第113話 そして始まる暴走の学祭物語

「うざいんだよ、どけっ!」


野球部の2年生は、声を荒らげ、応援に来ていたファンを押しのけた。

1人の眼鏡を掛けた女生徒が地面に尻餅をついた。


「だ、大丈夫?」


他の女生徒が、駆け寄る。


「う、うん。」


「ちょっと、大和君、酷いんじゃないの?あなたの応援に来てるのよ?」


「応援?練習に応援もないだろっ!」


先日の大会で、惜敗した2年生エースは苛立っていた。


「自分のせいで負けたからって、女に当たるなんて、最低。」


誰かが言った一言が、大和を更に苛立たせた。


「なんだとっ! 今言った奴、出てこいっ!」


怒りの形相の大和に、女性たちは委縮して、声も出せなかった。

尻餅をついた女性は、怯え、立つことすらできない。


「ねえ、大丈夫?」


そんな怯えきった女性に声を掛ける人物が現れた。

優しく手を取って、女性を立たせると。


「大丈夫?少し、向こうで休憩しようか?」


優しく微笑みかけられ、女性はコクリと頷いた。

そうして、野球部のエースを無視して、二人で消えていこうとしていたが、エースが忠告した。


「お前ら、友達なんだろ?あの娘、食われるぞ・・・。」


はっ、と我に返った女性たち。


「あ、あの刈茅さん、大丈夫ですから。」


「私たちが。」


そう言って、女性を未菜から引き離した。


「・・・。」


「お前、最悪だな。」


大和が言う。


「お前に言われたかないわっ!」


未菜が言い返す。


「あのなあ、未菜。」


「名前呼びすんなっ、ぼけっ!」


「そんな口の利き方してると2連覇ないぞ。」


「どうでもいいわっ!」


「てか、グランドに何の用なんだ?俺の練習でも見に来たのか?」


「アホか、お前は。どこまで自信過剰なんだよっ!」


「そうそう、未菜は、これから俺と演劇の練習があるんだよ。」


そう言って、いきなり現れた剣持は、未菜の肩を抱いた。

すぐさま振りほどいて、ボディーブローを一発入れる未菜。

しかし、腹筋を鍛えてるらしく、ダメージはないようだ。


「おい、剣持。ひとの婚約者の肩抱いてんじゃねえよ。」


「誰が婚約者だっ!」


未菜が速攻で抗議する。


「うちの親父が、未菜が嫁に来てくれるなら、全てを未菜に譲ってもいいと言ってるんだ。」


「なんで、私が・・・。てかお前、親に信用ないのか?」


「俺は野球バカだからな。」


開き直ったバカだった。


「態々、大和グループ継がなくても、未菜には刈茅グループがあるからね。それに未菜は、そういったものには興味がないんだよ。」


剣持が言う。


「確かに、その通りだが、お前が言うなっ!」


段々、相手するのが面倒になってきた未菜。


「剣持、お前とは前から決着つけようと思ってたんだがな。」


「奇遇だね。俺もそう思っていたよ。」


対峙する男と男。

しかし、男たちは知らなかった、既に未菜が演劇部のいるホールへ向かった事を・・・。


「あ、あのー。」


野球部の練習を見に来ていた女性が話しかける。


「何かな?」


イケメンの剣持が優しく答えた。


「刈茅さん、もう行っちゃいましたよ。」


「「・・・。」」


「や、大和、また今度でいいかな?」


「あ、ああ。また今度な。」


男たちは、白けたまま、別れた。



翌日、未菜は、休講していた講義を受けるため、いつもの席へ座った。

中間の位置の窓際の席。

大学では、座席の位置は決まってないが、2年にもなると大体、定位置が決まってくる。

未菜の隣には、早くから男が一人座っていた。

陰鬱な雰囲気を醸し出してる眼鏡男子。


「お、おはよう。か、刈茅。」


どもるのは、いつもの事だった。


「おは。」


端的に返事をする未菜。

しばらくすると、未菜の前に、長髪の美形の女生徒が座ってきた。


「おは、未菜。」


「おは、優。」


「ついでに、尾崎も、おは。」


緑川優は、未菜の隣に座ってた、尾崎にも挨拶した。


「お、おはよう。」


「それにしてもイイ男いねえかなあ。」


「あんた、そればっかりね。」


「コンパ行っても、ロクなのいねえし。」


「ハードル高いんじゃない?」


「全然。そこそこ顔よくて、金持ちで、私より頭よけりゃあ、それで。」


「け、K大の政経より頭良くて、か、金持ちって凄い、マ、マイノリティ。」


尾崎が言った。


「だってさ、女より馬鹿な男ってありえなくね?」


「まあ、まあ、最悪、男出来なかったら、私が面倒見てあげるから。」


「死んでも御免だわ、。」


未菜の優しい言葉は無下に却下された。


「か、刈茅は、す、全て、ク、クリアしてる・・・。」


尾崎がボソッと言った。


「根本的な問題があるでしょうがっ!」


「優、男とか女ってのはね、大した問題じゃあないのよ。」


「大問題じゃっちゅうにっ!」


「おはようっ。」


そう言って爽やか美男子の剣持が尾崎の隣に座った。


「コイツは?」


未菜が剣持を親指で指さす。


「ないわあ。」


「何が無いの?」


剣持が聞いた。


「み、緑川の彼氏候補・・・。」


「へえ、俺だと何が足りないの?」


「金よ、金。」


「随分ストレートだね。売れっ子俳優になったら金持ちになるかもよ?」


「保険がねえだろ、保険が。」


「保険?」


「家が金持ちとか、そういう失敗した時の保険だよ。」


「ああ、じゃあ祐樹はどう?」


未菜が大和祐樹をすすめた。


「脳筋はパスっ!同じ大学でも政経(うち)と人文(あっち)じゃあ、差があんだろ。てか、そもそも二人とも未菜に惚れてんだろっ!」


「ないわあ・・・。」


「俺の何が足りない?」


剣持が真剣に聞いた。


「根本的な問題よ。」


「未菜さっき、男とか女って大した問題じゃあないっつったろ。」


「大問題よ!」


「おのれは・・・。」


緑川優は呆れてしまった。


「ふーっ何とか間に合ったあ・・・。頭いてえええ。」


そう言って、赤松明子は、緑川優の隣に座った。


「どうしたの、明子、授業終わったら私と休憩でも行く?」


「ゲロ吐いてもいいの?」


「・・・。遠慮しとく・・・。」


「さ、酒くさっ。どんだけ飲んだのよ。」


緑川優が文句を言った。


「昨日のコンパが外れでさあ。」


「ちょっ、私も誘いなさいよっ!」


緑川優が怒った。


「B大の貧乏学生の相手が出来るかって言わなかったけ?」


「言いました・・・。」


「冴えない男ばっかで、しかも割り勘だって。」


「それで死ぬほど飲んだのね?」


「飲まなきゃやってられないでしょ?」


「あんたねえ、そのうちお持ち帰りされるわよ?」


未菜が心配して言った。


「未菜程じゃあないにしても、明子も結構強いからね。」


「ふっ、むしろ酔った私をお持ち帰り出来る男に会いたいわっ!」


「・・・。」


大概、1年の時は、人間猫を被るもので。

2年にもなれば、化けの皮が剥げてくる。

しかも、女性となれば、それが顕著に現れてくる。

目的の男が居ないなら、猫を被る必要もないわけで。


「か、刈茅、1年の、こ、この子、知ってる?」


尾崎は、そう言ってPADを取り出し、未菜に見せた。


「な、何これ、超可愛いんだけど、ジュルリっ・・・。」


「涎、出てるから・・・。」


しょうがなく緑川優は、ハンカチで涎を拭ってやった。


「風祭敦子か、今年のミスK大の大本命だね。」


剣持が言った。


「何何?この可愛い子と知り合いなの?」


「未菜知らないの?アイドルグループの一人だよ。」


優が答えた。


「へ?一芸入学とか?」


「一般で政経に入った本物よ。」


「ア、アイドルの頃から、あ、頭いいって言われてた。」


「てか尾崎、2次元じゃないのに詳しいじゃない?」


優が突っ込む。


「じょ、情報収集は、オ、オタクの義務。」


「義務って・・・。」


「で、この敦子ちゃんを私に紹介してくれるの?」


目を輝かせながら聞く未菜。


「あんた、ちゃんと話聞きなさいよ。剣持が言ったでしょ?ミスK大の大本命って。つまりあんたのライバルよ。」


「譲る、譲る。その代りお友達になってもらう。」


「あんた、頭吹いてるわ・・・。知ってたけど。」


「ねえ、授業始まるよー。頭痛いんだから静かにしてよ。」


「己は、自業自得だろっ!」


「ふいー・・・。」


優に突っ込まれ、そのままうつ伏せに寝込む明子。


【こ、このままじゃ、に、2連覇が危うい。な、何とかしなくちゃ。】


1人、闘志を燃やすオタクの尾崎。

果たして、今年のミスK大はどうなるのか。

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