第120話 ポスターまいるど

学祭も一週間前になってくると段々と盛り上がってくるわけで、今年は、芸能人誰来るのとか。

K大に至っては、盛大にミスコンのポスターが並ぶわけだが、その中に未菜のポスターは無かった。


「尾崎、未菜のポスターが無かったんだが?」


教室で、剣持が尾崎に声を掛けた。


「だ、大丈夫、申請はしてるから、ば、場所の確保は出来てる。」


「いい宣材が無かったのか?」


「い、いや、ポ、ポスターも出来上がってる。」


「どうして貼ってないんだ?」


「ギ、ギリギリに、は、貼るつもり。」


「お前の事だから何か考えがあるんだろうな。」


剣持がそう言うとオタクの尾崎は、コクリと頷いた。



「あっちゃん、かわええ・・・。」


風祭敦子のポスターの前で、刈茅未菜は涎を垂らしながら見ていた。


「涎出てるから・・・。」


そう言って、ハンカチで拭ってあげる緑川優。

この二人の美女が一緒にいると周りから、かなり目立つ。

一応は、肉食系コンビではあるのだが、一名腐ってるので、ターゲットが被ることは絶対ない。そういう意味でも、友人で居続けられてるのかもしれない。

女同士というのは、男で拗れると修復不可能な状態になる。

小学生でさえ、自分が好きな男子が、友人を好きになったため、虐めに発展なんて日常茶飯事である。

女の虐めは、男より陰険であり、人間形成に大きく影響してしまう。


「このポスター持ってかえろうかな。」


「馬鹿っ、停学になるっつうに。」


最近の学校は、高校大学関係なく至る所に、監視カメラが設置してある。

その上、学生証にはICチップが埋め込まれていて、学内の何処にいるかも、直ぐに判ってしまう。

それでなくても監視カメラの技術の向上で、100年前とは比べ物にならないものになっている。

100年前と言えば、某大手メーカーが製作したホールコンピュター、通称、ホルコンが有名だが。

当時は、都市伝説と言われていたが、何せ制作したのは大手電子メーカーであり、都市伝説でも何でもなかった。

表向きは、犯罪対策としてだが、何の事はない完全な顧客管理の為に作られた物だった。

当時でさえ、マスクしようが変装しようが、完全に人物判別できてたのだから、100年もたった今では、人物判別なんて造作もなかった。



K大では、ポスターへの悪戯、持ち去りが行われた場合は、即停学となっている。

子供でも判る事だろという大人もいるが、そもそも選挙ポスターに悪戯したりしてたのは、その大人たちであるから、大人こそしっかりしろよと子供に、言われても仕方ない。


「未菜のポスターないわね?」


緑川が、見回してみたが、未菜のポスターは無かった。


「そんなのどうでもいい。」


ヘラヘラした顔で、あっちゃんのポスターを凝視したまま、未菜は言った。



ポスターには、大概、キャッチフレーズが書かれている。

風祭敦子の場合は、「絶対的美少女」と書かれていた。

この「絶対的」というのは、ウルトラ姉妹でよく使われる言葉で、「絶対的リーダー」だったり、「絶対的センター」だったりする。


何が絶対的やねん・・・。


いい年した、アナウンサーが総選挙で連呼したりするのだが、棺桶に入りかけたような老人が煽ってるのは、物凄く滑稽である。


「ねえ、あれ井伊さんのポスターじゃない?」


緑川が、井伊千鶴のポスターを見つけ、未菜に伝えた。


「えっ、何処何処っ!」


必死で探す未菜。

すると、道着を着た凛々しい井伊千鶴のポスターを発見した。

キャッチフレーズは、「武神降臨」。

一番最初の所に貼ってあった。

一番目立つ場所に。

ポスター制作者は、言うまでもなく、学祭実行委員長である。


「か、かっこえええええ。」


「しかし、凄いとこに貼ってあるわね。さすが裏番。」


緑川は感心したが、裏番とか関係なしに、合法ロリ野郎が暴走しただけ。



それから暫くしても、未菜のポスターが貼られることはなかった。



「そういや、百合姫のポスター見たか?」


「いや、見てない。」


「今年は貼らないつもりかな?」


「まあ大本命いるしな。」


「ああ、あっちゃんか。」


「俺は、優子派なんだが・・・。」


「A大行けばいいだろっ!」


「知ってたらA大行ってたわいっ!」


「俺、百合姫応援してんだけど・・・。」


「お前、頭腐ってんじゃね?」


「んだんだ。」


「あれ?今年は刈茅さんのポスターないんだ。」


「みたいね。」


と、あちこちで未菜のポスターの話題が出だしてきた。



「尾崎、計算通りなのか?」


「う、うん。」


「ということは、学祭の前日に貼りだすわけだ。」


「そ、その通り。」


K大の学祭は、土日の2日間行われる。

つまり、ポスターを貼りだすのは金曜日ということに。



そして、問題の金曜日。

ここ一週間の未菜は、毎日、あっちゃんと千鶴のポスターに挨拶をしていた。

今日も今日とて、ポスター前に向かう未菜。

しかし、この日は、いつも以上に人だかりが多かった。

写メを撮ってる人間もいる。

貼られた当日とか次の日なら、そういう輩も多かったが、何故に金曜に?

訝しむ未菜。


「かわいいよね。これ。」


「意外な一面よね。」


女生徒に好評らしく、集まってるのは、女性ばかりだった。

気になるっ!

さすがの未菜も割って入るような事はしない。

しばらく様子をみてると、女性たちは満足して、その場を去ろうとした。


が。


未菜を見つけ、挨拶してきた。


「刈茅さん、応援してるね。」


「頑張ってね。刈茅さん。」


そう言われ何の事かわからないが、大勢の女性に挨拶されて、へら顔で有頂天になる未菜。


最高の気分の状態で、未菜は、他の女性たちが見ていたポスターの前に立った。


そして、フリーズした。

身も心も・・・。


そこにあったのは、未菜のポスターだった。


構図はと言えば。

そう、かつてカルディナが撮った究極のSSとまったく同じもの。

奇しくも、頭を撫でてる手は、同一人物という。

恥ずかしそうに、頬を染め、照れ笑いしている刈茅未菜。

そんな自分のポスターを見て、フリーズしないわけがない。



気になるキャッチフレーズは。



「あなたに会えて良かった。」



このキャッチフレーズが余計に未菜の身と心をフリーズさせた。



それから、再起動するまでに、かなりの時間を要したが、未菜は、怒りの炎で復活した。


【おおおおおお尾崎っ!ぶっ殺す!!!】


物凄い勢いで、教室へと向かう未菜。

危うし、オタクの尾崎っ!


「尾崎っ!おんどりゃああああっ!」


「お、おはよう。か、刈茅。」


普段通りの挨拶をする尾崎。


「未菜、あんた、ああいう顔、出来るだね。」


茶々を入れる緑川。


「直ぐに撤去しろっ!」


「む、無理。に、日曜まで誰も触れない。」


「おーざーきぃぃぃぃっ!」


「未菜、うるさいっ!静かにしてよっ!」


今日も二日酔いで機嫌が悪い明子。


「・・・。」


ホテルに連れ込んで、あんな事やこんな事してやりたがったが、明子は、本当にゲロを吐く。そして酒臭い・・・。

未菜すら手が出せない女だった。


「そんなに嫌なら、実行委員会に行ってみれば?本人が嫌がったら撤去してくれると思うよ?」


未菜が本当に嫌がってるようなので、剣持が助言した。


「どうした剣持?お前らしくないな?」


緑川が聞いた。


「け、剣持は、す、既にデータを持ってる。」


尾崎が暴露した。


「お、尾崎っ、それは言わない約束だろ?」


「そ、そんな、や、約束はしてない。」


「剣持、直ぐにデータを消せっ!」


未菜に言われて、消した振りをする剣持。演技力だけは人並み以上にある。

本当に消されても、既にバックアップはあちらこちらに用意してあった。


「講義が終わったら、実行委員長に掛け合ってくる。」


そう言って、未菜は大人しく席に座った。

腹筋を鍛えてる剣持が相手なら、ボディーを遠慮なく殴れるのだが、尾崎の場合は、殴ったら本当に死んじゃいそうなくらい虚弱で、未菜も暴力に訴える事が出来なかった。



未菜が学祭実行委員会に行くと、部屋には、委員長と千鶴が居た。

物凄い形相で睨み付けている千鶴。

むしろ、ご褒美ですと言わんばかりにニヤケてる委員長。

よくわからない構図に未菜は困惑した。


「ど、どうしたの?千鶴。」


「ポスターを撤去して貰いに来ました。」


「えっ、私の為に?」


喜ぶ未菜。


「???」


首を傾げる千鶴。


「私のポスターをじゃないの?」


「いいポスターじゃないですか。」


「何処がよっ!てか誰のポスターを撤去依頼しに来たのよ?」


「私のですが?」


「???」


今度は、未菜が首を傾げた。

そもそも、千鶴のポスターは月曜から貼ってあり、何故に今更?


「月曜から貼ってあったよ?千鶴のは。」


「未菜のポスターが金曜から貼られるって聞いてましたんで、今まで、見てませんでした。」


「誰から?」


「未菜と同じ科の人です。」


「???」


接点が、思いつかない未菜。

しかし・・・。

あの恥ずかしい写メを撮ったのは、間違いなく無職のおっさん。

先生も受け取ってるはずだから、写メを持ってるのは二人ということに。

それを尾崎がどうやって入手したかと考えると。

目の前のちっこいのが、犯人以外の何ものでもなかった。


「もしかして、あの写メ渡したのは千鶴なの?」


「そうですよ。」


おくびれもなく答える千鶴。


「先生から貰ったの?」


「いえ、撮った当日に時野さんがメールで。」


【ととととと時野~っ!!!】


無職のおっさんへの怒りがこみ上げる。


「刈茅さんも、撤去依頼で来たのか?」


委員長が言った。


「そうですが?」


「では、二人に対していうけど。無理だ。一度貼られたものは、学祭が終わるまで剥がすことは出来ない。」


委員長は、ご褒美を期待して、強めに言った。


「ポスターに本人の了解は要らないんですかっ?」


千鶴が睨み付けるように言った。


【ご、ご褒美きたあああああっ。】


心の中で歓喜する委員長。


「あんたがそれを言うの?私の了解は、とってないでしょ?」


「未菜は、誰が作成したか知ってるんでしょ?」


「知ってるわよ。」


「私のなんか、誰が作ったかも不明です。」


「へ?そういうのも教えてくれないの?」


「当たり前だ。重複すれば、本人に選んでもらう事はあるが、作成者のプライバシーは守られるっ!」


と作った本人が自らを守るように言った。


「モデルのプライバシーはないわけ?」


未菜が言った。


「公序良俗に反するようなものは、委員会が許可しない。むしろ盗撮等が疑われるようなものは、それなりの処分が下される。」


「それなら、私のは、盗撮なんだけど?」


未菜が言った。


「私のもですが?」


「えっ?ポスター用に撮ったように見えるよ?」


「試合会場か何処かで撮られたものかと。」


「学生選手権の時のだな。」


ポロッと漏らす委員長。


「ん?何故、委員長が知ってるんですか?」


「いや、ほら、俺も一応、応援に行ってたから、あの時じゃないかなあと。」


「そうですか、応援に来ていただいてたんですか、ありがとうございます。」


「いやいや、当然だよ。」


とても望遠レンズ付きのカメラで応援に行ってたとは言えない委員長。

結局、ポスターを撤去する事は、不可能だった。

付け加えて、未菜は、あっちゃんと千鶴のポスターを後日貰えないかと聞いてみたが、駄目だった。

ポスターは作成者に返却される事になっていた。


「って、作成者がわからないんじゃ、どうしようもないじゃない。」


帰り際、千鶴に愚痴をこぼす未菜。


「そうですね。その点、未菜はいいですね。作成者わかってるし。」


「そうだった。せめて学祭後には、あれを処分しないと。」


「私が貰うようになってます。」


「へ?」


「何か?」


既に、写メを提供した時に、そういう約束になっていた。

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