第25話 潜入捜査

宇品は、空いた時間に会社を出て、ある場所へと向かった。

マスクを着け、ハンティングキャップを被り、はたから見ると

完全に怪しい、おっさんだった。

勇気を出しで、フォンデに入ろうとしてみたが、敷居は高かった。


「こんな店、男一人で入れるかっ」


と毒づきながら、ある意味で安心した。

この店であれば、変な男が寄ってくることもあるまいと、

自分に納得して、店を後にしようとした。

その時、会いたくもない昔の級友が、のこのこと歩いてきた。


「無職の奴が何をしてるっ!」


突然マスク姿のおっさんに声を掛けられた時野は、少しびっくりした。


「・・・。その声は、宇品か?」


「それがどうした!」


「お前、その恰好、警察に職質されるぞ?」


「むっ・・・。」

とりあえず宇品はマスクを外した。


「何してんだ。こんな所で?」

時野は聞いた。


「こっちのセリフだ。お前こそ、何処へ行く。」


「ティータイムにフォンデに行くに決まってるだろ。」


「お前、一人でこの店に入るのか?」


「常連だが、何か?」


「昔っからそうだよな、お前は。女子の輪の中にも平気で入って、行ってたしな。」


「まあ、そういうことだから。」

と時野は、宇品を押しのけて店に入ろうとした。


「ここは通さんっ。」


「何言ってんの・・・お前・・・。」


「ど、どうしても店に入りたければ、俺も連れて行け。」


「・・・。勝手についてこいよ。」

そうして二人は、ファンシーなケーキ屋に入っていった。


いつもの店員に案内され、空いてるテーブルに着くと時野は、

店員に頼んだ。


「いつもの日替わり2つで、あと美緒ちゃんと店長呼んでくれる?」


「美緒ちゃんだけなら、通報しようかと思ったけど。店長も一緒ならいいかな?

そちらの人も時野さんと同じロリコンさん?」


「いや、こいつは美緒ちゃんのお父さんだ。」


「あっ、すいません。失礼しました。直ぐ呼んで来ますね。」




「初めまして、店長の高梨洋子といいます。」


「いつも娘がお世話になっております。」

宇品は立ち上がり、丁寧に挨拶した。


「な、なんで親父が居るんだよっ。」

後から来た美緒が言った。


「昨日知ったもので、ご挨拶が遅れてしまいました。」


「いえ、美緒ちゃんは、おば様達に大人気で、こちらも助かってます。」

人当たりがよく、低姿勢な店長を見て宇品は更に安心した。


「美緒ちゃん、今日の日替わりケーキは何?」


「りんごとシナモンのパンケーキ。」


「ちょっ、お前なんで人の娘に話しかけてるんだっ!」


「店員に、話しかけて何が悪い。」


「くっ、店長さん。こいつをなんとか出禁に・・・。」


「常連さんなんで、それはちょっと。でも、変なちょっかい出さないように監視してますんで安心して下さい。」


「ありがとうございます。美緒も気を付けるんだぞ。」


「・・・。」


「しかし、俺の娘は可愛いだろ?」

二人が仕事に戻った後、宇品が時野に言った。


「うんうん。可愛く成長したよな。」


「ぶっ殺すぞ、てめえっ!」


「なんだよ、可愛くないって言えばいいのか?」


「それでも、ぶっ殺す。」


「あのなあ・・・。」


「お前に頼み事なんてしたくはないんだが、一つ頼みがある。」


「なんだよ?」


「実は、今朝、美緒にスマホとられてだな・・・。」


「何?俺の誕生日プレゼント消されたんじゃないだろうな?」


「消された・・・。」


「何で見つかるんだ?」


「待ち受けにして、テーブルに置いてたらバレた。」


「お前はアホかっ!」


「ということで、再送お願いします・・・。」


「たくっ、しょうがないな。」

そう言って、時野は写メを再送した。


「でだ、そのデータを消せっ!」


「ふざけんなっ! まあ、お前と違って、これ消されても他に保存はしてるがな。」


「全部消せっ! 全部っ!」


「また見つかって、消されたらどうすんだ?」


「・・・。」



「ここって、お持ち帰りもあるんだよな?」


「ああ入口の横で売ってる。」


「部内の連中にでも、買っていこうかと。」


「俺も進のとこに買っていこう。」


「そういやお前、ゼネコンからの誘い断ったらしいな?」


「まあな。」


「大手じゃないにしろ、準大手だろ?」


「20年が、一瞬で無になったんだぞ?さすがにもうゼネコンは・・・。」


「そうか・・・。」


「なんだ、こないだ、ざまああって、言ってたくせに。」


「お前には、さっさと就職してほしいんだよ。」


「はいはい、ケーキ屋にこれなくなるからだろ?」


「その通りだっ! うちの娘にも近寄れなくなるしなっ。」


「美緒ちゃんはさ、康平と同い年だし、俺にとっても娘のようなんだよ。」


「俺の娘に父性を向けるんじゃねえっ。」


「男の目で見るよりはいいだろが?」


「うっ・・・。」


二人は、それぞれお土産のケーキを買い別れた。

宇品は最後まで、娘に近づくなと言い続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る