第119話 うやむやに

「うーん、全然駄目だね。」


今日も未菜は、時野に駄目だしされていた。


「そう?私はいいと思いましたよ。」


千勢が言った。


「相手役って、男がやるんだよね?未菜ちゃん。」


「そうです。」


相手が剣持という点が、未菜のテンションをダダ下がりさせていた。


「女性のみでやる劇なら、今の未菜ちゃんの演技でも問題ないと思うけどね。性別入れ替わりで演技するのは、相当難しいよ?喜劇なら別だけど。」


「皆、まじめにやってますよ。」


「じゃあ、未菜ちゃんは、王子役に女性を出したら駄目だね。」


偉そうに演技を語っているが、時野正42歳、現在絶賛無職中である。


「私、女出してるつもりないんですが?」


「そうかな、俺から見たら全然可愛い女の子に見えるよ。」


「・・・。」


寒気がしてきた未菜。


「そういう点で見たら、千勢さんはどう思います。」


「そうね。そういう意味なら、可愛い女の子が演技してる王子に見えるわね。」


「たかが学祭に、そこまで必要ですか?」


いつもの未菜なら、更にいいものにしようとするのだが、相手が剣持で、さすがの完璧主義者も、そこそこでいいんじゃない?と考えていた。


「せっかくだし、頑張ってみよう。」


妙に張り切っている無職のおっさん。



そんな演技の練習をしてる3人とは少し離れて、井伊千鶴は、一人竹刀を振っていた。相も変わらずマイペースで。


「よし、ちょっと、お姫様役を千鶴ちゃんにやってもらおうか?」


時野の提案に喜ぶ未菜。

しかし、今まで、お姫様役をやっていた千勢に悪いので、表立っては、喜べなかった。


「むっ。何か呼びましたか?」


道着に竹刀を持ったお姫様が寄ってきた。


「千鶴ちゃん、お姫様役やってくれるかな?」


「私、演技なんて出来ませんが?」


「椅子に座ってくれるだけでいいよ。」


「わかりました。」


何度も何度も膝をついて手の甲にキスをするシーンばかり、やらされてきたので恥ずかしさは、段々と消えてきた。

しかも、今回、椅子に座ってるのは千鶴である。

普段からポーカーフェイスの千鶴は、演技しなくても感情が無いお姫様を完璧に再現していた。

本人は、ただ座ってるだけなのだが。


千鶴は、ダンスは出来ないので、シーンは、手の甲にキスをして、立ち上がらせるまで。

今までの中では、一番いい出来を未菜は演じる事が出来た。


「まだ、ちょっと女の子らしい所があるけどね。今までで一番よかったよ。」


どうした無職のおっさん・・・。


「未菜は、王子様役なんですよね?」


「うん、そうよ?」


「全然駄目ですね。」


まさかの無表情のお姫様からダメ出しが出た。


「えっ・・・。」


「まあ、千鶴ちゃん、今から良くなるから。」


「いえ、全然駄目だと思います。」


物凄く手厳しい。


「何がダメなの?」


未菜が聞いてみた。


「動きがおっさんくさいです。全然、王子様じゃありません。」


「「「!!!」」」


衝撃の事実が判明した。

未菜、時野、千勢の三人が驚いた。


「お、俺がおっさんくさいと?」


「私はいいと思いましたが。」


二人の感性は残念ながら古かった。

未菜に至っては、何が正解か判らないので、何が何やら。


「一度、演劇部の人に演じて貰えばいいんじゃないですか?未菜なら、一度見れば出来るでしょ。」


「演劇部の人に?」


「ええ、演劇部にも男性は居るでしょ?」


意外な結末になってしまい、時野は、おはらい箱となってしまった。

てか、演技指導してる身分じゃねえだろと。



時野が落胆して帰った後、時間も遅くなったので、未菜は千勢の家に泊まることになった。もちろん千鶴も泊まることに。


「おばあ様、お風呂の用意してきますね。」


「ええ、お願いね。」


道場には、千勢と未菜の二人きりになった。


「実はね、未菜ちゃん。」


「はい?」


「私、ずっと心残りがあるの。小中とあなたに薙刀を教えてきたけど、技は何も教えてないでしょ?」


「そういえば?」


小中と未菜は、ひたすら基本の型と足さばきを叩き込まれた。

普通の子供であれば、面白くなくて辞めてしまいそうだが、未菜は道場に来るのが楽しかった。

何せ、優しいお姉さんが一杯居たから。


「一つだけでいいから、技を覚えてみない?」


「でも私、ずっと薙刀に触ってませんよ?」


正確には薙刀モドキで、高校時代も基本の型を練習していたのだが。


「大丈夫よ。あれだけ基本を教えこんだんですもの。」


何も文句言わず、楽しげに道場に通う未菜を見て、ひたすら基本を叩きこんでしまった千勢。

本来なら、千鶴に薙刀をやって欲しかったのだが、子供のころから大剣豪を夢見てる千鶴は、その気は更々無かった。

孫たちを剣道にとられ、意気消沈してた時に舞い降りた天使である。

ちょっとやり過ぎたのもしょうがない。

高校から技を教えこもうと思っていたが、転校で、あえなく計画はとん挫してしまった。


「そんな難しい技じゃないから、一つだけ。ね。」


「一つだけなら・・・。」


未菜にとっても祖母同様の師であるから、無下に断ることは出来ない。

高校でも、なぎなた部があればと思っていたが、お嬢様校には、なぎなた部は、無かった。


「ありがとう、未菜ちゃん。じゃあ一つだけ。」


そう言うと、千勢は嬉しそうに「なぎなた」を持ってきた。


「じゃあ、ゆっくりでいいから型だけ覚えてね。」


「はい。」


「まずは、どちらでもいいから、上からの斜め振りをしてみて。」


未菜は言われた通り斜め振りをした。


「そこから振り返し。で、振り返したら、持ち手を変えて逆から斜め振り。」


未菜は持ち手を変えて斜め振りをした。


「で、振り返しね。エックスの文字を描く感じね。」


「はい。」


ゆっくりでは、あるが何度か繰り返してみた。

持ち手を変えるのが少し難しいが、後は基本動作のものだった。


「ちょっと貸してみてね。」


今度は、千勢が「なぎなた」を持って実演した。

そのスピードたるや、未菜のものとは比べ物にならなかった。


「私も年老いたから、今は、これが限界ね。」


「全然、速かったですよ・・・。」


「ゆっくりでいいから、丁寧にね。繰り返したら私より速くなるわよ。」


未菜は太鼓判を押されてしまった。


「ちなみに先生、なんて技なんですかこれ?」


「井伊静水流奥義 双燕よ。」


「・・・。」


うやむやに、奥義を伝授させられた未菜だった。

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