第11話 リアル過去編「部下と友と」

「時野主任、新しい子をお願いできるかな?」


新人が入社して半年が経とうとしていた頃、時野は、業務課長から

お願いされた。


「課長、自分に新人は任さないという事でしたが・・・。」


「ああ、大丈夫だよ。男性だから。」


「はあ。」

時野は、とある事情で、主任に降格しており、業務課に所属していた。


「始めまして、常磐といいます。宜しくお願いします。」


【どんな、問題児かと思ったが、感じよさそうじゃないか】


常磐は、小柄で中性的な顔立ちをしていた。


「まあ、仕事の依頼があるまで、好きな事でもしといてくれ。」


「ネット使ってもいいんですか?」


「ああ、エロ以外ならな。」


時野自身、業務課預かりと言う事で、業務課の仕事は無かった。

そんな、時野の元へ回されるって事は、何かしらの問題があるはずと時野は思っていた。


「すみません。時野さん、常盤君を借りたいんですが。」


「えっ・・・。」


かつての部下であった男が声を掛けてきた。


設計課の方で、手書きの図面をCADに落とす雑用の仕事だった。

山のように積まれた図面は、時野がざっとみても3、4日かかるような量だった。


「これを2日で、お願いできるかな?」


「は~い。」

設計課課長補佐の無理難題に、常磐は軽く返事をした。


「ちょ、ちょっと課長補佐、よろしいでしょうか?」

時野は人目を気にして、課長補佐を人が居ない場所へ連れて行った。


「おい、あれを2日って無理だろ?」


「時野さん知らないんですか?あの新人、めちゃくちゃ仕事早いんですよ。」


「出来る子なのか?」


「ええ、もの凄く。」


「何で、俺の所に回ってきたんだ?」


「仕事は、出来るんですが、まったく協調性がないんですよ。」


「例えば?」


「殆ど定時で帰りますね。」


「仕事をほったらかしで?」


「いえ、仕事はキチンとこなしてます。」


「じゃあ、いいじゃねえか?」


「何ていうのか、周りに気を使わない子なんですよ。周りが忙しく仕事してても気にせず帰っちゃうんで。」


「それで、あちこちたらい回しされて俺のとこへ?」


「ですね。」



「おい、常磐。帰宅する前に業務課に顔出すように。」


「了解です。」


【素直な奴にしか見えないんだが・・・】

時野は、一人業務課へと戻った。

午後の業務が始まって、間もなく時野の元へ内線が掛かってきた。


「受付ですが、時野さんに面会を希望されてる方が。」


「女性?」


「残念ながら男性ですよ。」


「了解。」

時野は、受付ロビーへと向かった。


そこで、待っていたのは、作業着を着た若い男性だった。

「おー、権蔵じゃないか。」


「ちょっ、時野さん下の名前やめてくださいよ。」


「久しぶりだな。」

合田権造は、波田運輸サービスの従業員で、波田進のずーっと下の後輩だった。

暴走族の。

時野は、波田と同じ3流高校を卒業しているが、そういうのとは縁遠く、単に波田と友人というだけだった。

合田権造との関係も、権造が波田運輸サービスに入ってからの付き合いとなる。


「実は、いまうちの会社が大変な事になってまして。」

権造が、波田運輸サービスの現状を説明した。


波田運輸サービスは、波田が一人で立ち上げた会社で、今は波田と権造、会計の

3人の従業員とパートの春子さん、バイトと計5人でやり繰りしている。

なんとかカツカツ黒字で回していたのだが、運用資金の300万を持って会計が

逃げてしまったのだ。

警察にも通報は済ませたが、会計の足取りは掴めていない。

月末も迫っており、銀行への借入金の返済や取引先への支払い等で、社長の波田は、金策であちこちを回ってはいるのだが、今の所、銀行の新たな借入は、望めないらしい。

「俺が車とか買わずに貯金してれば・・・。」

権造は酷く悔やんでいた。


「話は、わかった。権造、お前は先に帰ってろ。後から俺も顔出すから。」


「すみません。俺、時野さんしか頼れる人居なくて。」

権造は何度も、頭を下げながら帰って行った。


【さて、300くらいなら、俺が用立ててもいいんだが、進の奴は絶対受けとらないだろうなあ。】


暫く思案して、時野は会社を後にした。


「久しぶり」


時野が波田運輸サービスに顔を出すと、まるでお通夜をやってるかのように、

所内全体が暗い雰囲気だった。


「時野さん、いらっしゃいませ。コーヒー入れましょうか?」


「相変わらず春子さんは、お美しい。直ぐ出ますんでいいですよ。おい、進、ちょっと付き合え。」


「あ、ああ。」

二人は、波田運輸サービスを後にした。


「権造の奴が何か言ったのか?」


「従業員に心配されるようじゃあ、社長としてまだまだだな、進。」

二人は都銀の前についた。


「ここは、うちのメインバンクじゃないか。」


「話は通してある。」


「こちらにサインして頂ければ、300万ご融資いたします。」

銀行の融資課の人間が波田進に言った。


「えっ、しかし・・・。」

困惑する波田。

メインバンクには既に借入を断られていたからだ。


「波田さんの会社が、問題無い事は私も重々承知してるんですが、このご時世なんで、決済が取れないんですよ。」


そう言って、担当者は、保証人の欄を示した。

そこには時野の名前と判が押されていた。


「時野っ、お前っ」


「気にするな、お前がちゃんと返済すれば、俺には何の迷惑も掛からん。」


「しかしっ。」


「なんだ、300万如きを返済する自信がないのか?」


「ば、馬鹿にするな。300万くらい直ぐに返済出来るっ。」


「じゃあ問題ないだろ。」


「・・・。」

波田進は、サインをして300万円を借りる事が出来た。


「まっさきに、この借入金から返済する。お前には絶対迷惑はかけない。」


「そんな事はどうでもいいから、権造や春子さんに心配かけるな。」


「面目ない。」


「困った時は、俺の所にいいに来ればいいのに。」


「・・・。」


「まあいい、俺は会社があるから帰る。またなっ。」


「あ、ああ。」

時野が背を向け歩き出すと、波田進は深々と頭を下げた。


帰社して、業務課へ戻ると既に常磐が席に座っていた。


「今日の分は終わったのか?」


「全部終わっちゃいました。」


「えっ・・・。」

常磐はネットしながら、サラッと答えた。


「ちょっと、設計課行ってくるから、常磐は待ってろ。」


「は~い。」

設計課に行くとかつての部下、課長補佐が、図面チェックをしていた。


「課長補佐、常磐が業務課に戻ってきてますが。」


「え、ええ。さすがに2日は掛かると思ってたんですが、終わったようです。」


「・・・。」


「また、仕事頼むかもしれませんので、その時はお願いします。」


「え、ええ。」


業務課で、常磐は自分のノートパソコンでずっとネットを見ていた。


「常磐、今日の夜付き合えるか?」


「僕、お酒飲めませんよ?」


「ウーロン茶やコーラで構わんよ。」


「それなら、お付き合いします。」


【まったく協調性が無い訳じゃあないような・・・】


定時で会社を出て、二人は時野の行きつけの居酒屋へ向かった。


「常磐はウーロン茶か?」


「コーラでお願いします。」


「大将、ビールとコーラ、あと屑串2人前ね。常磐、食べたい物あれば、どんどん頼んでいいぞ。」


「主任、屑串ってなんです?」


「ビールとコーラ、屑串お待ちっ!」

注文の品が運ばれてきた。


「これが屑肉の串で、こっちがキャベツの芯、でこれが不揃いのプチトマトだ。」


「僕、トマト駄目なんです。」


「そうか、じゃあ俺が貰おう。」


「キャベツの芯・・・。」

訝し目にパクっと口に入れた。


「甘い・・・。」

パクッパクッと3つ刺してあるカットされた芯を全て食べ尽くした。


「ちなみにこのプチトマトも甘かったりする。」

そう言いながら、旨そうに食う時野。


「一つだけ食べてみるか?」

常磐はコクリと頷いた。

こちらも3コが串刺しにされていて、1コだけ外して貰った。

常磐は、目をつぶって、一つを口に入れた。

「甘い・・・。」


「トマトじゃないみたいだろ?秘伝の何かに漬けて焼いてるそうだ。」


「主任・・・返して貰っていいですか?」


「いいよ。」

そうして、全てのプチトマトを食べ尽くした。


「美味しいです。屑串もっと食べたいです。」


「残念ながら、お一人様一人前ずつだ。」


「うぬぬぬ・・・。」


「他にも美味しいものあるから、どんどん頼んでいいぞ。」


「はいっ。」

常磐は、メニューとにらめっこして、注文していった。


「そういやあ、常磐は、こういう飲みにケーションは、どうしてるんだ?」


「全部断ってます。」


「・・・」


「最初の歓迎会で、無理にお酒を奨める人が多かったんで。」

いつの時代になっても、新人に酒を強要する馬鹿は居なくならない。


「俺が奨めるとは思わなかったのか?」


「うーん、主任に興味がありましたんで一度くらいはいいかなと。」


「俺に?」


「新人研修で、講師が口をすっぱくして女性は近づくなと。8割の新人女性が主任のせいで辞めて行くと言ってました。」


「ほう。講師の名前教えといてくれる?」

常磐に聞いて時野は、3人の名前を記憶に深く深く刻みつけるように覚えた。


「全部デマだから、気にするな。」


「でも、降格されて、まだ主任なんですよね?」


「ぐっ・・・。それはだな・・・、まあ色々とあって。」


「色々ですかあ。」

とたわいもない会話で食事は進み、飲みにケーションは無事(?)終了した。


「凄く美味しかったです。また誘ってくださいね。」

と、常磐もこの居酒屋を気に入ったようだった。


ある日、時野に仕事の依頼が舞い込んできた。

資材部と設計が揉めてるので、その仲裁をして欲しいという事だった。

常磐も暇そうにしてたので、行ってみるか?と聞いたら行くと答えた。


「だから言ってんだろ、この鋼材じゃなきゃあ強度がないと。」

60は、過ぎてる老人が、30代の資材部の人間に怒鳴っていた。


「ないものは、ないんです。他の鋼材で工事にはお願いしました。」


「工事に、強度計算がわかるわけないだろっ!」


「どうかしましたか?おやっさん。」


「おお、時野か、聞いてくれ。今更になって鋼材を変更しろって、言いに来やがってよ。」


「変更するしかないのか?」

時野が資材部の人間に聞いた。


「どこの問屋も品切れ状態でして、納期に間に合わすには、こっちでやって貰わないと。」


「代替えの資材って3倍は用意出来ます?」

常磐が図面を見ながら尋ねた。


「くっ、小僧。なんでここにいやがるっ!」


「そっちは在庫ありますんで、大丈夫です。」


「おやっさん、常磐の事知ってるんですか?」


「こいつはなあ、新人の癖に俺の設計に駄目だししやがった奴だ。」


「凄いな。常磐・・・。」


「いいか小僧。確かに強度的には3倍使えば問題無いが、工期は迫ってるんだぞ。」


「半日で、設計し直せば問題ないはずです。」


「くっ・・・。」

おやっさんこと安西は、ふざけるなと怒鳴りたい所ではあったが、常磐の実力を知ってたため何も言えなくなった。


「常磐が出来るのか?」


「はい。僕なら直接CADで設計出来ますんで。」


「じゃあ、それでお願いします。安西さんもいいですよね。」

資材部に言われて、安西ものむしかなかった。


「小僧、俺が明日チェックする。いいな。」


「4時には出来ますんで、設計の方に来て下さい。」


「くっ・・・。」

安西は既に定年した身であり、今は役付という待遇だった。

昔ながらの手書きで設計してるためCADは使えない。

CAD全盛期の現代においても、手書きの設計者は未だに存在する。

中には自分で手書きで設計し、CADで再入力する人も少なくない。


「こっちはH鋼を使え。」


「強度的には問題ないと思いますが?」


「材料費が安くすむだろっ。」


「はーい。」

言われたとおり、ちゃっちゃと変更し、設計は終了した。


「てめえは、見た目と違って可愛げがまったくねえなあ。時野、なんでお前の下にコイツがいる。」


「いやあ・・、面倒見てくれと頼まれまして。」


「まあいい。定時で終わったし、時野、いつもの所へ行くぞ。」


「はい。」


「もしかして、あの居酒屋ですか?」


「ああ、常磐も行くか?」


「コイツが行くわ・・・」


「行きますっ!」



「大将、ビール2つとコーラね。」


「主任、アレはっ!」


「心配しなくても、来るから待ってろ。」

ビール2つにコーラ、そして、常磐お待ちかねの屑串が3人前運ばれてきた。


「随分と懐かれてるじゃねえか。コイツは飲まないって有名だろ?」


「ええ、だからコーラですよ。」

常磐は、会話に加わらずコーラを飲みながら、屑串を頬張っていた。


「たくっ。酒も飲まないのに、いっちょ前に屑串かっ。」


「あれ?安西さんてトマト駄目な人ですか?よかったら僕が?」


「あほかっ!大好物だよっ!」


「あのな常磐、ここの居酒屋を教えてくれたのは、おやっさんなんだよ。」


「へえ。でもここうちの会社の人とか見ませんよね?」


「若い奴は、もっとおしゃれな所へ行くし、そもそも俺が誘ってもついてこねえ。」


「そうなんですか?」


「まあな。役付相手にしてる暇あったら、役職の相手した方が出世に関係するからな。今じゃあ時野くらいよ。」


「なるほど。主任は出世コース外れてますもんね。」


「くっ・・・。」


「ちげえねえ。」


「人を魚にするのは辞めて貰えますか?」


「お前はな、まずは女癖を治せ。」


「あの、おやっさん。俺は女性を口説いた事なんてないんですが?」


「へえ、そうなんですか?意外だなあ。」


「来るもの拒まずってのを治せっつってんだ。」


「おやっさんだったら、拒むんですか?」


「そんな女性に失礼な事出来るわけねえだろっ!」


「でしょ?」


「・・・」


「わかりました。どっちもどっちって奴ですね。」


「「くっ・・・」」

常磐の結論に二人は何も言えなかった。


常磐は、時野には懐いたようで、社内では、


「時野さんついに男まで・・・」


「あの人なら、いつかそうなるんじゃないかと。」


「時野×常磐は、ありよね?」


「どっちが攻めかな?」


「常磐君の強気攻め見てみたい。」

と一部腐った意見まであり、噂になった事は、言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る