ニートじゃなくてただの無職がVRMMOで釣りをする話はどうですか?

華翔誠

第1話 VRMMO

「申し訳ない、皆、今日で会社をたたむ事になった。」

時野正は、41歳で職を失った。


「あほかあああああっ。」

最後の就業が終わり、居酒屋で時野正は、絶叫した。


「まあまあ、課長代理。」

そうやって、常磐亮一は、元上司である時野を慰めた。


「お前はいいよ、お前は。まだ28だし。ヘッドハンティングもされてたぐらいだからなあ。俺なんて・・・。」


「そんなに気落ちしないで下さいよ。明日は、ハロワの合同説明会ですから。」


それなりの規模の会社が倒産した場合、ハローワークでは、その元従業員達に向けて、合同説明会が実施される。通常は、即日というのは、あまりないのだが、前もって会社が相談していたのだろう。


説明会が実施されるという事で、早めに切り上げ、翌日の説明会に臨んだ。

とりわけ、大した話は無く、2週間後には、合同就職説明会まで、開いてくれるとの事。

ここまで、やってくれる事は、中々ない。


「よかったですね。課長代理。」

合同就職説明会を3日後にひかえて、また二人で飲み屋に来ていた。


「もう課長代理じゃ、ないんだからやめろ、それ。」

なんだかんだ言って、付き合ってくる部下は、常磐一人しか居ない。


「えーと、じゃあ、時野、よかったなっ!」


「ちょっ、そこはさん位つけろよ・・・。」


「めんどくさいなあ。じゃあ先輩でいいですか?」


「まあ、いいだろ。てか、お前は参加しないんだろ?」


「僕は、決まっちゃいましたから。」


「さらっと言うなよ。」


「でも、失業保険は、長く貰えるんでしょ?先輩は。」


「270日だけどな、こういうのはさっさと決めた方がいいんだ。あれこれ日数経つとニートになるからな。」


「大丈夫ですよ。先輩はニートになりませんから。」


「そ、そうか?」

褒められたような気がして気分がよくなる。


「だってニートって35歳未満の無職を言うんですよ?」


「なっ・・・。」

上げて落とされた。


「じゃあ、俺は何になるんだよ。」


「ただの無職ですね。」

ガーーーンっ。無職という響きがもの凄いぐさっときた。



それから3ヶ月、時野正は死にものぐるいで就活をした。

めぼしい所は、殆ど駄目だった。

「この募集は35歳未満ですねえ。」

職安の人にそう言われ、ニートだけでなく、ここにも35歳の壁があったのかと、嫌ほどあじ合わされる結果となった。


「前の職種と同業種では駄目なんですか?」


「いや、できれば別業種で・・・。」


「年齢もいってて、経験もないとなると厳しいですね。」

社会の厳しい荒波にあい、時野は茫然自失となった。



そうして、草むらに大の字に寝て、流れゆく雲を見る時野正の姿があった。

「どうしてこうなった・・・・。」



正確には時野正の姿ではなかった。

草むらに寝ているのは、30代ぐらいの荒々しい男。

海賊や空賊を想像して貰えるとわかりやすい。

普段の時野正は、すましたサラリーマンだが、VRMMOの中では、荒々しい男になっていた。


「なんだ、このVなんちゃらってゲーム機は、まるで本物のようじゃないか・・・。」


3ヶ月かけた就活は、時野のやる気をめっきり失わすに十分だった。

もう就活は、月2回の職安通いだけ。

決して就職しようという活動ではなく、失業保険を貰う儀式のようなもの。


このゲームの機械は借りてるアパートの一室で、死んだようになってる時野を心配し、常磐が購入を奨めたものだが・・・。


本体12万と消費税20%、月額課金制9800円(消費税込み)


決して安い物では、ないのだが、価格以上の世界がそこにはあった。

時野は、決してゲーム好きでは無い。むしろやらない方。

特に、チマチマ経験値とかを稼ぐRPGが大嫌いだった。

このバーチャルファンタジーGXは、VRMMORPGを代表するゲームなのだが。



「すげえなあ。時代の進化って、空や川が本物に見えるし、触った感じもする。恐ろしい・・・」


やや起き上がって、川を見る。


「釣りとかって出来るんだろうか?」


そうやって目の前の空間に説明書を浮かびあがらせ読んでいると、釣りが出来るらしい。


簡単なクエストを消化して、釣りを始めた。

これが、嵌った。

もはや本物の釣りと遜色ない。

これが月額9800円で出来るなら、釣り好きには安いもの。

但し、バーチャルファンタジーGXは、一日8時間の接続制限があり、2時間連続でONすると15分の休憩をとらされる。

これは、ほかのVR機も全て当てはまる。


そうして1週間が経過した時、時野の目の前に警告表示が出た。

1週間の釣り禁止が表示された。

これは、1週間56時間を全て同じ事に費やしたプレイヤーに警告されるもので、こんなのを食らう人間は、そうそう居ない。

しかも、公式にキャラ名が表示されるというオマケまでついている。



「何やってるんですかっ!先輩っ。」


その日の夜、時野は、カラットという中性的なキャラに怒られていた。

常磐亮一は、リアルも中性的であり、キャラの見た目も似たようになっている。


「何が?」


「公式にキャラ名載っちゃってますよ。」


そう言って、ゲーム内で表示した公式ページを時野に見せた。

そこには、クールタイム対象者とかかれ、


1.戦闘  マルス

2.釣り  タイマー


と表示されていた。



「い、一週間釣りが出来ないだと・・・。」


あまりのショックに次の週は、ゲームにONする事はなかった。

代わりにアパートの近くにある釣り堀に毎日通った。


「兄ちゃん、職探した方がええで。」

と常連のおじいさん達に、心配して貰うほどに。


「冷静になって考えれば、この一週間は痛かった・・・」

終日5000円の釣り堀代を5日間通ったため、見事2万五千円の出費に。


「月額9800円も取っておきながら、なんだクール期間って。」


完全に駄目人間の思考となっていた。

土曜日の夜、時野は、渋々ゲームにONした。


「遅いじゃないですか先輩っ!」


「たかがゲームだろ?」


「ゲーム内ですけど、対人間なんだから、普段のように時間を守って下さい。」


「はいはい。」


「はいは、一回って常々先輩が言ってた事でしょうっ!」


タイマーは、カラットが入ってるギルドへ連れて行かれた。

カラットは副GMということで、ゲストのギルドルーム入室許可権をもっている。

中に入ると、端の方で女性が二人ソファに座り会話してた。


「遅くなりました。パルコさん、ミラさん。こっちがリア知りのタイマーさんす。」


「どうも、タイマーです。」


そっけなく挨拶するタイマーに、カラットは首を傾げた。


「あれ?先輩らしくないですね?」


「何が?」


「女性に対して、やけに素っ気ないなと。」


「ゲームだし、性別なんてわからんだろ?」


「VR機って性別変えれませんよ?脳波パターンで決まりますんで。」


「脳波って・・・性同一性障害とかその辺の人はどうなるんだよ?」


「恐らく女性として認識されるんじゃないかな?」


「まあ、キャラ特性として変わるのは胸くらいですけどね。」


そう言われ、自分の下半身を触ると、ある物がなかった。


「無い・・・」


「ねえ、そんな事より、こっちも自己紹介したいんだけど?」


そいうって、短髪で活発そうなパルコが言ってきた。

もう一人の女性は、うつむき加減で大人しげであった。


「申し訳ない、女性を待たせるとは、この時野、男として失格ですね。」


そう言っていつの間にか女性の前に膝をおり、パルコの手を握ってた。


「何、リアルネームなんか言ってるんですかっ!」

カラットが突っ込んだ。


「俺は女性に嘘をつかない。それがポリシーだ。お前も知ってんだろ。」


タイマーにそう言われ、カラットは頭を抱えた。


「え、えっと・・・。」


いつのまにか手を握られたパルコは、動揺していた。


「と、時野さんっ・・・。」


「私の事をご存じで?」


手を握ったまま、パルコの瞳を優しく見つめた。


【間違いないわっ。この天性の女ったらしぶりは・・・】


「い、いえ。知り合いに同じ名前の人が居ただけで。」


「先輩いい加減にして下さいよ。パルコさんは学生さんなんだから。」


「ほう。」


そう言って、ずっと見つめるタイマー。


「そんなに見つめられると困りますよ。」


やんわりとかわし、パルコは手をしまった。


「ふむ、進の奴は元気ですか?」


「ああ、社長なら・・・」


「・・・」


「・・・」


【ど、どうしてわかるんですかっ!】

個人トークで、パルコは言った。


「なんだこれ?表示が変ですよ?春子さん。」


「ちょ、ちょっと!!!」

パルコはもの凄く慌てた。


その後、個人トークのやり方を教えてもらいながら、タイマーはもの凄く怒られた。ずっと正座で。


幸い本体は、VR機をかぶったままベットに寝ているので足が痺れる事はない。


「まったく先輩は、アホ通り越して、どうしようもないですね。」


「タイマーさん、私の事これ以上言ったら、本当に許しませんよ?」


「申し訳ありませんでした。」


二人に土下座した。


「ごめんねミラちゃん。」


「う、ううん。大丈夫。」


「と、じゃなかったタイマーさん。こっちがミラちゃんね。」


「よろしく、ミラさん。時野と申します。」

いつのまにか正座してた場所から瞬間移動し、ミラの前に跪き手を取っていた。


「全然懲りて無いじゃないですかっ!」

カラットに更に怒られた。


「く、こんな事ならキャラネームをトキノにしておけばよかった。」


「アホですかっ!」

タイマーは更に更に怒られた。

そうこうしてるうちに、ギルドのリーダーが入出してきた。


「しぁ・・・リーダー、こちらがカラット君のリアル知りのタイマーさんです。」

パルコがそう紹介する。


「お前、進か?」

タイマーが上から目線で、両手剣の剣士を睨み付ける。


「だ、誰だ、貴様は。」


「俺はタイマーっ!暗黒騎士だっ!」


「そんな職業ありませんよ・・・。」

カラットが突っ込む。


「お、お前・・・」

ギルドのリーダーは、上から目線のタイマーに何か気が付いたようで、

ガバッとチョークスリーパーをかました。


「このバカたれがっ!!!会社潰れたんなら俺の所に連絡しろっ!!」

怒ったようにタイマーを責める。


「う、うるさいわ。ボケっ!会社潰れたくらいで、どうともないわっ!」

てんやわんやした後、ギルド内のテーブルに全員が座った。


「ゲーム内でリアルの話をして申し訳ないのだが・・・。」

とギルドリーダーのヴォルグは前置きした。


「仕事の方は大丈夫そうか?」


「問題無いっ!」


「大ありでしょっ。最初の3ヶ月しか就活してないでしょ。その後はずっと、ゲーム内で釣り三昧じゃないですかっ。」


「こ、今週は釣り禁止になったから、ゲームしてないわいっ!」


「近所の釣り堀行ってたんでしょ?」


「・・・」


「本当に、行ってたんですね・・・先輩。」


「そういやお前、中学までは釣り三昧だったよなあ。」


「馬鹿をいうなっ! 大学でも釣り三昧だ。」


「威張って言う事じゃないと思うが・・・。」


「しぁ・・リーダー、タイマーさんにはリアルで会社に来て貰って、リアルの話は、もう辞めませんか? ミラちゃんも困るでしょ?」


「そ、そうだな。」


「まあ、春子さんがそういうなら。」

ズコーーーン。パルコはテーブルの上にあった花瓶をタイマーに投げつけ、見事ヒットさせた。


「パ、パルちゃん。学生さんじゃあなかったんだね・・・。」

ボソッと言ったミラの一言に。


「あ、あはははは。」

と笑うしかなかった。



翌日、波田運輸サービスを訪れた時野は、

「すみませんでしたっ!」

とパートの事務員さんに深々と頭を下げていた。ケーキを持参して。


「も、もういいです。今後は気をつけて下さいね。」


「はい、常磐にも、もの凄く怒られて・・・。」


「常磐さん??」


「あ、ああ・・・。難しいですね。リアルとゲームの使い分けが・・・。」


「慣れだ。」

社長の波田進が、時野に言った。


「しかし、春子さんって人妻ですよね?会社にゲームとこんな奴とずっと一緒で、大丈夫ですか?」


「こんな奴って言うなっ!お前と違ってちゃんとしてるわっ!」


「ゲームの時は、旦那も隣でゲームしてるから。」


「旦那さんもやってるんですか?」


「別ゲームですけどね。ガンフィールド12って銃のゲームね。」


「はあ。」


「まあ、そんな事より時野。うちで働かないか?給料安いし、キツイ仕事だが、お前の年だと再就職厳しいだろ?」


「うっ・・・、きっとそのうち俺にあった仕事が見るかる予定だっ!」


「失業保険は、いつ切れるんだ?」


「まだ6ヶ月もあるわいっ!」


「あと6ヶ月しかないのか?」


「・・・。」


「就活状況は、どんな感じだ?」


「殆どが35歳未満だ。なんだあの35歳の壁は?」


「知らないのか?国から補助金が出るんだよ。会社に。」


「な、なんだと・・・20年間死にものぐるいで働いて税金納めて来た人間になんだこの仕打ちは・・・。」


「毎日ぶらついてても仕方ないだろ?まずはバイトしてみるか?」


「断るっ!バイトすると失業保険が貰えない。というか働いた日数分が先延ばしされるからな。」


「失業保険、全額貰う気か・・・。」


「20年間真面目に働いて税金納めて来たんだ、それ位いいだろっ!。」


「それはいいが、本当に駄目人間になってしまうぞ?」


「ぬっ・・・。」


「時野さん、バイトの件、職安に聞いてみたらどうです?」

春子がアドバイスした。


「そうですね。体動かしてないとヤバイですしね。」

時野は素直に受け入れた。


失業保険を貰う人間は、月に最低2回ハローワークに出向かなければいけない。

認定日と就活した日数が二日必要になる。

就活とはハロワに行って面談もしくは、パソコンで検索しただけでもOKで、認定日に行って検索し、もう一日検索と最低の二日しか行かない事を、儀式と呼んだりもする。


時野は、認定日にバイトの相談をした。

「延長は360日以内となってます。ハロートレーニングの場合は、訓練終了まで延長になりますが、バイトですと360日以内ですね。」


「というと、90日はバイト出来るということですか?」


「簡単にいうとそうですね。 細かい日程もありますんで、その都度相談されるのがいいと思いますが、バイトの方は日程調整できますか?」


「知り合いの所なんで、出来ます。」

なんとかバイトは出来るようだ。

時野としては、さっさと就職を見つけ、再就職手当で我慢しようと考えていたのだが、35歳の壁に頭来ており、何とか全額貰ってやろうという気になっていた。

蓄えもあり、現在はバツイチで独身。

相手側が既に家庭を築いており、子供の養育費も不要。

多少の株券も持っており、20年位は、今の状態で暮らせるセレブ無職ではあるが、今の状態を数年も続けたら、死んでしまうんじゃないかという危機感も時野にはあった。


帰り際、波田運輸サービスに寄って、忙しい時にバイトに入るという事になり、時野は自宅へと帰り、ゲームにONした。


「一週間貯まりに貯まった鬱憤を晴らさせて貰おう。」


そう言って、最初の村の川へ。


サービス開始から、1年以上も経っており、最初の川で釣る人間は一人も居ない。

最初の村には、ゲートで飛べるため、露店はチラホラと見かける。

暫く釣ってると、タイマーは違和感を感じていた。

川には流れがあり、ランダムでポイントが変わるのは既に熟知していたが、層があるんでは?と疑問を持つようになっていた。


しかし、最初に買える「丈夫な竿」では、その先に到達出来なかった。


「ふむ、この世界に竿の感度なんてあるのかなあ。」


暫く考えて、釣りを一旦中断した。

気晴らしに、村の中を歩いていると、露店に釣り竿屋を発見した。

買う金は持っていないが、見るだけはタダなので、じっくりと鑑賞した。


「やはり、感度は記載してないかあ。」


ロッドを手に取り情報を見ても、メインの材料と耐久度しか書いていない。


「感度重視の竿をお探しで?」


「うわっ・・・。」


自動露店だと思って、声を掛けられるとは思っていなかった。


「す、すいません。お金無くてみてるだけなんで。」


「いえいえ、冷やかし大歓迎です。今のご時世、見る人すら居ないんで。」


「じゃあ、失礼ついでにお伺いしますが、この世界に感度ってあるんですかね?」


「ありますよ。ただ、そこまで重要視はされないと思います。」


「そうなんですか?」


「釣りたい魚があれば、釣れる場所に行けば釣れますから。」


「うーん・・・。ちなみに感度重視の竿ってお幾らくらいでしょ?」


「昔に作ったのでしたら、無料で差し上げますよ?」


「えっ・・・。」


「タイマーさんですよね?」


「そ、そうですが。」


「是非、うちのロッドを使って頂きたい。」


「は、はあ。」


「今時、ロッド買う人なんて居ないんですよ。釣りギルドってのもありますが、お抱えの木工職人が居ますしね。」


「でも、いいんですかね?ロッドの名前にアップライスなんて、名前使って?」

アップライスは、現実世界に存在するロッドメーカーだった。


「いいもなにも、これ業務の一環ですから。」


「ええええええっ・・・。」


「何かしらの宣伝になるかなとやってみたんですが、まったく売れず、現実のように感度を聞かれたのは、タイマーさんが初めてですよ。」


そういって、店の店主ロッドメーカーは、昔に作った感度重視の竿をタイマーに渡した。

名刺交換も終わり、タイマーは釣り座へと戻った。


「これなら、層がわかるかも。」


ある一定の条件を満たした時、川の中に層のような物が出来るのは、1週間の釣行で感じていた。

しかし、丈夫な竿では、曖昧な感じしか掴めずいつもと変わらない魚しか釣れて

いなかった。

一番安い餌、赤サシを針につけ、いざ実釣。

この世界には、リールは存在せず、ロッドのボタンを押せばラインを自動的に送り込んでくれる。

流し込んでも隣人とライントラブルになる事もなく、そもそもライントラブルが存在していない。


「よし、なんとか1層に餌を送り込めた。」


そうすると魚がヒット!

ヨシっ。

特に苦労する事もなく上がって来た魚は、鯵。


「・・・。」


「川で鯵って、何それ?」


タイマーではなく、女性の声だった。

タイマーが振り向くと、釣り竿を抱えた美しい女性キャラが立っていた。


「えっと・・・。」


困惑するタイマー。


「始めまして、ローラです。釣りギルド「バラサン」の副GMをやってます。」


「始めまして、お嬢さんタイマーです。」

いつもの調子が戻り、そっと女性の手を取り挨拶する。


「えっ・・・。」

今度は、ローラが困惑した。


「それで、お嬢さん、どのような用件で?」


「あ、いや、釣りでクールタイム食らった人が居るから見にきました。」


「なるほど。宜しければ、隣へどうぞ。」


自然とエスコートして、ローラを隣へと座らせた。

ニッコリとローラに笑いかけ、タイマーは再び釣行を開始した。

1層を感じて、更に流し込み2層で送り込みを止めた。

グッ と強い引き込みが。

竿を立ててしならせる。


「鯉?」


ローラが声に出す。基本、川で大きい当たりは鯉しかいない。

竿がクンっ クンっ クンっとしなる。

俗にいう叩くというもの。


「うーん、叩いてるから鯛系じゃないかな?」

タイマーがそう言うと。


「鯛系って、ここは川で・・・。」


そう言って、ローラは先ほど、タイマーが鯵を釣り上げたのを思い出した。

5分程度のやり取りをすると、魚もようやく大人しくなり、あがってきた。

真っ赤な鯛が。


「真鯛ですねえ。」

タイマーがあっさり言う。


「最初の川で海の魚が釣れるなんて聞いた事ないんだけど・・・。」


タイマーは、層の説明をして、ロッドを貸してレクチャーした。

最初は、層というものをローラは掴めなかったが、丁寧に説明して貰ったお陰で、

鯵を釣る事が出来た。


その際、タイマーが体を密着してきたりもしたので、パーソナルスペースの警告が、出ていたが、ローラは気づかれないように解除した。


その後、二人でロッドメーカーの露店へと向かった。

ロッドメーカーは、居なかったので、メールで呼んでみると直ぐ来てくれた。

夕方の16時なので、まだ就業時間のようだ。


「そうですね、感度重視のロッドは、試作品がまだありますんで、ローラさんにお譲りしましょう。釣りギルドの方に使って貰えばいい宣伝になりそうですし。」


「うちのギルドもそれなりに、蓄えがありますんで、次から購入させて貰いますね。」


「是非。」

そういって、商談が成立した。


その後1週間、タイマーは釣りに釣った。そして見事、2回目のクールタイムへ

突入した。

VR機初心者が、VR機にのめり込みクールタイムを食らう事は、希にある。

しかし、1週間のクールタイム後、再びクールタイムを食らった例は、数例しかない。

ヴァーチャルファンタジーGXで言えば、そもそも釣りでクールタイムを食らったのは、タイマーだけという。しかも2連続と言う事で、某掲示板は盛りに盛り上がった。


「何やってるんですか、先輩・・・。」

いつものキレがなく、もはやあきれ果てたような感じでカラットは言った。


「いや・・・今回は村を歩き回ったり、ただ寝っ転がってたり、全て釣りしてた訳じゃあ・・・。」


「1週間で50時間以上らしいですよ?」

パルコが言った。

ここは、「鋼の翼」のギルドルーム内。

パルコとミラは、いつもの場所に座って二人で一緒だった。


「たった50時間・・・。」


「ちゃんと働いたらどうです?」


「うっ・・・」

パルコに突っ込まれた。


「先輩に、ゲーム奨めた自分が間違ってましたね。」


「カラット君は、どうしてこんな駄目人間に勧めちゃうかなあ。」


「だって就活失敗して、家に閉じこもって死んじゃいそうだったんで。」


「ま、まあ。それならしょうがないわね。」

パルコにも前例がある為、あっさり納得した。


「酷いと思わないか?ミラちゃん。」

そう言って、いつのまにかミラの隣に座っていたタイマー。

ミラは、恥ずかしがってるのか下を向いて何も喋らない。


「タイマーさんっ!」


「は、はいっ。」

パルコに強く名前を呼ばれ、その場を直ぐ離れた。


「ミラちゃん気をつけてね。あの人、天然の女ったらしだから。」

パルコがミラに注意する。


「なんですかそれ?前の会社では天性の女ったらしって呼ばれてましたよ?」

カラットが聞いた。


「リーダーがそう言ってたんで、私たちはずっとそう言ってるわよ。」


「へー、天然のかあ。その方がしっくりくるなあ。」


「おい、女ったらしって何だ。失礼な。」


「出世しない耕作ってあだ名もありましたよね?」

グサっ。

カラットにとどめを刺された。



ある日、時野にタウントカンパニーという会社からメールが届いていた。


「ん?こんな会社に履歴書送ってたっけ?」

とは、思いつつ身だしなみを整えて会社に向かった。


「あなた馬鹿なの?うちの会社潰す気っ!」

会議室で4人の従業員の中の左端の女性に思いっきり怒られた。

タウントカンパニーは、バーチャルファンタジーGXのメーカーだった。


「えっと・・・。」


「クールタイム2連続で食らうんじゃないわよっ。しかも釣り!?って、あなた、うちのゲーム舐めてんのっ!」


「ふむ、そんなに怒ると眉間に皺がよって美人が台無しですよ。これでも食べて落ち着いたら?」


そういっていつのまにか女性の手を握っていたのだが、その手にチョコレートを

乗せた。


「ちょっ・・・。」

戸惑う女性チーフ。


「おい、チーフが女の顔になってないか?」


「始めて見たぞ、俺。」


「ありゃあ、そうとうな女ったらしだな。」


「ああ。」


小声で3人の男達が、ひそひそ話をしていた。


「えっ、あっ、コホンっ。本題に入らせて貰います。説明してあげて。」

そう言って、部下に促し、女性チーフは席に座った。

時野も対面の席に座り直し、大人しく話を聞いた。


何かと問題が多いVR機において、いま一番怖いのが死者を出す事である。

かつてVR機黎明期に一人の死者と一人の行方不明者が出ており、業界は、

過敏になっていた。


「申し訳ないですが、時野さん、うちの産業医による脳波チェックと簡単な健康診断を受けて頂きたいのですが。」


「ああ、構いませんよ。」


「というか、あなた仕事は何をされてるの?」

女性チーフが聞いてきた。


「勤めていた会社が倒産したので、今は、無職ですが?」


「まあ、無職ならちゃんと睡眠もとれてるでしょうね?」


「もちろんですよ。ゲームで死んじゃったら、それこそ馬鹿らしいでしょ?」


「ON時間を減らして、就活にあてるべきでは?」

グサッ・・・。

ぼそっと言った男性従業員の言葉に時野は沈黙してしまった。


「あっちの説明もしてあげて。」

女性チーフに言われ、更なる説明を続ける。


「こう言った事をお願いする事は、まず無いんですが、時野さんの場合は、うちのゲーム始まって以来という事もありますし、モニターを引き受けて頂けないでしょうか?」


「モニターですか。」


「特にON時間のノルマ等もありません。定期的に脳波チェックを受けて頂き、こちらでゲームについてのお話をして頂くだけなのですが。」


「なるほど、脳波チェック等の費用はどうなりますか?」


「むろん我が社持ちです。現在お支払い頂いている月額使用料金も無料と、さして頂きます。」


「それは嬉しいですね。」


「それと、こちらに来て頂いた時には交通費と日当1万円を支給します。」


「無料で釣りが出来て、健康診断も無料で、日当まで貰えるって、願ったり叶ったりで、むしろ是非お願いします。」


「うちのゲームは、釣りゲームじゃないんですが・・・。」


説明と契約をすまし、時野は見事モニターになった。

この日の1万円も支給して貰えるという。


「ふむ、一応、ハロワには相談にいった方がいいな。」

タウントカンパニーの産業医に脳波チェックと健康診断をやってもらった。

この日は、時野ともう一人の計二人だった。


「タウントカンパニーの方ですか?」


「ええ、第2事業部長の氷山寿といいます。見かけない方ですが?」


時野は少したじろいだ。

【おいおい、30代半ばでもう部長って・・・】

時野の最終役職は、課長代理。同期の中では最も遅い昇進だった。

課長補佐になったのは、同期で一番だったのだが、そこで女性問題を多々起こし、

一度、主任にまで降格させられていた。自業自得ではあるのだが。


「私は、ゲームのモニターになりました時野と言います。」


「ああ、タイマーさんですね。私はマルスと言います。宜しく。」


最初は、よそよそしかった氷山だが、相手が釣りバカとわかりフレンドリーに

話しかけて来た。

一方の時野は首を傾げた。


【マルス?どっかで聞いたような・・・】


「あのゲーム内でお会いした事がありますか?」


「いえ、ないと思いますよ。タイマーさんが自分のキャラ名を見たとしたら、公式の方じゃないですかね?」


「あっ。」

時野は思い出した。


「確か戦闘馬鹿が、そんな名前・・・。あっすみません失礼な事を。」


「全然構いませんよ?お互い馬鹿やったんだし。」

そう言って氷山は、笑った。


「そうですね。」

時野も笑った。

時野は、氷山の名刺を貰い。アドレス交換もした。


帰り際、ハロワに行き相談した所、1日働いたとみなされる事となった。


「まあ、しかたないな。」


更に、波田運輸サービスにも寄った。ケーキを持参して。


「本当、時野さんはマメですね。」

春子が言った。


「春子さん、すみませんが、コーヒーお願いできますか?」

社長の波田が言った。


「はい。時野さんは、ありありでしたね?」


「ええ。お願いします。」

時野は、モニターになった事と日当の事を説明した。


「モニターなんてあったのか、サービス開始前ならわかるが。」


「ふっ、これで気兼ねなく釣りが出来るわっ!」


「なんだ時間制限も外して貰えるのか?」


「いや、そういった特典は一切ないが・・・。」


「お前、掲示板でなんて呼ばれてるか知ってるのか?」


「そういうのは見ないから、知らんっ!」


「釣り仙人ですよ。」

春子がそう言って、コーヒーとケーキを運んできた。


「はあ、てっきり釣りバカとか書かれてるのかと。」


「それは、最初のクールタイムの時だな。2回くらって仙人に昇格してる。」


「釣り仙人か、いい響きじゃないか。」

時野は満足そうににやけた。


「ゲームではいいが、リアルでは仙人になるなよ。」


「くっ・・・。」

波田に釘を刺された。




「どうしますチーフ?相変わらず仙人は、釣り一筋ですが。」

2回目のクールタイムを食らって尚、タイマーは釣りに時間を費やしていた。


「開発室長からは、何か言ってきてる?」


「室長は、あれをやって構わんと言ってます。」


「そう、室長がいいというなら、こちらとしても問題はないわ。次のメンテで即実行よ。」



タイマーは、クールタイムが終わってからも、いつもの場所で釣り続けた。


「隣いい?」

ローラが隣にそう言って座ってきた。

今では、大事な釣り仲間の一人である。


「ローラか、ちょうどよかった。さっき15分休憩あったばかりだから。」


呼び捨てで呼び合う仲にまでなっていた。

周りで、釣りをしている連中が睨むようにタイマーを見ていた。

彼らの殆どが、バラサンのメンバーで、俗にいうローラたん親衛隊だった。


「最近、ロッド変えた?」


「ああ、ロッドメーカーさんにお願いしてね。さらに感度重視にして貰ったよ。」


「へえ、でもそうするとパッドの耐久性が落ちるんじゃない?」


「だから、堅松樹を使って作って貰ったよ。」


「け、堅松樹って、今の最前線でごく僅かに取れるってやつでしょ?あそこに生産の木こりなんて、とても行けないわ。」


「たまに沸くっていうか、落ちてるから、最前線組で拾ってる人はいるだろ?」


「でも、市場に出回る事はないわ。最前線組の武器や防具の材料になるはずよ。」


「いや、まあそこは、後輩に頼んで貰ったわけで。」


「ふーん、まあいいわ。釣りましょ。」


そうして、仲良く釣りをしてるわけだが、邪魔者が入らないわけではない。

むしろ、声を掛けてくる人間は、邪魔するためでなく真剣に聞いてくるわけだが。


「す、すみません仙人。どうしても3層の感じがわからなくて。」

もの凄く申し訳なさそうにバラサンの一人が声を掛けてきた。


「「「ないすっ!」」」

遠巻きに見てる親衛隊が心の中で叫んだ。


「2層までは、わかる?」


「はい。そこから先がなんかぼやけてて。」


「ロッドは問題ないかなあ。2層と1層をいったりきたりさせて練習してみて。」


「いったりきたりですか?」


「そう、一旦2層に落として1層へ、で、また2層と。魚が釣れず5分続けれれば3層の感じも掴めてくると思うよ。」


「ありがとうございます。試してみます。」

そういって、タイマー達からは離れて実践しに行った。


「あらら、隣あいてるのになあ。」

何の気なしにタイマーが言った。


「なんででしょうね?ふふふ。」

ローラが楽しげに笑う。


「「「ちっ!」」」

親衛隊達が心の中で舌打ちする。

こんな日々の繰り返しである。


タイマーがロッドを新調した理由は、3層より先の層を感じれないからだ。

この新ロッドは、4層がハッキリと感じられた。

バーチャルファンタジーGX(通称:VFGX)には、リールが存在しない。

餌を着水して、沈めるには、ロッドの穂先を下げれば沈んで行き、水平から40度の間にロッドを立てると水深が固定される。


ロッドにはボタンがついており、それを押すと、水深が変わらず流し込める。

釣り上げる時は、ロッドを40度以上に立てれば自動的に巻き上げを行い、ロッドワークで魚を弱らせて釣り上げるというゲームだ。


魚の引きが強くてロッドワークで躱せない時は、ボタンを押せば緩める事が出来る。

ラインブレイクと、針のロストは無いので、針の付け替えやラインの巻き直しは、必要がない。

魚がばれた場合は、餌を失い、耐久性の低いロッドで大物を掛けた場合は、

ロッドが折れる場合がある。


これは、釣りゲームではなく、冒険ファンタジーゲームである。

VR機の釣りゲームは、いくつか存在しており、「みんなの釣り」(通称:みん釣り)が一番有名である。


川での釣りでは、4層はいつもあるわけではない、流れの変化によってある時と無い時があるのだが。


タイマーは、今、4層を確かに捉えていた。

【よしっ、あとは流し込むだけ】


ボタンを押して流し込んでいくと。

グン、グン、グーーーーンと

大きな当たりが。


ロッドワークでは躱せない当たりと判断し、そくざにボタンを押す。

それでもロッドが大きくしなり、横へ横へと走られる。


ライントラブルが存在しないため、周りに迷惑を掛ける事はない。


「な、なに、その当たりは。」


ローラは、驚いて立ち上がる。

周りの親衛隊も釣りを辞め、タイマーを見まもる。

15分間、タイマーはロッドワークとボタンで魚をいなした。

このゲームの釣りでは15分間、魚と格闘すると魚の負けが確定する。


「ふう。」

ようやく一息つけたタイマーは、ロッドを立てて釣り上げ体制に入った。

多くの人が見まもる中、あがってきたのは、


「えっ・・・マグロ???」


大きなキハダマグロだった。


「キハダって、ブリ祭りでごく希に釣れるやつじゃあ?」


「ついに川でキハダ釣ってもたぞ。」


「いやいや、だからこその仙人何じゃあ?」

周りが大騒ぎする。


「ねえ、タイマー。何層で釣ったの?」


「4層だよ。」


「よ、4層?? 4層があるの?」

ローラはびっくりして聞き返した。


「おい、聞いたかっ」


「まじか、なんだこのゲームの釣り。」


「俺2層感じるので精一杯なんだが。」


「俺は、3層でヒットさせてロッド折れたが・・・。」


「タイマーのせいで、又ロッド発注しなきゃあ。うちのギルドも火の車なんですが?」


「いや、俺に言われてもねえ・・・。」


「問題は、堅松樹よねえ。さすがに攻略ギルドが回してくれる訳ないし。」


「それは、ロッドメーカーさんも頭抱えてたよ。何とか1本物に出来たけど、材料がないって。」


「タイマーの後輩さんは?」


「全部掃き出させたから、もう無いよ。」


「独り占めってずるくない?」

ローラは、悪戯っぽくタイマーに言った。


「ははは・・・。」

タイマーは冷や汗を出しながら笑うしか無かった。


メンテが行われた日、公式で以下の発表があった。


平素よりバーチャルファンタジーGXをご利用いただき誠にありがとうございます。

今回の定期メンテナンスにおいて、下記の点について仕様変更を行いましたことをお知らせいたします。



【仕様変更】


ゲーム内での釣り時間を1週間で40時間迄とさして頂きます。

尚、40時間を超えますとアイテムボックスから釣り竿を出せなくなります。

アイテムボックスから出しておいた釣り竿は、時間を超えた段階で、自動的にアイテムボックスへ収納されます。

リセットは、通常通り日曜朝6時に行われます。

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