第60話 朝練

昨今の剣道では、高校生の突きは、大会で禁止されている。

以前は、男子も女子も高校からOKだったが、今の時代では、突きがOKな大会は、大学選手権と全日本選手権の2つだけだ。

全日本選手権では、年齢制限が無いため、実質高校生でも、突きを使う事は可能となっている。

但し段位制限があり、通常の高校生は出場することができない。


朝の7時、井伊千鶴は、VFGXにONをした。

平日の朝は、クレインの知り合いは、殆どと言っていい程いない。

クレインは、闘技場前で待ち合わせをしていた。


「朝の鍛錬は終わったのですか?」


一人の女性キャラが話しかけてきた。

見た目は40前位の背筋がピンと伸びた女性キャラだった。


「はい、おばあ様。」


「じゃあ、いつものように対戦しましょう。」

グランマというキャラ名で、千勢はONしていた。

レベルは、1のまま。

冒険もせず、クレインとだけ対戦を繰り返していた。

Lv1の為、武器もNPC売りの初期武器であった。


この日の対戦も、結局クレインが突きで押し切り勝利した。


「いい突きね、クレイン。全日本でも出せればいいのに。」


「つ、突きが無くても、大学選手権はとってます!」


千鶴は、高校選手権を3連覇、大学選手権を2連覇していた。


「おばあ様、申し訳ありません。薙刀なんですが、色々聞いて貰っても、作れる人が居なくて・・・。」


クレインは、シンゲンや、他の人間にも薙刀について聞いていたのだが、未だに作れる人を探せずにいた。


「構いませんよ。私は、まだ動きに慣れてませんから。」

VFGXでは、年齢の差なく、全てのキャラが同じ速さで動ける。

装備品から、速さが引かれるわけだが、それでも千勢は、未だにマックスの動きが出来ず戸惑っていた。


「ほんと、リアルより早く動けるってのは怖いわね。」


「怖いですか?」


「クレインは、どうなの?」


「若干リアルの方が遅い気はしますが、それ程の差は感じません。」


現在が、リアルで最高潮の状態である千鶴には、速さによる戸惑いは、

まったくなかった。


「若さでしょうね。でも年齢とか体力とか関係ないっていうのは、いいわね。私でもクレインに勝てるようになるかもしれませんしね。」


「おばあ様は、確実に強くなられてます。」


「そうね。でも今のままじゃあ、クレインが強くなる事は無理ね。今の私じゃあ、あなたを引き上げる事が出来ないわ。」


「そんな事ありません。既におばあ様、その辺の輩より、よっぽど強くなられてます。」


「もう少し、時間を頂戴。まずは動きに慣れないとね。」


「次の大会は、当分先ですから、時間は十分にありますので。」


「それと、クレイン。ゲームばかりせずに、ちゃんと剣道の方もするのですよ?」


「もちろんです。」


「勉強の方もね?」


「・・・。」


そして、二人は、再び闘技場のデュエルルームで、対戦をした。

デュエルルームは、非公開で戦える場所である。



朝練は、毎日1時間だけ行われる。

その後、千鶴は学校へ行き、千勢もログアウトする。

千勢は、毎日この朝の時間しかONしていないが、この日は、午後の1時にもONをした。

最初の川で、釣り人と会うために。


「毎日ここで釣りをしてるのかしら?」

グランマが聞いた。


「あ、どうも初めましてグランマさん、タイマーです。」


「あら、まあ初めましてだなんて。」

グランマは笑った。


「こっちで会うのは初めてなんで。この世界は慣れましたか?」


「ぼちぼちですよ。とにかくリアルネームで、呼ばない様に注意してます。」


「わかりますよ。俺も最初の頃は、うっかり言ってましたから。」


「クレインに、何度も言われて、ようやく慣れた頃です。」


「冒険とかされてますか?」


「いえ、まったく。毎朝クレインと対戦してるだけです。」


「そうなんですか?じゃあ俺と殆ど変りませんね。」


「タイマーさんは、毎日釣りを。」


「ええ。そう言えば、グランマさんは、職業というか武器は何を?」


「リアルでも薙刀を教えてるんで、薙刀を選びました。」


「薙刀なんてあったんですね・・・。」


「ええ。ただ他に使ってる人も居ないらしく、作れる人が居ないんだとか。」


「そうなんですか?」


「クレインに探してもらってますが、未だに。」


「ちょっと、自分も聞いてみますね。」

タイマーは、ゲンにメールをうった。ゲンはONしてなかったので、直ぐに返事はないと思ってたが、直ぐに返事が来た。


【薙刀作れる奴なんて、俺も聞いたことねえ・・・。】と。


「うーん、本当に居ないみたいですね。」


「あら・・・。クレインからも槍に変えたらと言われたんですが、せっかくあるなら、薙刀がいいなと思ったんですがね。」



「どうかされましたか?」


ちょうど釣りの様子を見に来たロッドメーカーが話しかけてきた。


「ロッドメーカーさん。こちらはグランマさんで、俺の知り合いです。」


「初めまして、ロッドメーカーと言います。名前の通り釣竿を作ってます。」


「初めまして、グランマといいます。タイマーさんの友人です。」


「それでどうかしましたか?」


「いえ、薙刀を作れる人が居ないなあと。」

タイマーが言った。


「私、作れますよ?」


「えっ・・・。」


「ご存じの通り、私、冒険しませんからね。タイマーさん程じゃありませんが。その分スキルスロットは、余ってて、薙刀も作ってます。」


「どうしてまた・・・。」


「槍とか作ってる人は、結構いるんですよ。どうせなら誰も作って無い物がいいかなと。」


「さすがロッドメーカーさん。物好きですね。」


「ええ、自分でもそう思います。」


「宜しければ売っていただけないでしょうか?」

グランマが聞いた。


「いえ、タイマーさんのお知り合いでしたら、お譲りします。」


「お金でしたら、用意できますが?」


「作り置きというか、作ったのが売れずに残ってますんで、お気になさらずに。」


「売れた事あるんですか?」

タイマーが聞いた。


「一本もありません。というか使ってる人見たことなくてw」


「よく作ってましたね。」


「ですねえw 持ってきますんで、少々お待ちを。」


ロッドメーカーは、薙刀を取りに戻って帰ってきた。


「2本ありますんで、2本ともお渡ししときますね。」


「ありがとうございます。」


「まずは、こちらをまだ装備は出来ませんが、手に取ることは出来ますので。」

トレードで一本目を渡し、所有権は、グランマの物となった。


「手に取って出してもらえます?」

グランマは、ロッドメーカーに言われた通り、手に取って出した。


「これが、Lv20から装備出来る備州長船静型です。」


「静型なんですね。」


「ええ、見た目は、巴形の方がいいのですが、攻撃力が静型の方がいいので、私は、静型しか作っておりません。」


巴型と静型の違いは、刀身にあった。

良く見かける、反りの入った刀身が巴形で、反りが少ない物が静型と呼ばれている。


「レベルを上げないと、装備できないんですよね?」


「ええ、レベル20になるのも、少し時間が掛かると思います。」


「わかりました。この世界のスピードにも慣れないといけませんので、頑張りたいと思います。」


「もう一本は、さらに上位の物になってます。」


ロッドメーカーは先ほどと同じようにトレードで渡した。

上位の薙刀を持ったグランマは、身震いがした。


「こ、これは・・・。」


リアルでもお目にかかったことないような名刀が自分の手にあった。


「備州長船静型”千”です。」


薙刀で、上位クラスになると、号がつく。

薙刀の号は、殆どが女性の名前となっている。


「柄には、堅松樹、刀身には、ライトカーボンメタルを使ってます。この世界で、今ある最高級の素材で作ってます。」


「ライトカーボンメタル使ってるんですか・・・。」

タイマーが言った。


「と言っても、タイマーさんのそれと違って、鉱石ですけどね。」

タイマーが今持ってる、ブラッククリスタルロッドには錬鋼が使われている。


「早く使ってみたいです。」

震える手で、目を輝かせながら、グランマは言った。


「申し訳ありませんが、それは、Lv50から装備可能となってます。」


現在のVFGXのマックスレベルは55。

新マップに行けば、60までの解放クエがあるらしいのだが、ご存じの通り門が開かない状態にある。


「それは、大変な事なのでしょうか?」


「攻略組と言われる連中が、Lv55ですから、時間は掛かると思います。」


「そうですか・・・。」


グランマは、千(せん)から放たれる名刀のオーラにも惹かれていたが、何より、号が自分の名前の一文字である事に運命的な物を感じていた。


「それとLv50になって、千を使用する前に一度私の元へ来ていただけますか?千について改めて説明したいと思いますので。」


「わかりました。その時が来たら必ず。」


「しかし、その点、タイマーさんはついてましたね。」


「俺がですか?」


「だって、ロッドにはレベル制限がありませんので。」


「ああ、確かに。」


「タイマーさんのロッドも、凄いオーラを感じます。」

グランマが言った。


「千の十倍の価値の材料使ってますから・・・。」

ロッドメーカーが説明した。


「これの10倍っ・・・。釣り道楽とはよく言ったものですね。」


「まったくです。」


「いやいや、作ったのは、ロッドメーカーさんでしょ?」


「それは、そうですね。」

ロッドメーカーは苦笑いした。

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