込むような優しい笑みを浮かべた横顔を見ていたら、そんな風に思っているのでは?って思ってしまう。


 だから、俺の思い込みかもしれないけど、考えを一旦隅に置いて前を向くことにした。


「今日は何を作ろうか? ……って言うか、なんか食べたいものある?」


「そうですね……とりあえずは、如月さんのお部屋を掃除したいです」


「質問の答えじゃなくね?」


 微妙にやり取りが上手く出来ていないような気がする。


「まぁ、それは明日の朝でも良くないか? 今はこんな時間だし、お腹空いてるだろ?」


「それは如月さんの方では?」


「否定はしない」


「ふふっ、では今日は早くご飯を作りましょうか」


 軽い微笑といつものやり取り。

 それは、少し前とはなんら変わりなんてなくて、俺達らしい会話ーーーー


「今日は、迎えに来ていただいてありがとうございます。途中、如月さんからメッセージが届いた時は驚きでした」


「すまんな、楽しんでいる最中に送っちゃってさ」


「いえ……如月さんは私の為に迎えに来てくれたのでしょう?……夜道が怖い、私を心配して」


「そう……かもしれねぇな」


 その返しに、歯切れの悪い解答をしてしまう。


 どうなんだろうな?

 確かに、柊に夜遅く帰らせるのは心配だったし、彼女の苦手もあった。

 だから迎えに行こうとしたんだがーーーー


(それだけじゃ……ないような気がする)


 それは一体何なのか?

 別に深い理由な訳でもないし、大層なものでもないと思う。

 となればーーーー


(会いたいから……なんだろうか?)


 他人の気持ちはよく分からない。

 そう昔に零していたが、今となっては自分の気持ちも分からない。

 だけど、この理由が一番しっくりする。


「如月さん」


「……ん?」


「手を……繋いでもよろしいでしょうか?」


 おずおずと、俺の顔色を伺いながら柊は己の手を差し出してきた。

 顔が赤いような気がする。怖い訳でもないと思う。


 では、この手はどんな理由で?


(流石の俺でも、これは分かるさ……)


「そうだな……繋いで帰るか」


「ッ!?……はいっ!」


 一瞬驚くような顔をしたが、彼女は満面の笑みで喜んでくれた。

 夕日が照らす彼女の姿は、どこか見蕩れてしまうほど綺麗で、輝いて見えた。


「ふふっ、では帰りましょうか♪」


「……そうだな」



 繋いだ手は恋人繋ぎではない。



 それでも、繋いだ手はお互いの暖かさを感じるように、強く握っていた。

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