第114話 【リアル過去編】K番とは

K番とは、K大に伝わる200年近い伝統で、まあざっくり言えば、番長のようなものである。

正式には、サークル連の議長になるのだが、代々、サークル連の議長は、いつのころか、K大の番長を略して、K番と呼ばれるようになった。

K番に、選出されるのは3年生で、運動系サークルの部長というのが、長年の慣わしとなっていた。


この日、K番の空手部主将、神崎は、3年生に歯向かった2年を6人掛かりで締め上げていた。


「いいか轟、お前も応援団の端くれなら、上級生に歯向かうのは、御法度だってのは、知ってるだろ?」


ボコボコにされながらも、2年生の轟は、一切手を出していなかった。

訳あって上級生を殴ったが、現在の状況になる事は、覚悟の上だった。


「殴った相手に謝る気は、ないよな?」


「自分は、間違ってません。」


土の上に正座したまま、轟は答えた。


「仕方ねえな。」


再び、6人がかりで、竹刀でフルボッコにしようとした。


「何をしてるんですか?」


体育館の裏という事で、人通りも少ないが、皆無という事ない。

誰も、サークル連というかK番には関わりたくなく、見ても足早にその場を去るだけだったのだが。


「お前、1年の井伊だな。関係ないから、さっさと何処かへ行け。」


高校選手権3連覇という鳴り物入りで、入学した井伊千鶴は、サークル連の人間で知らないものは居なかった。


「その竹刀は、剣道部のものでは?」


「心配するな、剣道部は、了承済みだ。」


「私は、了承した覚えはありません。」


「おいっ!! 1年が粋がるんじゃないぞっ!」


神崎は怒鳴った。


「6人がかりですか?あなた達は卑怯者ですね?」


去ろうともせず、むしろ近づいてきた。


「いい加減にしろよ。」


神崎は、竹刀の先を千鶴へと向けた。


「か、神崎さん。その子は関係ありません。井伊と言ったか、関係ない者は、口を挟まないでくれ。これはサークル連の問題なのだから。」


轟は、井伊千鶴に、この場から去るように言った。


「竹刀とは、闘う為の道具であって、人を虐めるための道具では、ありません。これは剣道部の、つまり、私の問題です。」


パッと見、小学生にしか見えない少女から、物凄い覇気が放たれた。

千鶴は、目の前に突き付けられた竹刀を掴んだ。


「ガキがでしゃばるんじゃねえっ。」


神崎は、持たれた竹刀を振りほどこうとしたが、竹刀は動きもしなかった。


「弱い犬ほど、よく吠えますね。」


「て、てめえ。」


神崎は、両手で竹刀を持ち引いたり押したりした。

しかし、竹刀が動くことはなかった。


「ちっ。」


更に力を込めて竹刀を思い切り引いた。


刹那。


千鶴は、竹刀を思い切り押した。

二人の力が合わさった竹刀の柄は、神崎の鳩尾に直撃した。

言葉も発する事なく、その場に膝をついた。


千鶴は、手に持っていた竹刀を、ちゃんと持ち直し、残りの5人を睨み付けた。


「面倒です。いっぺんに掛かってきなさい。」


「ふざけんじゃねえっ!」


「いい気になるなっ!」


5人の中に剣道部は居なかった。

運動系サークルの主将や部長連中だ。

もし、剣道部主将が居たなら、即座に降伏しただろう。



「まったく、剣道部の備品をなんだと思ってるんですか。」


井伊千鶴は、残り5本の竹刀を無事回収した。

未だ6人は、地に伏せっていた。


「し、竹刀を回収したなら、さっさとこの場を去れ、後は俺がなんとかする。」


「あなたも随分、傷ついてますね。直ぐそこに剣道部の部室がありますので、そこへ行きましょう。」


「いいから、俺の事は、気にしないでいい。」


「ゲホッ、ゲホッ・・・。」


一時、呼吸するらままならなかった、神崎が起き上がった。


「か、神崎さん、俺が全責任をとりますので、コイツは・・・。」


「お、お前、そいつの事知ってんのか?」


「い、いえ・・・。」


「高校剣道3連覇した期待の新人だ。応援団なら知っておけ。」


「す、すみません。」


190近い、大男は小さくなって謝った。


「もういい。今後は、上級生に逆らうな。どうしてもままならない事があればサークル連に言え。」


「は、はい。」


「それでは竹刀は返して頂きます。」


そう言って、井伊千鶴は、轟を立たせて、神崎に挨拶した。


「おい、井伊。わかってんだろうな。大学選手権で負けたら、しょうちしねえぞ。」


「御心配には及びません。」


そう言って、井伊千鶴は、その場を後にした。



「まったく無茶をする。」


轟が言った。


「何がですか?」


「神崎さんが今のK番だぞ。運動系サークルなら聞いてるだろ?」


「さあ?」


「剣道部だって、サークル連に入ってるんだがな。」


「そうなんですか?へえ。」


全然気にもしてなかった。


「どうして、やられっぱなしだったんですか?」


「あの場に居たのは、各サークルのトップだからな。応援団の俺が傷つけるわけにはいかんだろ。」


「へえ、あなたは応援団なんですね。」


「お前、1年なんだろ?俺は一応先輩なんだが・・・。」


「私は気にしませんから、大丈夫です。」


「・・・。まあいい。今度大学選手権があるのか?」


「はい。」


「なら、応援団が・・・。」


「結構です。」


速攻で断られた。しかも話の途中で。


「応援ぐらいいいだろ?」


「剣道の試合中に、応援団に応援されたら迷惑です。」


「そ、そうなのか・・・。」


「はい。」


「・・・。」


「でも、壮行会の時は、応援をお願いします。」


「あ、ああ。任せといてくれ。」


そうして、轟は、剣道部の部室で手当てをしてもらった。



剣道大学選手権当日、轟は、個人として井伊千鶴を応援に来ていた。


「あの子、高校の時も無敵だったんだろ?」


「まあでも、決勝はヤバいんじゃないか?」


「そういや、全日本女子でも、巨漢の人に負けてなかったっけ?」


千鶴の相手は、体が大きく、大学4年生だった。

通常は、3年で引退する者が多いが、4年で出場する人間も皆無では、ない。


「大丈夫か、井伊の奴、あんなに体格差があって。」


轟は、心配になった。


「問題ねえよ。レベルが違う。」


そう言って、話しかけてきたのは、空手部主将、神崎だった。


「か、神崎さん。」


「隣いいか?」


「おっす!」


「あのデカいのは、全日本レベルじゃあない。井伊の相手じゃねえよ。」


「神崎さん、詳しいですね?」


「同じ武道系だからな。まあ、見とけ。決勝もすぐ終わる。」


井伊千鶴のようにスピード重視の相手には、体をぶつけスピードを殺すのが、一番手っ取り早い。

しかし、体をぶつけるスピードが無いとお話にならない。

全日本にも出てない相手では、体をぶつけることなく1本目をとられてしまった。


2本目、見事、体をぶつける事が出来た。

いや、千鶴があえて受けたのだ。


そのまま、巨漢にまかせて押そうとしたが、ピクリとも動かない。


「ま、まさか、押し負ける?私が?」


なんと、千鶴が巨漢の相手を押しのけ、面を入れた。


面ありっ!


あっさり2本先取し、大会は終了した。


「なっ、レベルが違うんだよ。」


「凄いですね。」


「さすが、K大の小さな巨人だな。」


「ちげえよ。裏番らしいぞ。」


「1年でか?」


「K番フルボッコにしたらしい。」


「まじで?K番って他の大学の奴でも避けて通るって言われてる?」


「こええよ。」


「あんなにちっちゃいのにな。」


「ば、馬鹿ッ、ちっちゃいって言ったら殺されるらしいぞ。」


「こえええええ。」



「か、神崎さん、何か噂になってますよ?」


「まあ仕方ねえだろ。見てた連中は居たんだろうしな。まあ俺としては、大学選手権とってくれたし、文句はねえよ。」


そう言って、神崎は笑った。


そして、神崎が、3年の3月。

後任のK番に、4月から応援団団長になる轟を指名した。



「悪いな、わざわざ、空手部の道場に来てもらって。」


「いえ、剣道部から近いですから。」


神崎は、空手部を引退の前に、井伊千鶴を呼び出した。


「もう一度、お前と立ち会ってみたくてな。って、竹刀はどうした?」


千鶴は丸腰で、道場に来ていた。


「私は、手刀で構いません。」


「舐められたもんだな。って言っても、前に負けてるからな。いいのか?手加減はしないぞ。」


「はい。」


真剣な表情で見つめ合う二人。

神崎は、空手の構えを、千鶴は右手刀を前に出した。


最初に動いたのは神崎。

渾身の正拳突きを放つ。

対して、千鶴は、手刀で正拳突きを叩き落とした。


「いってええええ・・・。ありえねえ、普通やるか?」


右手の甲を抑えながら神崎が言った。


「神崎さんは、どうして蹴りを使わないんです?」


「そりゃ、お前・・・、竹刀使わない相手に蹴りなんて出せねえだろ。」


「手加減してるじゃないですか?」


「まあ、何だ。俺の負けだな。」


「用ってこれだったんですか?」


「いや、次のK番だがな。轟に決まったぞ。」


「轟君が?」


「ってお前、先輩だろ、轟は。」


「私は気にしませんが?」


「・・・。まあ、なんだお前も裏番って呼ばれてるから、何かあったら力になってやってくれ。」


「力にはなりますが、なんですか裏番って?」


「知らんのか・・・。」


K大の裏番は鬼より怖しと言う噂は、都内の大学中に広まっていた。

知らぬは本人ばかり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る