第65話 【リアル過去編】クレイン誕生

「こうやって二人でお出掛けするのって中学以来?」


VR機の体験場への道すがら、刈茅未菜が千鶴に聞いた。

未菜は気を使ってタクシーで行こうと言ったが、千鶴が頑として譲らなかった為、歩いて向かっている。


「そうですね、未菜が高校の時に兵庫に引っ越しましたから、中学以来ですね。」


「私、高校時代は千鶴が居なくて寂しい思いしたんだから、お嬢様校といっても、私はよそ者でしょ。」


「へー。」

千鶴はどうでもいいような返事をした。


「ちょっとは同情してくれてもいいんじゃないの?」


「未菜は、女子剣道の全日本選手権が何処であるか知ってますか?」


「さあ?」


「兵庫や京都といった関西地区で行われてます。」


「そうなんだ、武道館じゃないのね。」


「ええ、今年も兵庫で行われました。最近は兵庫が多いですね。」


「ふーん。」


「高校時代、後輩や先輩はおろか、女教師にまで、お姉さまと呼ばれてたらしいですね。」


「なっ・・・。」

【何故それをっ!!!】


「お嬢様校じゃあ、未菜を歯止めする人は居なかったんでしょう。お気の毒に・・・。」


「だ、誰から聞いたのかしら?」


「兵庫じゃあ有名でしたよ。百合の女王様と呼ばれてたって。」


「くっ・・・。」


「色んな人が私たちに声かけてくれましたよ。要注意人物って・・・。幼馴染として何も言えませんでした。」


「す、すみせん・・・。女の園って初めてだったんで、浮かれちゃって歯止めがききませんでした・・・。」


「その延長で和美先輩を?」


「いえ、据え膳くわぬのはどうかと思いまして。」


「それは男性の話でしょ?」


「えー・・・。というか、千鶴はどうして和美先輩を知ってるの?」


「大会の手伝いに来てくれてたんですよ。和美先輩は、3年の時に内定もらってて、4年生でもわざわざ来てくれてました。」


「ああ、運動部の手伝いって文科系手伝わされるもんね。ゲー研女子部も行ってたんだあ。」


和美先輩は、ゲーム研究会女子部に所属していた。内定をもらってる為、4年になってもサークルに顔をだしている。

未菜は、女子しか居ないサークルを狙って掛け持ちしている。

が、現在は、全てのサークルに出禁中であった。


「あんなに素敵で、いい先輩なのに。何であんなことしたんですか?」


「そりゃあ素敵な女性だからでしょ?ちょいヤンキー入ってたけど・・・。」


「怒らせるからです。」


「・・・。」


二人は、医療機器メーカーの販売店の前についた。


「タウンとカンパニー?医療機器ですよね?」


「うん。」


「いらっしゃいませ。」

女性の店員が出迎えてくれた。


「VFGXの体験をお願いしたいんですが?」


「はい、かしこまりました。」


「それと、この子が怪我をしてるんで。」


「大丈夫ですよ。それにしても中の良いご姉妹ですね。」


店員がニッコリと微笑んだ。


ごごごごごごおおおおー。


千鶴の背後に激しい炎が燃え盛る。


「すみませんが、どっちが姉でしょう。」


剣豪の如く睨みを利かせ、千鶴が聞いた。

とても一般人が耐えれそうにない威圧感で。


「も、もちろん、お客様がお姉さんですよ。」


「ですよねえ。」


千鶴はニッコリと微笑んだ。


「ははは・・・。」

未菜は苦笑いをした。


「10分で、お一人様500円になります。」

何とか立て直し接客を続ける店員。彼女もプロの端くれである。


「はい、じゃあ二人分。」

未菜が1000円を出した。


「払いますよ?」


「いいのよ。これ位。学生選手権のお祝いもしてないしね。」


「じゃあ、遠慮なく。」


体験版は、キャラクターが固定されていて、男女それぞれ6種類のキャラを選ぶようになっている。


「モードは何にしますか?」

店員が聞いてきた。


「対戦でお願いします。」

未菜が答えた。


「ほう、私と勝負する気ですか?未菜。」


「華を持たせてあげたいけど、本気で行くわよ?」


「望むところです。」



未菜は、盾持ちの騎士を選択し、千鶴は刀使いを選んだ。

どちらも身長は165センチくらいのキャラとなっている。


「足が動きます・・・。」


「ゲームの中だからね。」


「おおー、最近のゲームってこんなのなんですか?」


「そうね。」

千鶴は、刀を振り回し感触を確かめた。


「痛みとかはないんですか?」


「ないわよ。だから遠慮しないでね。」


「わかりました。」


本気で行くとは言ったものの、未菜は防御に徹した。

何せ、現在進行形でゲームをやっている為、初めての人間に負けるわけがない。

千鶴の刀の攻撃は、全て盾に弾かれた。


「心外です。手を抜いてますね。」


「様子を見てるだけよ? そろそろ攻撃するわよ?」


普段は、片手剣に大盾を装備している未菜だが、体験版の騎士は、ランスを装備していた。


「ちょっと勝手が違うけど、こんな感じかしら?」


千鶴の攻撃を受けた後、ランスで突いてみた。

肩の部分にヒットした。


「確かに痛みはありません。が、動きは鈍るみたいですね。」


「そうね。」


「痛みがないなら、本気で行ってもいいですか?」


「言うわね。私は、経験者なんで、甘くないわよ。」


千鶴は、水の構えで呼吸を整える。

高校生選手権では、禁止されていた突き。

大学選手権でも日本選手権でも、禁止はされていない。

が、千鶴はどちらの大会でも突きは出していなかった。


千鶴は一気に突きの連打を放った。

連打なので大きな突きでなく細かな突きを。


「ごめんね。全て防御させてもらうわ。」


大盾で、防御した。

未菜から向かって、左側に一気に移動する千鶴。

未菜は、左手に大盾を持っている為、左が死角になっている。

そして未菜が気が付いた時には、千鶴は左へ移動していた。


「しまっ・・・。」


千鶴の突きが、未菜の左腕に突き刺さる。

ほんの一瞬、大盾が下に下がる。

それを千鶴は見逃さない。

喉元に、必殺の突きを放った。


winner 刀使い


そう表示され、千鶴の一勝が確定した。


体験時間は10分あった為、この日の結果は、千鶴の2戦全勝。


「カタナコワイ、カタナコワイ・・・。」


体験機から、ブツブツ言いながら未菜は、出てきた。

千鶴の方は、自分が怪我をしてるのを、体験機から出てきて、改めて認識した。


「ゲームの中じゃあ、私、怪我してないみたいでした。」


「そうですね。こちらのパンフレットをどうぞ。」


「これって、家庭でも出来るってことですか?」


「お値段は、はりますが、一応家庭用ゲーム機となってます。」


「す、凄いです。未菜は、持ってるんですか?」


「え?」

隅っこで蹲っていたが、声を掛けられ復活した。


「私、お嬢様だから・・・。」


「そうでした。未菜みてると、全然、お嬢様っぽくないんで・・・。」


「千鶴も、始めたいの?」


「うーん、さすがに無理とは思いますが、お父さんに聞いてみます。」


「買ってくれるといいね。」




その日の夕食、井伊家では、父、母、千鶴の3人で、いつものように

食卓を囲んでいた。


「お父さん、買って欲しい物があるんですが?」


【なっ、あの剣道一筋で、今まで一つもおねだりなんてした事ない千鶴が】

父は嬉しかった。


「何が欲しいんだい?」


「ゲーム機なんですが。」

そう言って、パンフレットを出す千鶴。


「へえ、千鶴がゲーム機ねえ。」

パンフレットをチラ見する父、直樹。


「いいだろ、これ位。父さんのヘソクリで買ってあげよう。」


「ほ、本当ですか?」

嬉しそうに微笑む千鶴。


直樹は思った。

怪我をしてから、沈み気味だった千鶴がこんなに笑ってくれて、本当に嬉しかった。


「ありがとうございます。」

千鶴は、食事を終え、後始末をした後、自分の部屋へ戻って行った。


「あなたに、こんなヘソクリがあるなんて思いませんでした。」


「何を言うんだい母さん。俺だって2万くらいのヘソクリはあるよ。」


「桁を間違えてますよ?」


「え??」

年と共に視力は落ちていくもので、直樹はパンフレットを手に取り、値段を再確認した。


「にっ、ににににに、二十万っ・・・。プラス消費税・・・。」


「言っときますけど、小遣いの前借は出来ませんからね。」


「・・・。」

妻に先に釘を刺されてしまった直樹。


次の日、直樹は、タウントカンパニーの販売店でVR機とソフトを購入した。

ローンで・・・。


「俺の飲みの回数を減らせば安いもんだ。あんなに千鶴も喜んでいたし。」


この時の直樹は、知る由もなかった。

まさか1年後、もう1セット買わされ、追いローンを組む羽目になろうとは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る